一章 十四話 在りし日
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その後オーヴォの作業を邪魔するのも悪いと思ったメリアドールは別れを告げる。
レイラは今日のところは別の場所に生えている薬効のある植物を採取しにいっている。乾燥させてから砕いて粉末にしたものが熱冷ましになるという。
「しまった。どうせならレイラから植物の種とか見つけてもらうように言えば良かった」
種さえあれば樹精霊に成長を促せたりできるのだが……とやってしまったことは仕方ないと諦める。
村をちらっとみれば子供達は親と一緒に畑へと向かっているのが見えた。
「うーん。僕も畑仕事とか、お手伝いできることをするかな」
ただなにも分かってない人間がいきなり畑仕事ができるかどうかを考えればどうなんだろうと疑問符が付く。
夜の民の力は昼間では減衰するとはいえ、それでも子供ら以上の力はあるだろうが、……明らかに細腕な自分が妙な怪力を発揮すれば異常に気づくに違いない。
手伝うなら室内で手先を使うお仕事だろうな、と一端村長の家に戻った。
カラカラ、と乾いた音がしたのは玄関から入った矢先である。
見れば毛皮のマットに座ったおばさんが、膝の上に載せれるほどの大きさの水平織機で布を編んでいたところであった。
「おや、メリアちゃん。用事はいいのかい?」
「うん。明日オーヴォさんとお出かけすることになったんだ」
いつもメリアと呼ぶレイラに影響されたのか、家族みたいな付き合いをするという点で遠慮が取れたのか。
おばさんもまたメリアドールのことを略して呼ぶようになっている。この調子だと村長さんもそう呼ぶようになるのも近いだろうか。
メリアドールはそのままおばさんの傍に座り込んでは織機の様子を興味深げに見ている。
生前から物作りは好きな部類だ。そんな彼女からみれば今おばさんの手が魔法使いのそれのように見えてくる。
慣れた手つきでどんどん布を織っていく様は、小気味いいものである。そうなってくると自分もと言い出したくなってくる。
そわそわし始めたところでおばさんはやってみるかい?と訪ねてきた。
「え、いいの?……えっと」
「まずはここに糸を通して……」
おばさんと違って初経験のメリアドールの手つきは非常に遅い。それでもおばさんは特にイラついた様子を見せずに、むしろ嬉しげに教えてくる。
その眼差しに懐かしさが見受けれた。
布を十列程編み込んだ辺からコツを掴んだのか、ゆっくりながらも布が織れるようになった。あとは時間と反復とが早さを授けることだろう。
「そうそう、その調子だよ。昔を思い出すねぇ。あの子も手先が私みたいに器用でね」
「えっと、それってその」
「前にいったけどね。私と夫には娘がいたんだよ。流行り病で逝っちゃったけど……こうして機織を二人でしたもんだよ」
ゆっくりとおばさんは語り始める。
この村に住み始めた頃に漸く生まれた子は、二人にとっては至高の宝であった。物心ついた時から機織に興味を抱いて、いつの間にか二人で機織をするのが日課になっていった。
最初にできた布はその後両親やその子の着衣になったりしたものである。どんな衣服を作ろうかというのがおばさんとその子の共通の話題であったという。
「いつか私を超えるとかいってたよ。……それがねぇ。病に倒れてね、……三日の間苦痛に苦しんで、それでも健気に笑おうとしてたんだって
私と夫はその間都市部へ収穫物を送りにいってたんだから発症しなかったけど、酷いものだったよ」
「どのぐらいの方が」
「半分だよ。発症者は全員起きれなかった。しかもその後国からの使者らがきてね、広がらないようにって村を一度焼き払っているんだよ。遺体ごとね」
その事実に息を呑む。
その流行病は度々この国に蔓延する病気であるらしい。
その病気は後に七日病と名付けられた。発症者は一週間も経たずに苦しみぬいて息絶えるというところから名付けられたのだそうだ。
発症者は高熱と気だるさ、全身を襲う関節痛を含む激痛に襲われるという。倒れたら最後、死ぬまで這い上がることがない。
奇跡的に助かった人は数千に一人というレベルなのだとか。
この病の恐ろしい所は発症者と接していた治療者すら伝染るほどの強さ。患者を確認次第、二次感染を防ぐ為にその村や町ごと焼き払うことを求められる災害。
十年以上も前に発生した七日病によって、この国の1割近い人間が亡くなっていた。
その傷跡は各地にまだ深く残っているんだという。
「悲しいよ。墓はあるけどね、骨はないんだ」
「すみません、僕」
「いいんだよ、ああそうだ。娘が使ってた機織が残ってたんだ。使ってあげたほうがあの子が喜ぶ」
家財の大半を諦めることを強要されたあの日、持ち出したのが機織2つ。
娘がいたという証のために。
めぐりに巡って、今こうして娘みたいに慕っている子と一緒に機織をしている……。
どこかで娘がみているんじゃないかと思うよと、おばさんはその機織を見つめながら答える。
ゆっくりとした足取りで起き上がっては、奥から同じデザインの機織をもってきた。
どちらも年季の入ったもので、メリアドールには古ぼけた木の感触がどこか温かみを感じた。
目立った傷等もなく、大切に扱われたことを伺わせる。
「ほら、これだよ」
「うん」
「二人でレイラの服を作ろうじゃないか。あ、その前にメリアちゃんのだね」
早速糸を通しては、先程覚えたばかりの機織を開始する。
隣ではスルスルと手馴れた手つきで、メリアドールの二倍以上の早さで織っていくおばさん。
そうすると何故か対抗心を燃やし始めてはその速度を上げようとしてしまうのは何故だろう。
不思議だが、決して不快なものではない。
チラリと横目でおばさんの顔を覘くと、視線の気づいたおばさんがニコニコとしている。
休憩に入るまでの暫しの間、二人で機織をする乾いた音が家の中に響いていく。
それはとても心が温まる一時であった。




