一章 七話 初めてのお着替え
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そんな誰も知らない勝利を他所に、一度奥まで引っ込んでは戻ってきたおばさんが手に持っていたものを受け取る。
見た感じ女性の衣服と思しき布と、人間の胴ぐらいなら何周かできそうな長さの布、そして……女性の下半身を包む布だった。感触としては長い布のほうが手触りはよかった。
「えっと、……着替えですよね? この長いのは?」
「胸に巻くんだよ。貴族様みたいに下着なんてのはないし」
「……えっと」
つまりサラシですか。と納得した。
ある意味助かったといえる。ブラなんて自分で付けれるかわからないから。
けどブラじゃなかったら形が崩れるなんて聞いたこともある。この体に適用されるか解らないけど、やっておいて損はないかもしれない。
「隣の部屋で着替えて頂戴。あ、レイラも手伝っておあげ」
「あ、はーい」
と、考え事をしている間に着替えを手伝ってもらうということが何故か決まってしまった。おそらく貴族の家で自分で着替えをしたことがないと思われてしまったのだろう。
一人でできますからぁ!という間もなく、隣の部屋まで連れて行かれるメリアドール。
いきなり服を脱げと言われてオドオドしている間も、じぃっとこちらを見ているレイラのちょっと熱っぽい目にドキドキが舞い戻ってきた。
穴が空きそうな見られ方なので、羞恥心がこみ上げてはちょっと身を捩らせてしまう。
「あの、レイラさん?」
「あ、ごめんなさい……その、改めて見たらその、綺麗で」
「えっと、ありがとう?」
これでよかったのかわからない返し方をしつつ、メリアドールは背中側へと手を伸ばす。このゴシックドレスは背中側が大きく開いていて、そこから手足を突っ込んで着用するタイプらしい。
背中側を留めていた紐を解いて、しゅるっと脱ぐ。長い髪の毛が自然に胸部にかかって慎ましい胸部をうっすらと隠した。
そのおかげでいきなりポロリはなかったものの、それでも纏っているのがショーツ──ゴムなんてものはなく、左右を紐で結ぶタイプだ──だけの格好だけに早く着替えを済ませてしまいたい一心だ。
「わぁ……」
明らかにこちらの裸をみて赤面しているレイラからふんだくる様に着替えを取り、先にサラシを巻こうとする。
ぎゅっぎゅと落ちないようにと強めに巻いてみたものの、胸元が苦しい上に呼吸も辛い。
「ぐぇ、失敗した、かも」
「わわ、ちょっとキツめかも。……このぐらいでいいですよ?」
「ふぅ。なるほどこのぐらいか」
そっと後ろから一端緩めて、程々に締め直してもらった。けどやはりちゃんとした留め方をしてないので動いているうちにポロリをしてしまうのではないだろうか、と不安になってしまう。
勿論レイラが動くレベルなら問題ないだろうけど……。
「にしてもメリアドールさんって髪の毛綺麗ですね、頬に当たっててもツルツル滑って、どこかお花の香りがするかも」
「そ、そう?……えっと、この服って後ろで結ぶのかな?」
「はい、そうですよ」
となると先程のゴシックドレスと同じ要領で着用できる。メリアドールは安堵のままその服を纏う。
予想通りワンピース状の形状をしたものであった。全体的にややダボ付いた印象があるが、きっと小柄なメリアドールだからそうなるのだろうと納得することにした。
最後にショーツは少々ズボラ等と言われるのを覚悟して、スカートの中に手を入れてはゴソゴソと誰にも見せないようにして交換したのであった。
「どこか変なところはないかな?」
「ないですよ。……よかった、一人で着替えれないとか言い出さなくて」
「あはは。やっぱりそう思ってたんだ」
あまり抵抗なく女性ものに手を出し、すっかりスカートを着るのに慣れてしまったなぁと何処か擦れた感想を抱いてしまう。
確か何処かの哲学者だか誰かが精神は肉体の奴隷であるとかいってたっけ、とどうでもいいことを思い出しつつ。
着替え終えて部屋を出てみると、おばさんが埃を少しだけ払いながら一対の革製の靴をぽん、とメリアドールの足元に置いた。
現代でみかけるようなものではなく、単純に柔らかな皮を袋状にしたものというべきデザインだったが……靴のあるなしではやはり歩き心地が違っていた。
「都会だともっといいのがあるらしいけどねぇ。行商人さんでも靴は持ってきてくれないし」
どこか心苦しそうにいうおばさんにそんなことはないですよとやや慌てて返す。
メリアドールとしては当分持てばいいのだから。
「けれどいいのですか? 僕がこれを使っちゃって」
「いいんだよ。使ってくれた方があの子が喜ぶからね」
どうやらこれは村長さんらのお宅の亡くなった子のものだったらしい。
少々しんみりしたがここで変に同情するべきではないなと考えたメリアドールはその場で具合を確かめた。
靴下を履かずに靴を着用したような感触が少々気になるものの、慣れの問題だろうと思うことにした。
「ほう、似合うじゃないか」
「美人は何着ても似合うというが……ふむふむ」
「え、っと……ああ、そうだおばさん。この服なんだけど」
男性陣の反応に気恥ずかしさを覚えたメリアドールは、話題を切り替えるついでにとばかりに先程まで着用してたゴシックドレスを渡す。
おばさんは触っただけでこの衣服の素材がわかったのか、目を大きくして驚いている。
「まぁ、これは魔王蚕の絹じゃないかしら」
「え、解るの?」
「これでもかかぁは腕のいい職人じゃったからのう」
「ずーと昔に首都で服飾の仕事で働いていたんだよ。首都まで小麦を運びにきた夫さんと出会って……とそれはいいんだよ!」
一瞬ばかり夫婦の馴れ初めの話に移りそうになったが、夫の背中をバシバシ叩きながらその時の話をする。
なんでも一度だけ、魔王蚕というモンスターから採取できる糸で編まれた絹を見たことがあるという。
大王蚕は地球に存在してた蚕とは次元の異なる昆虫モンスターであり、幼虫の大きさは蛹になる直前になると大の大人と同じサイズという巨大さを誇る。
ただ比較的大人しい存在で人間の手がなければ生存できない点は地球に存在した蚕と同じだ。
魔王蚕はその大王蚕が外界で影響を受けて変貌を遂げた野生種だ。
本来の白い体ではなく、毒々しい赤の文様の入った黒という体を有する。なにより本来は草食だったハズが肉食に変わるという突然変異種なのだ。
なので基本魔王蚕の生糸は冒険者らが自らの手で入手する以外に流通することはない。
「高名な冒険者の魔法使いさんがこの素材で服をこしらえてくれって言われてねぇ。あんまりにも上等な布だったんであの時の私はすっごく緊張したもんさ」
「へぇ……」
「養殖種の大王蚕ものもなかなかだけどねぇ。となるとこれを下取りに出したら目が飛び出る程の価値があるだろうねぇ」
「うわぁ」
「それで私は頑張ったよ。これでもかってぐらいに。そうしたら依頼主さんから──」
やっぱり高かった!と驚くのと同時に、そんな希少な糸ならいい収入源となるのではないだろうか。
もっとも魔王蚕を見つける所から始めないといけないけども。
──そういった希少品を集めては卸すという商売なら、人付き合いの苦手な僕にもできそうだよね。
お世話になった分の恩返しをしたら、首都なる場所へと旅立つのも悪くないかもしれないなぁと思うメリアドール。
隣でまたかかぁの自慢話が始まったと呟く村長さんの声がばあさんの声にかき消されていった。




