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どういうことだ、と虹也は一瞬の間に思考を巡らせた。だがいくら考えても秋羽の言葉の真の意味を理解することはできない。
「秋羽さん……?」
「成虫はね、大体だけど一週間から二週間くらいしか生きられないの。私は、強く祈った願いを叶えてもらったから、少し短い一週間。一生を人間として生きることに捧げたから、みんなとは違う一生だし、子孫だって残してない。でも、後悔してないよ。虹也に会えて、話をして、何より、言いたかった感謝の言葉を何度も言えた。何度も何度も、虹也が呆れるくらい飽きるくらい、言えたと思う」
虹也の言葉を遮って秋羽は早口で話す。まるで先ほど口にした命のカウントダウンがもう始まってしまったかのように。
「虹也はよくこの小川に釣りに来たね。春からだけど、見てたよ。楽しそうに、嬉しそうに、虹也はとってもよくこの景色に溶け込んでた。他の人とは違ってゴミを残して行ったりしなかったし、むしろ拾って帰ってた。そんな優しさを私は見てたよ。
十日くらい前に、虹也、小川を汚した大人達に文句を言ったね。殴られて怪我しちゃったけど、その時に虹也は私を助けてくれたんだよ」
秋羽の手が虹也の右頬の怪我に触れる。確かにそれは虹也が殴られて切ってしまった部分だ。絆創膏を貼っていたが傷跡が大分、目立たなくなったため剥がしていた。
「その時、思った。お礼を言いたい。この人にどうしても、お礼が言いたいって。だから、月に祈った。強く願った。お願いだから、人間にして下さいって。
そうしたらね、魔法をかけてくれたんだよ。一週間だけ、人間にしてくれた。だから私は会いに行ったの。命をかけても虹也に、会いたかったから」
ふ、と秋羽が儚く笑う。ホタルの光の中に溶けていってしまいそうな、そんな微笑だった。虹也はその時ハッとする。魔法だ人間にしてもらっただとぶっ飛んだ話ではあったが、ホタルが飛び交うこの幻想空間では何を言われても受け入れられるような気さえした。だから、悟ってしまったのかもしれない。
「まさか、そんな」
星の化身が月に祈ってその願いを叶えられたのだということを。
「――私は、小さな小さなヘイケボタルだよ」