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3-3



 小さな灯を柔らかく発しながら、同じく小さなホタルが、ぽっ、ぽっ、と葉の上でコソリと主張している。辺りで蛍火がシンクロしないのと水辺であること、そして時季を考え、ゲンジボタルではなくヘイケボタルだろうと虹也は思い至った。こんなに身近にいたのかと虹也は感嘆の吐息をつく。


 ゲンジボタルとは違って、少々汚れた水辺でもヘイケボタルは生育が可能だ。ホタルは川辺でしか見られないと思われがちだが、陸で生活をするホタルの方が実は多い。その中でもゲンジボタルとヘイケボタルは水生ホタルとして分類されている。


 一般的にはホタルと聞いて人が思い浮かべるのはゲンジボタルだが、ゲンジボタルは清冽な渓流など流れが速い場所に生息する。そして五月から初夏にかけて集中的に発光し、集団で発光するシンクロ発光と呼ばれる現象が見られることが多い。

 だが、ヘイケボタルは小川や水田などの止水域に生息しており、五月から九月頃までと発光期間も長い。そのため、シンクロ発光は起こらない。また、光の点滅のスピードにも違いがあるのだが、ヘイケボタルの方が速く、その様は星の瞬きのようだ。


 シンクロ発光はしないヘイケボタルだが、今は違うらしい。集中的に多くのヘイケボタルが集まり、明滅を繰り返している。段々と陽が沈んで暗闇が手を伸ばしてくるこの空間に光るホタルの灯は、さながら空が落ちて来たかのようだった。


 その時、地面に近い場所で光るのが好きな筈のホタルが、ふわり、と飛び上がる。示し合わせたかの如く、ふわり、ふわりと星が舞う。


 周囲を見回して幻想的な景色に見とれていた虹也は、一部、ホタルが集まって月のように輝いている場所に気付いた。不思議に思って近づいた虹也は、びくりとして足を止めた。


 其処に、秋羽がいたからだ。


 小さなホタルがひらひらと揺れる。その微かな光が集まって照らし出された秋羽の頬は白く、息をしていないように見えた。秋羽は一昨日に虹也が用意したワンピースを纏い、(くぬぎ)の木に寄りかかって目を閉じている。投げ出された白い足にも、力ない細い腕にも、無造作に頬にかかる黒髪にも、ホタルが纏わりついていた。


「秋羽さん……?」


 虹也が手を伸ばすとホタルが数匹、離れていった。虹也の右手の人差し指が、秋羽の肩に触れる。驚くほどに冷たかったが、秋羽の睫毛がふるりと震えて、ゆっくりと瞼が押し上げられる。生きていた、と虹也は安堵した。


「こんな所で……風邪ひくよ」


 虹也がそう声をかけると、きょとんとした表情で秋羽は虹也を見上げる。どうして此処にいるのだと、目が言っていた。


「あなたを探しに来たんだよ、秋羽さん」


「――虹也……」


 何処か辛そうに眉根を寄せて秋羽はそっと虹也に手を伸ばす。その手が虹也の腕に縋るように触れ、弱々しく握って来た。さらにその手の上から自身の手を重ねて、虹也は微苦笑する。


「どうしたの、こんな所で」


「虹也、虹也」


「なに?」


 かすれる秋羽の声を聞きとるため虹也は秋羽の口元へ耳を寄せる。其処で囁かれた言葉に虹也はまた苦笑を零した。


「どうしてこんな時も、お礼なんて言うの」


「あなたに会って、お礼が言えればそれで良いの」


 じわり、と秋羽の瞳に涙が滲むのをホタルの光で見て取って、虹也は首を傾げた。どうして泣き出すのか、解らなかった。


「私、欲張っちゃった……もっと一緒にいたい、なんて」


 一緒にいられないのに――その言葉を秋羽が呑み込んだ気がして虹也は何も言わないまま秋羽に続きを促す。秋羽は震える声で言葉を紡いだ。


「一週間しか、許されなかったの。でもそれで構わなかった。それだけあれば、充分あなたにお礼が言えると思った。まさかこんなことに、なるなんて」


 話が見えなかったが、虹也は我慢して取り乱しそうな秋羽の話を聞く。秋羽の発する単語は理路整然とせず、ただ思いつくままに感情を吐露しているという感じだった。


「何度も、抑え込もうとした。嬉しいのは、あなたにお礼が言えているから。感謝の気持ちを、言えればそれで満足すると思ってたのに……どうして」


どうして足りないの、と秋羽が息と寸分違(たが)わぬ声で問うた。


「あなたは、きっと覚えていない。会って、話して、解った。あなたの優しさは本物で、誰にでも向けられるもので、でもだからこそ触れていたかった。私の声が届いたのは前も今も、虹也、あなただけなんだよ」


 虹也は困惑したように秋羽を見つめる。何を言っているのか、何が言いたいのかも解らないが、秋羽の言っていることを理解したいと虹也は思った。こんなに震える理由も、初めて見る涙の理由も、知らないことを、全部。


「纏わりついてごめんね。けど、今日で約束の一週間は終わるから。そうしたら、また、虹也は虹也の生活に戻って。私のことは、忘れて良いから」


「どうしてそんなこと言うの」


 やや不機嫌に虹也が尋ねると、秋羽は悲しそうに微笑して今までにないほど切ない声で、理由を述べた。


「今日で、私の命は終わるから」



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