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温風に掻き消されそうな声で秋羽が呟いた。虹也は聞こえない振りをして秋羽の髪の毛を乾かす。秋羽はやや首を動かして虹也の方を向き、再度尋ねた。
「怒ってるよ。あんな雨の中ずっと外にいるなんて何考えてるの」
非難がましく虹也が言えば、しゅん、と秋羽は肩を落とす。ごめんなさい、と秋羽の唇が動くのを見て虹也は微苦笑した。良いよ、と虹也は表情を和らげる。
「秋羽さんが風邪をひかないなら、許してあげる」
「ひかない、絶対、ひかないよ、虹也――ぴゃっ」
突然、虹也の方を向くものだから、秋羽の髪の毛にあてられていた温風が秋羽の顔に直接あたった。ドライヤーを慌てて遠ざけた虹也は、目を閉じて両手で顔を覆った秋羽の顔を覗き込むようにして声をかける。
「大丈夫?」
こくこくと頷いた秋羽はびっくりした、と言って手をそっと顔から離す。目をぱちぱちと瞬かせてから秋羽は、虹也を見上げにこりと笑った。その様子は昨日と同じだったので、虹也は秋羽にばれないようホッと胸を撫で下ろす。
「何か飲む? 雨が少し止んだら送ってくよ。それから、服は洗濯して後日渡すから」
虹也の申し出に、だが秋羽はかぶりを振って拒否した。だいじょうぶ、と言って微笑する。秋羽のそんな笑顔を見たことがなかった虹也は、そんな表情もできるのかと思って瞠目した。
「? 虹也?」
どうしたの、と尋ねられて虹也はかろうじて、ううんと誤魔化す。秋羽は気付かなかったのか、突っ込むことはせずに虹也の言葉を信じた。
「でも、送るよ」
話を戻して虹也は秋羽に言ったが、秋羽はにこにこ笑んだままやんわりと拒否を繰り返した。そう、と虹也はしつこく言うことはなく、秋羽の考えを通した。
「ありがとう、虹也」
秋羽の微笑を儚く思ったことを虹也は言えないまま、秋羽が再び雨の中を行くのを黙って見送った。
* * * *
体調の異変を、感じていた。期限は日に日に迫ってくる。それに抗うことも、定められた期間を延長することもできずに、空を見上げても月は見えないまま。
きっとこの魔法だけで精一杯なのだ。それを、もっとだなんて。
この身に有り余るほどの奇跡を浴びたのに、まだ、望む?
温かな雫が頬を伝う。それに触れて、また、溢れてくるそれを止められず。
初めて、声をあげて泣く。引き攣れるような、喉を傷めるような、悲鳴にも似た嗚咽を漏らし、流涕する。仲間のサインにも、気付きはせずにただただ、落涙するのみ。
止んだ筈の秋雨は、雲の下で降り続いた。