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1-2


 秋羽の答えはずっとそれだった。具体的に何をしたかは言わないが、とても嬉しそうににこにこと笑うから、虹也は強く言えない。


「……」


 はぁ、と虹也が息をつくと、秋羽がビクッとして大きく動いた。体を丸めて固く目を閉じている。虹也が視線を動かせば、公園の柵に作られた蜘蛛の巣に蝶が一匹、絡まっていた。まだ蝶は生きており懸命に動いているが、蜘蛛の糸は動けば動くほど絡まる。蝶の力が弱まったところを、大きな蜘蛛が狙っていた。


「ちょっと可哀想だね」


 虹也が呟く。だからといって蜘蛛の巣を壊すこともできない。蜘蛛も生きるために罠を仕掛ける。蜘蛛の作戦勝ちなのに、それを人間の感情ひとつで動かすことはできない。


 その時、メジロがちーちーと鳴きながら蜘蛛の巣に突っ込んできた。蜘蛛は慌てふためいて地面に着地するとかさかさと草むらに隠れ、メジロは蜘蛛の巣に突っ込んだことに驚いたのか何度か旋回し、空高く飛んでいく。

 一瞬の出来事に虹也は呆気に取られたが、落ちた蜘蛛の巣に絡まっていた蝶を解放し、粘ついた手をぶんぶんと振って蜘蛛の糸を取り除こうとした。それを見て秋羽が強張らせていた表情を緩める。


「ありがとう、虹也」


「いや、特別なことはしてないよ。蜘蛛には恨まれるかもしれないけどね」


 ううん、とかぶりを振る秋羽は安堵した表情で微笑する。それから、ぷぅと頬を膨らませて秋羽は怒ったような顔をした。


「クモはひどいよ。大きい体だからいっぱい食べないと満足しないし、生きるために食べるのは解るけど、やっぱりちょっと恐い」


 虹也は微苦笑すると陽が傾いてきたのに気付いた。秋の日は暮れるのが早い。特に部活動もしていない虹也は明るいうちに下校するが、そろそろ夕陽も地平線の向こうに帰るようだ。日に日に風も冷たくなってきている。


「秋羽さんって何処に住んでるの? 送るよ」


「あっち」


 そう言って、秋羽が指差した方向には森があった。田舎の此処にはまだ多くの緑が残っていて、虹也もよく小川に釣りをしに行くが、まさかその向こうに民家か病院があって其処から来ているのだろうかと虹也は思う。


「でも虹也、ひとりで大丈夫だから、心配しないで」


 秋羽の笑顔に食い下がることも食い下がる必要性も感じず、虹也は頷くとそろそろ帰ると告げた。今日の秋羽は虹也を引き止めず、素直に頷いた。ばいばい、と虹也が手を振れば、秋羽もつられたように手を振る。何だか華奢な姿のそれが、一瞬だけ虹也には儚く見えた。



 * * * *



 今日も助けてもらってしまった。恩ばかりが増えていく。何か返してあげられると良いのに。



 見上げた空に、今夜は白い月の姿はなかった。




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