プロローグ
どうか、と強く願う。どうか、このささやかで傲慢とも思える祈りを聞き届けてと。
長月も半ばを過ぎた夜、白く輝く満月に祈る小さな姿にたたえられた力強い瞳は、覚悟を決めたそれで、それを見た誰もが彼女の決心を変えることは困難であることを知るだろう。
あまりに強く望んだためか、彼女の願いは叶えられた。目を丸くして地べたに這いつくばるような格好で、彼女は周囲を見回す。やれやれと彼女を見ていた仲間の目も、瞠目しているようだ。一週間だ、と彼女は呟いた。風の囁きにも似た、か細い声だった。一週間で、自分にかけられた魔法は解ける。
それまでに、どうか、どうか。
生まれたての小鹿かと思うほどの不安定さで彼女は下肢に力を入れ、ぷるぷると震えながらも自らの両足で大地を踏みしめた。仰げば、秋の満月が優しく白い光を投げかけてくれている。それに勇気をもらって、彼女はぎこちなくだが微笑した。
ありがとう、と小さな赤い唇が形作る。
「お前は本当に、変わり者だねぇ」
「変わり者だから此処から出て行くのさ。広いという世界を、見ておいで」
仲間たちの声なき声が聞こえた気がして、彼女は天を仰いでいた視線を落とす。魔法は彼女に仲間の声を聞くことを許さなかった。しかし、元来前向きな彼女と残された時間から、めそめそしている時間はなかった。すらりと伸びた白い脚はまだ不安定だったが、彼女は前を向いて歩き出す。
白い月光が、彼女の黒い影を道標のように先へ先へと伸ばしていた。