112話:番外 お引越し
活動報告に上げた短めの番外編です。
思いつきを書き上げたら、追加していくと思います。
続きを書くかどうかも判らない不定期更新なので、一応完結設定で行こうと思ってます。
アストを産んで早五か月。
幸い、産後の肥立ちも良く……いえ、あまり良くはなかったのですが、状況適応を再起動したら、治っちゃっただけなのですが、わたしはまあ平穏に暮らしています。
今も寝ているアストの横で産着を縫ったりなどして、その平穏を堪能していたのですが。
「あ?」
ふと思い出す、前世の知識。
「あ、ああぁぁぁ……」
重要な、とても重要な情報を思い出してしまいました。
「これは、大変です!」
わたしは椅子を蹴立てて立ち上がり、アストを起こさないように最小限の気を使いながら、部屋を飛び出しました。
「ハスタアァァァァァァル!」
「うぉ、なんだ!?」
彼の書斎に飛び込み、読書していたその首に飛びつきます。
まあ、勢い余って飛びすぎ、膝が顔面に入ってしまったのはご愛嬌なのです。
「ぶぐはぁ!?」
もんどり打って倒れる彼に、勢いを殺さず馬乗りになり、マウントポジションを取りつつ胸倉を掴みあげます。
「タイヘンです! タイヘンなんです! とってもとってもタイヘンなんです、ついでにヘンタイです!」
「落ち着け、まずは暴言を取り消せ」
落ち着いた彼の態度に、わたしも少し冷静さを取り戻しました。
まあ、彼も鼻血は流してましたが。
「それで、何が大変なんだ? あと俺はヘンタイじゃない」
「なにを今更。それよりもですね、ちょっと過去の記憶を思い出してしまったのですよ」
「故郷の知識、という奴か?」
「はい。そこではいろんな研究をしていまして、母乳の成分についても研究されてたんですよ」
「それはまた……うらやま、いや趣味的な研究だな」
「あやまれぇ! 真面目に研究している人たちに! 今すぐ!」
「お、おう!? なんか知らんがスマン」
真面目に研究している人にとって、物凄く失礼な意見をぶっこく彼の首を再びガンガンと揺らします。
「コホン、それでですね……不思議に思ったことはありませんか? 完全無菌の胎内から出てきた乳幼児が、なぜ病に掛からないのかを」
「あぁ、それは確かに」
「実は胎児の段階で、母体から病の免疫を受け取っているのが原因なのですよ」
「ほほぅ?」
「ところが出産を終えると、母体からの免疫が途絶えてしまう。ですが、その力はおよそ半年に渡って維持されるそうです」
昔、教育番組で見た記憶を、ドヤ顔で披露するわたし。
興が乗ってきたので、指を指揮棒のように振って解説したりしています。
ハスタールは胎児の解説から、わたしの下腹の辺りを興味深そうに撫でています。主に子宮の上辺りでしょうか。
いやらしい手付きでは無かったので、ここはスルーしておきましょう。
「で、半年過ぎた段階で切れてしまった免疫は、次にどこから補充すると思います?」
「さぁ? 自力で生成するんじゃないのか?」
「人類強いですね? いや、違いますけど。答えは母乳から、なのですよ」
そこで彼は、わたしの胸元を見ます……多少憐れみを込めた目線で。
「ないな」
「うっさいです!」
失礼なことをのたまう彼の胸を全力で殴りつけます。
全力なのに、ぺちん、と情け無い音が鳴りました。
確かにわたしは乳ありませんよ!
母乳出ませんし、胸もへこんでますよ! 比喩じゃなく、先端とかが!
「つまりあれか? 母乳で育っていないアストは、これから先、虚弱になっていく可能性がある、と?」
「そうなんです。場合によっては致命的な病に掛かる可能性だってあります」
「それは困るぞ」
「わたしに言われても、出ないものは出ないのです」
だから慌てて飛び出してきたのですよ。
「解決策としては……乳母を雇うか?」
「それが適当なんでしょうが……今のマレバ村では、妊婦はマールちゃんだけです」
「彼女、まだ乳は出ないのか?」
「まだ七か月ですから、少し足りないですね」
アストの免疫が切れる一か月でも妊娠八か月。きわどいところです。
出ない人は出産後まで出ないそうですし。
「ギリギリか。無駄に賭けに出る場面じゃないな。そうだな、コーム辺りに行けば乳母の募集を受ける人もいるだろう。この際だし、街に引っ越すか?」
「引越し、ですか?」
結婚して早七年。
修行時代から暮らしてきた庵ですが、確かにアストを育てるとなると、この周辺は危険が多いです。
危険な場所とか、危険な魔獣とか、危険な魔道具とか、危険な訪問者とか……まあ、いろいろ。
その点コームなら自警団もしっかりしていますし、生活雑貨も揃えやすい。あの子が小さいうちはマレバに移ることも考えていましたが。
「人、多くないですかね?」
「ソカリスよりよっぽど少ない。今更だろう?」
「それもそう、ですね。よし、では早速引越しの準備を整えてきます」
「まあ、待て」
そう言って彼は、立ち去ろうとしたわたしの腰を、ガッシリと押さえ込みます。
それはもう、『逃がさん、お前だけは』というくらい、ガッシリとです。
「夫を押し倒し馬乗りにしておいて、まさかこのまま、というわけにはいかないだろう?」
「な、ななな何を言ってるんですか!?」
「妊娠と、出産と、産後のアレコレで久方ぶりになっていたしな」
「アストが起きちゃいますよ!」
「そうだな、つまり今は寝ている」
マズイ、これはその気になってますよ!?
やることができたというのに、ヤる方を優先させるわけには……
彼の手がわたしの首筋に添えられ、少しばかり強引に顔を引き寄せられます。
―― あ、ダメだ。流される。
結局、引越しの作業は三日後から始まりました。
なぜ三日後かって? 久し振りで腰が抜けたんですよ!




