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天外の隣国  作者: 小春日和
安定していないこと。それこそが世界がここにこうして存在するときの定まった形なのだ。
5/38

 翌日の放課後。

 約束どおりやってきた風汰に、オレはあらかじめ言うことを決めていた。

「ごめん。やっぱり、オレ、夏休みも家でおとなしくしてる」

って。

 だってオレ、それしかできないじゃん。下手に遊ぶ楽しみなんかに手を出して、いまのオレの現状を不満に変えちまうなんて、絶対にやっちゃいけないことだろ。


 ……なのに、よりによってそれに横槍を入れたのは貴さんだった……。

「実は、僕、面白い場所を知ってるんだ。本当は英士くんだけを誘って行こうと思ったんだけど、なんなら星野くんも来る?」


 ふだんの学校での貴さんとオレの関係に大きな不快感を持っていた風汰は、この一言で、ますます不愉快になってしまったようだった。

「お前がなんで松田を誘うんだよ? 松田はオレと出かける約束をしてんの。それとも松田がお前とどっか行きたいとでも言ったのかよ? 勝手につきまとうのもたいがいにしろよな!」

と激高に近い態度で貴さんに怒声を浴びせる。

 その剣幕にハラハラするオレとは逆に、貴さんはぜんぜん動じた様子を見せなかった。

「英士くんにその手のことを頼まれたことはないよ。星野くんが見抜いてるとおり、英士くんにつきまとってるのは僕の一方的な好意だからね」

そんな、ちょっと気持ち悪い表現を使いながら、風汰の神経をさらに逆なでする言葉を並べる。

「ただ、片想いというのは、ともすれば両想いの間柄より相手のことが見えたりするものなんだ。僕の英士くんへの好意は、星野くん、君のように、受け止められて当然、という前提がないだけに、より英士くんの本音に沿った要望を拾うことができるんだよ」


 正直、ふだんから貴さんとのコミュニケーションに慣れているオレでも、この言い草は鳥肌モノだった。

 風汰なんかはもっと引きまくってて、

「な、なあ……貴史って本物の○モなの?」

と少しずつ貴さんとの距離を離している。

 その間も、貴さんはしれっとしてオレに、

「僕は英士くんの本音をよく読んでいるだろ? いつも君のことを見てるからね」

ととどめを刺してくる。

 いや……そりゃあ……確かに貴さんはオレの気持ちをよくわかってるけど……。でも、ここで、

「うん」

って言ったら、オレのアイデンティティに大問題が発生しないか……?

 とりあえず、オレは貴さんに答える前に、風汰に、

「貴さんは○モなんじゃなくて、何でもかんでも下ネタか○モネタで茶化そうとする癖があるだけなんだよ」

と言い訳した。

「……ほんとかあ?」

一瞬、オレの下半身に目をやった風汰を、内心で殴りたくなった。

「僕たちはまだプラトニックだからね」

貴さんが、そんな風汰の様子を鋭く見取って、またも要らん補足を入れる。

「その関係、これからも変化することないですから」

オレは、風汰の信用をこれ以上損ないたくない気持ちと、貴さんの際どい言葉を冗談の範囲で収めたい気持ちで、冷静を装いながらも、密かに、必死で、否定した。


 そんなやりとりが刺々しい空気を緩和したからか、風汰が態度を和らげて、

「で? その『面白い場所』ってどこ?」

と自分から貴さんに尋ねた。

 二人の二次大戦の勃発を恐れたオレは、下手に口を出すリスクを避けて、傍観に徹する。

 貴さんが……ごくわずかな変化だったけど、策にハマった風汰に満悦の表情を一瞬だけ浮かべたあと、取り出した栃木県日光市の地図を広げる。

 貴さんの指は、有名な日光東照宮、その最寄り駅から二キロほど南下した山の中を指し示した。

「ここに大規模な廃村があるんだよ」

さらに自分のスマホで現地のストリートビューを表示した貴さんは、

「その村にね、いまでも霊験あらたかな神社が残ってるんだってさ」

と言った。


 貴さんがその廃村のことを知ったのは、二年前、骨肉腫で入院してからしばらくのことだったらしい。

「僕が最初に入った大部屋の病室には、他にも癌検査のために入院している人がいたんだ。桂さんっていう、四〇代半ばの人でね」

 貴さんの話によると、その桂さんは、検査の結果、癌じゃなかった。

「だからすぐに退院したんだけど、彼、高校生で発病した僕にとても同情してくれて。それから半年ほどして、わざわざお見舞いに来てくれたんだよ」

 長引く入院生活ですっかり筋肉を落とした貴さんに、逆に健康的に日焼けした桂さんは、土産としてこんな話を持ってきた。

「貴史くんも早く完治できるといいんだがね。ところで君は信心って持っているかい? 実は、僕は、癌かもしれないと医者から疑われたときに、友人に泣きついたんだよ。その友人はふだんからある特殊な信仰に傾倒している人で、僕の病気のことも、それから熱心に快癒を祈ってくれたんだ。ただの偶然かもしれないけど、僕の癌が誤診だったことは、なんとなくそれとは無関係じゃない気がしてね」

 桂さんは、貴さんの感触によると、すっかりのその『信仰』とやらに魅入られているようだった。

「僕は、正直、桂さんの話はあんまり真剣に取り合ってはいなかったんだけど、別にムキになって否定することでもないだろ? だから彼の言うままに、形だけのお礼を伝えたんだ」

 桂さんは、自分の退院後、すぐにその信仰地である廃村の神社にお礼参りに行ったらしい。そして、その場で貴さんの平癒も祈ってくれた。


 貴さんのスマホが映し出しているストリートビューの映像は、車二台がすれ違うのに苦労しそうなほどに細い道路の真ん中だった。両脇に広がるのは雑然とした杉の林。試しにビューの位置を数メートルほどドラッグしてみたけど、真ん中の主要道路以外の側道は見当たらなかった。

 地図で確認すると、道路の片側はゴルフ場の敷地になっているらしい。路面自体はちゃんと舗装もされているし、県道の表示もある。村一個がまるまる忘れ去られているような寂れた雰囲気のところではなかった。

 でも……。

「この藪の中を入るのか? オレらはいいけど、お前、大丈夫なのかよ?」

風汰が貴さんを心配するように、県道を一歩はみ出したエリアは、ごわごわと伸びる下藪に侵食されきっている。足の悪い貴さんにこんなところを進むことができるんだろうか。

 オレも視線を向けると、貴さんは、ちょっとだけ考え込んでから、

「けもの道だけど歩くルートはあると聞いてるんだ。だから、とりあえず現地まで行ってみようかなと思ってる」

と答えた。


 桂さんの話をほとんど信じていないはずの貴さんが、桂さんと同じ行動を取ろうとしている理由。それは……。

「君たちは荒御魂あらみたまって知ってる?」

貴さんは、いったん廃村の話題から切り離して、オレたちにそんな質問を投げてきた。

「うんにゃ」

「知らない」

風汰とオレは同じ答えを返す。

「だよね」

笑いながら、貴さんは質問の意図を説明した。

「神さまっていうのは優しいタイプと祟るタイプがいるんだ。人間の願いを叶えてくれるのは、実は祟るタイプの神さまのほうなんだよ。それを荒御魂って言うのさ」


 パワースポットなんて世間が騒いでいても、欠片かけらも神社や寺なんてもんに興味を惹かれなかったオレと風汰。でも、貴さんのこの『荒御魂』の話は面白いと思った。

 神社には神さまが祀られている。これはわかる。『神の社』で神社っていうんだから。

 でも、ときどき、なんでこんなやつが神さま扱いされてんの、って不思議になる神社があったりもする。平将門たいらのまさかどの神社とか菅原道真すがわらのみちざねの神社とか。あれって元は人間じゃん。しかも反逆者だったり、罪人扱いだった人だろ。

 貴さんは、

「強い恨みを残して死んだ人間は、怨霊として大きな祟りを引き起こすと信じられてたんだ。だから被害に遭わないように神社に祀って、霊を慰めたんだよ」

と言う。

「祟る神さまのほうが、祟らない神さまよりも、真剣に祀らなきゃならないだろ。機嫌を損ねたら怖いのは祟るほうだからね。だから信仰として栄えたのは、優しい神さま……こっちは和御魂にぎみたまっていうんだけど……、それよりは荒御魂のほうが広く支持されたんだ。伊勢神宮なんて日本の代表的な神社でも、個人的な願いごとをするには、ご神体の和御魂じゃなくて、別宮の荒御魂にするのが正式なんだよ」


 祟る神を大事にする。

 なんかそれって……すぐにキレる奴の機嫌を取るみたいで、オレとしてはちょっと抵抗があるんだけど、理屈はわからないでもない。祟る神はきっと怨念が凄まじくて、反抗なんかできないぐらいの力を持っているんだろう。


 貴さんは話を最初の廃村の神さまに戻した。

「桂さんが僕の病気の回復を祈ってくれた神社は、彼がお礼参りに行ったときには、すでに廃社……建物は朽ちてて誰もお参りなんかできない状態になっていたそうなんだ。そりゃそうだよね。だって、その神社がある村自体がもう捨てられてる土地なんだから。でもご神体は残っていたらしい。本殿……神さまを祀る祠は頑丈な石造りだったんだって。だからいままで壊れずにすんだんだろうね」


 風汰が露骨に顔をしかめた。

 オレもちょっと想像してみた。

 人の入らない山の中の集落。きっとまだ古い家屋なんかが残ってて、そこには生活の痕跡なんかもあるんだろう。

 どれぐらいの間、そこで人間が住んだのかは知らないけど、当然、年寄りが死んだり、病気が蔓延したりしたこともあったんだろうな……。

 そんな、人の力ではどうにもできない災いが起きたときに、頼みにされたはずの神社。それが、村の廃棄とともに、神さまだけ残して放置された……。

「すごい祟りそう……」

思わずそうつぶやいたオレに、風汰が、

「廃神社とか、心霊スポット的にもヤバイって言うじゃん。なんか他の悪い霊を呼びこむとかさ」

と、少し角度を変えて賛同した。


 そんなオレたちを見ながら、貴さんは、とどめの演出とばかりに、声色を落として言う。

「そこに祀られていたのは、もともと、古代に不遇の死を遂げた人物の魂だったんだよ。『武内宿禰たけうちのすくね』の、ね。でもいまでは彼を怨霊として祀る神社はほとんどない。桂さんがその神を信奉する友人に泣きついたのは、怨霊信仰としては秘匿すぎて、逆に比類のない効果が期待できそうだったからなんだ」


 武内宿禰、という名前にはまったく聞き覚えがなかった。

 貴さんも、

「説明は長くなるから、今度、ゆっくりと」

と話を切り上げた。

 でも、

「武内宿禰に平癒を祈られた僕は、現状、こうやって表向きは完治してるわけだよね。これが神さまの力のせいなのかどうかはわからないけど、二〇〇〇年近くも維持されてきたほどの強大な怨霊にもし願いを叶えてもらったとしたら、お礼もせずに放っておくことって、少し怖くない?」

と苦笑しながら、武内宿禰を無視するのは嫌だと控えめに訴えた。


 オレは……この時点で、廃村探訪に行ってもいいかな、と思い始めていた。

 オレと風汰には、どこかに行きたいという欲求はあっても、目的地はない。

 それに、できるだけ金銭に頼らずに手応えを感じたいという条件にも、この冒険は当てはまっていた。

「出費は電車代の三〇〇〇円ぐらいかな」

とすでにオレの負担を弾き出してくれていたように、貴さんにも、できるだけ行程を安くする気配りがあったみたいだ。

 なにより、この旅の目標が『貴さんのためになる』という理由が気に入った。オレは、オレのために遊ぶことに強い罪悪感を持っている。だから他人のためになるというフィルターを通すことが必要だったんだ。


 あとは風汰次第だけど……と、やつの態度を覗き見る。

 ……オレ以上に積極的だった……。


「なあ。ここってどんな願いでも叶えてくれるのかな?」

地図とスマホを貴さんから取り上げて、けっこうな時間、真剣に検討していた風汰が、やっと顔を上げる。

「常識の範囲内で頼みたいけど?」

貴さんももう風汰の同行が確定したことを確信したんだろう。微妙な距離を置いていた位置を詰めて、風汰の真向かいに立った。

「他人を呪うとかいうのは勘弁してね。その場合、確実に呪われるのは僕だろうから」

「それもありだった」

そんな軽口の応酬が聞こえたあたりから、オレも安心して参戦する。

「面白そうだからオレは行くよ。風汰はどうする?」

結論を急がせると、風汰は黙って親指を立てたあと、

「行く」

とだけ短く答えた。


 話がまとまったところで、貴さんが思い出したように確認した。

「星野くんは何の願いごとをする気なの? もし叶っちゃったら、またお礼参りに行かなきゃならなくなるから、あんまり安易なことは願わないようにね」

「ぜんぜんOK!」

元気よく返す風汰は、

「けど一等じゃなきゃ叶ったとは言えないぜ。三億当たったら神社建て替えてやってもいいや」

と続ける。

 オレと貴さんは顔を見合わせた。

「宝くじ?」

風汰、なんで急にそんな俗物思考になったんだ?

 貴さんが、ちょっと呆れた様子で、

「宝くじ程度のことだったら、あんなところまで行かなくても、近所のお宮か寺でいいと思うんだけど」

と諌める。オレも賛成した。だって、貴さんの命を救ったかもしれない武内宿禰に、よりにもよって金の無心とは、風汰もちょっと軽薄すぎだろ。

 けど、自分の目的を『その程度』扱いされた風汰は、恥じるどころか怒って声を荒らげた。

「アホかお前。オレが毎回当たりもしない宝くじなんか買ってる理由がわかってないだろ。オレはなあ……!」


 そこで、なぜか風汰はオレのほうをちらっと見て、それからこそこそと貴さんの耳元で内緒話を囁いた。

 ……?

 すぐに貴さんが相好を崩して笑い出す。

「あはは。そうなんだ。ねえ英士くん、星野くんは大金を当てたら君の大学の学費を立て替えるつもりらしいよ」


 真っ赤になって、

「信じられねー! そのままぜんぶバラすか、ふつう!?」

と叫ぶ風汰に、どういう顔をしていいかわからなくて、オレは、かろうじて、

「あ、ありがと……」

とだけ返した。


 ……なんだか……。

 オレは神さまなんて、やっぱり、相変わらず信じてはいないんだけどさ……。

 でもなんだか……。運命ってのが変わるときがあるとしたら、……なんとなくだけど、こんなふうに嬉しいことが重なるときなんじゃないかな……って、ちょっと、思った。


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