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天外の隣国  作者: 小春日和
われわれのすべての災禍は、我々がひとりきりではいられないことに由来する。
34/38

 幸い、貴さんが矢に射抜かれることもなく、オレたちは、

「あれ。ここっておじさんたちと別れたとこじゃなかったっけ?」

と風汰の言うとおり、記憶と合致した場所に辿り着くことができた。

 樹木の連なりが唐突にとぎれた先には、前回は真っ暗闇だったから気づかなかったけど、黒と焦げ茶の混ざった地面が広がっていた。

「土が焦げた跡? ……森を焼いて居住区にしたのかな」

不自然な色合いを見せる土地に、貴さんがそう判断をつける。

「ずいぶん乱暴なことをするんだなあ……」

という感想もつけくわえて。

 こんな深山に火を放てばどうなるかなんて、オレでも想像がつく。海外ニュースなんかでたまに見る大規模な山火事の映像が思い浮かんだ。

 オレの横に進み出てきたウズメさんが、さらに貴さんと並ぶところまで行ってから、ぼそりとつぶやく。

「ここは、元は杣夫そまふの村だったそうだ。そこに落ち武者が入り込んで、村を焼いて居座った」

 うしろから風汰が、

「杣夫ってなに?」

と聞いた。

「たぶんきこりのこと」

貴さんが、オレたちにもわかる一般的な呼称で言い直してくれた。


 樵、といえば、オレには『夏の間だけ山に入って木を切って生活する人』ってイメージがある。夏には集団で山中に仮の住処を作って暮らし、冬になると山から下りて里に戻る。

 実際の住居が里にあるんだから、たとえ落ち武者にここを奪われたとしても、樵たちにはそこまで深刻なダメージはなかったんだろう。武器を持った落ち武者と一戦を交えてまで取り返すことをしなかったんだ、きっと。

 そこでオレは、ふと思い出した。この村の家が、みんな、あばら屋だったことを。

 ……ああ、そっか。もともと仮暮らしの村落なんだから、家なんて適当でいいんだ。そして強奪した落ち武者にとっても、ここは自分たちの住みたかった場所とは違うはずだもんな。家をメンテナンスするなんて面倒なことは、したがらなかったわけか。


「……それじゃあ、いまここに留まっているのは、その落ち武者たちなんですか?」

貴さんがウズメさんに尋ねた。

 貴さんの質問の意図は、オレにもよくわかる。村の現在の構成員が、武装兵であるのか、それともそうじゃないのかは、オレたちの今後に大きく関わる情報だからだ。

 ……キスケなんかを見ていると、落ち武者そのものとは思えないけど子孫なのかな、ぐらいには感じるし……。

 ウズメさんは、でも幸いに、首を横に振った。そして、

「落ち武者は村には残っていない。おそらく自分の里に戻ったのだろ。ここにいるのは、落ち武者にかどわかされた近くの里人や山の民たちだ。みな、もう帰ることのできないわけを持ってしまったから、しかたなくここに住んでいる」

と村の連中の境遇を説明する。


 ロクロウ村。

 ウズメさんはこの村の名前をそう紹介した。

 木を伐採するのが仕事の杣夫たち。でも、この村の先住者たちが従事していたのは、樵の業務だけじゃなかったらしい。切った木材を椀や盆に加工して出荷するのも請け負っていたみたいだ。

 ロクロウ、という言葉は、その加工品を作る道具、『ロクロ』から来ているって話だった。

 オレと風汰には、ロクロというと、土のかたまりをぐるぐると回して焼き物を作るあの道具しか思い出せないけど、木材の加工も基本的には同じなんだそうだ。


 そんなレクチャーを受けながら、オレはなんとなく、刀傷をつけて川を流れてきたあの椀を思い出していた。

 オレの予想が正しければ、あれは遺品として丁寧に葬られたはずの物だった。でもこの村は、人間を生きたまま試し斬りの材料にするキスケを守護神と崇める風潮がある。死人を敬うなんて習慣があるだろうか……。

 もしあの椀を流したのがこの村じゃないとすれば、近くには別の、……刀を使う人間がいるような……、集落があることになってしまう……。

 キスケの代わりを果たすのなら、オレはいつかそこと戦うことになるんだろうか……。


 細くくねった道の先に、村の一番入り口にあるというキスケの家が見えてきた。屋根に積もったわらがぼろぼろとはがれ落ちた、他の連中と変わらない、粗末な建物だ。

 ……そうだな……。

 主を失ったそのみすぼらしい家を見ていたら、おんなじようにサルヒコに引きちぎられたキスケの死に様を思い出した。けっきょく、こんなうらぶれた村の中で守り本尊だなんて持ち上げられても、行き着くところはあんな末路でしかないんだ……。

 ……でも……。

「……なあ、貴さん……。村のやつら、キスケが死んだこと、ちゃんと悲しがってくれるかなあ……」

と、思わず聞いた。

 キスケは他人を面白がって傷つけたり殺したりするやつだった。

 キスケがいなくなったことを……オレもたしかに歓迎しないと言えば嘘になる。

 ……でも……。

「オレね……キスケのこと、大っ嫌いだったけど……たださ」

言葉を続けるオレに、貴さんは、前方を見たままだったけど、明らかに耳を傾けてくれた。


 キスケの最期は壮絶だった。父さんの死を体験しているオレにとっても、人間の死に際の本性ってこんなにすさまじいんだって、ある種の感動を覚えた。

 いや……えっと……。……感動、なんて言い方じゃなくって……。

 …………。

 ……変な話だけど、オレも死ぬときはあんなふうに弾けて死んでやりたい、って憧れたんだ。

 自分をかけらも偽ることなく、ただ本能に従って生に執着する。どうせ終わりになるのなら、命のぜんぶを出し尽くして逝ってやりたい、って、そんなふうに思ったんだ……。


「オレ、キスケのこと嫌いだったし、いまでもどっちかっていえば嫌いなんだけど……、たださ……」

もう一度、同じことをくりかえす。貴さんに勘違いしてもらいたくなかったから。

 オレは死にたいわけじゃない。キスケのような人間になりたいわけでもない。

 ただ。

「たださ……好きなように生きて、当然の報いのように死んだっていう、どうしようもない人生だったとしても、死んだあとはさ、やっぱりちょっとは気にかけてほしいんだよ……」

 キスケがいたことを、どんな反感情を織り交ぜていたとしても、ないものとして無視しないでやりたい。オレが死んだときも、やりたいことをやって人生をまっとうしたんだからそれでいい、なんて割りきらないでほしい……。

 貴さんは黙ったまま数歩進んでから、歩調を少しゆっくりにした。

「英士くん……君は、キスケが死んだときに自分が言った言葉を覚えてる?」

貴さんの頭越しに、空になったキスケの住処が迫ってくる。

「君は、もう助からないキスケの救助に向かっていく理由を、キスケの心を慰めたいからだ、って言ったんだよ」

建てつけが悪い板戸の前で、いったん立ち止まる貴さん。

 それから、家屋に向かって丁寧に合掌した。

 うしろを見ると、ウズメさんも、まるでキスケに話しかけるような顔をして、戸口を見つめている。

 ありがとう。

 声には出さなかったけど、貴さんとウズメさんに礼を言った。

 オレも手を合わせ始めると、風汰も慌てたようにそれにならった。


 真夏の真昼の太陽が照りつける中、かすかだけど、冷たくて気持ちのいい風が、オレたちのあいだをすり抜けていった。

 風汰の肩の上で、ミニ姫が大きく伸びをする。

 小さい神さまのその仕草に、なんだか妙に安心感を覚えて、オレは、

「キスケ、成仏できたみたい?」

と笑いながら聞いた。

 ミニ姫は小首をかしげながら、「よくわかんない」とでも言いたそうな表情をする。

 神さまだけど、ミニ姫には霊魂とかは見えないのかな……。

 スクナの転移以外の能力に興味がわいたオレは、周囲の景色をもっとよく見せようとして、ミニ姫に手をさし伸ばした。


 とたん。


「……! 松田!」

風汰の鋭い牽制が飛んだ。

 と同時に、風汰は自分の肩口にいたミニ姫を左手で握りこんで無理やり下ろし、さらに右手でオレを腕を掴んで、思いっきりの力で自分の背後に押しやった。

「何すん……!」

いきなりの事態にまず反抗したオレは、……でもすぐに文句を引っ込めた。オレと同じように風汰の背に回されたミニ姫が、まるで「逃げろ」と言わんばかりに、後方の草むらに放り投げられたからだ。

 なに……? 何が起こったわけ……?

 おそるおそる風汰の陰から前方を見ると、ウズメさんと貴さん越しの景色の中、キスケの家の戸口から出てきた男が目に入った。

 もちろんキスケじゃない。

 ……キスケより、ぜんぜん、でかくて……。


 …………。

 ……怖い……。


 熊みたいな体格をしたそいつは、顔にも動物っぽい好戦的な……笑い、だと思うけど……を貼りつけていた。

 そして、その視線は、オレの持っている刀、それからオレ自身に向いていた。

「キスケは死んだのけえ?」

大きくてひび割れた声が、なんだか楽しそうなニュアンスで、そう聞く。

「おめえがったのけえ?」

ガサガサに荒れた唇を舌なめずりして、嬉しそうに、目を細める。


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