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天外の隣国  作者: 小春日和
われわれのすべての災禍は、我々がひとりきりではいられないことに由来する。
31/38

 オレの転移先に当たりをつけて駆けつけた風汰が、

「服」

と短く告げて、オレの服を投げてよこした。

「さんきゅ……」

受け取って、急いで身につける。

 ちなみに、もちろん風汰ももう着衣は済ませている。


 あれから。

 ウズメさんを岩陰に残したまま、オレは貴さんと一緒に川原に上がった。

「百歩譲って、姫ちゃんにいきなり転移させられたことは咎めないけど、どうしてそんな格好でうろついてたんだい?」

熱のあるオレが水浴びをしていたという理由は、なかなか信じてもらえなかった。

「姫ちゃんに裸で迫った結果に飛ばされた、とか、そういうこと?」

と尋ねやがる貴さんに、

「どんだけミニチュアなシュミしてんだよ、オレ!?」

と噛みつくと、

「つねづね思ってたけど、君の許容範囲は狭すぎると思うよ、英士くん。ウズメさんに目が行くのは年ごろの男としてしかたがないと思うけど、他にもいろいろと目を向ける努力をしたほうがいいんじゃないかな」

さらに反論を説かれたうえ、居心地の悪くなるような視線で局部を見つめられた。

 許容率を最大限にしても貴さんは範囲外だから!

 ……って言いたかったけど、もっと気持ちの悪い理屈を持ちだされそうだったから、やめた……。

 ウズメさんが半裸だったのは……その……生理が始まったから、らしい。

「着替えがないんで、いまの着物を洗うついでに、ウズメさん自身にも身綺麗になってもらっておこうと思って。ああいうときは不衛生にしておくとあとあと困るって言うし」(※一)

と貴さんは、貴さん自らがこの場所にウズメさんを案内したと説明した。

「でも、ウズメさん一人で、長いこと、こんなに人目につく場所にほっとけはしないだろ? ウズメさんの村の人間だって、帰ってこないキスケとウズメさんにそろそろ疑念を抱くころだと思うし。だから一応見張りをね」

そう言いながら、ポケットにしまいこんでいたスリングショットをちらっと見せる。

 それから、貴さんは続けて、

「まさか英士くん相手に撃つことになるとは思わなかったけど」

って、大げさに溜息までついて、嫌味を返した。

「しつけーよ。予想外だって言っただろ!」

話の通じなさに、いい加減、オレもキレた。貴さんを怒鳴りつけて、そして……。

 ……けどまったく締まらないことに、貴さんの好奇の視線から隠すために、急いで素っ裸のまま膝を抱える羽目になった……。


 オレの服と一緒に、ミニ姫入りの鍋を運んできた風汰は、

「今回は、松田を飛ばしたあとにちょっとだけ起きてたんだぜ。……で、ものすごく八つ当りされたんだけど」

と、苦笑したあと、ミニ姫にかじられたらしい指先をオレの鼻先に突きつけた。

「おモテになることで」

白けた口調で言うやつに、

「……まったく嬉しくない。オレの周りってこんなんばっかりかよ……」

と思わず愚痴った。

 貴さんもミニ姫も、オレの人権とか都合ってもんをまったく無視している。見た目は二人ともぜんぜんそんなんじゃないのに、なんでこいつらってこんなに肉食系なんだ……。

「オレはおとなしい娘が好きなの」

と好みの方向性を伝えると、

「チビなんか一言もしゃべらねーけどなあ」

あえて意味をねじ曲げてにやつく風汰。

 具体的な対象として椿の名前を出しかけて、オレは慌てて口をつぐんだ。

 あぶね。風汰にはまだ椿のことは話したことがないんだっけ。


 ……この世界でなら、椿のことを風汰に隠しておく必要はない……。けど……もし元の世界に帰れたなら……。

 …………。

 ……………………。

 ……どうなんだろう……。

 オレはまた、自分の気持ちを隠し通す方法を取るんだろうか……。

 いま、こんなにあいつのことばかりを思い出す心を、抑えこむことができるんだろうか……。


「椿いすゞ……」

オレがつぶやくと、最初に貴さんが反応した。

「……うん。彼女が、なに?」

「誰、それ?」

次いで風汰が首をかしげる。

 そっか……。風汰は椿と同じクラスになったことないもんな……。

 貴さんが、

「僕たちのクラスメートで」

って説明を始めてくれたんで、オレはそのあとを引き継いだ。

「オレの好きな娘」

って。


 ちょっとの沈黙のあと……。

「へっ!? お前、そういう相手が本当にいたの? てっきりウズメへの牽制で嘘ついてるんだと思ってた」

虚をかれたとばかりに風汰は面食らった。

 そして続けて、

「だって松田って……自分のことで手一杯って感じで、女に目を向ける余裕とか……なさそうだったし……」

と言い訳する。

 その風汰に対して、貴さんが、

「余裕の部分で目を向けてた相手じゃないからね」

といいフォローをしてくれた。

 けど、風汰には、貴さんのそのわけ知り顔が気に入らなかったらしい。

「なに? 貴史は知ってたの? オレだけ仲間はずれ?」

「僕のほうが英士くんをよく見てたって証拠だね。星野くんはまだまだ観察が足りないよ。君は英士くんの保護者になろうとしてるみたいだけど、僕は英士くんの後ろ盾になろうとしてるからね。英士くんのことは隅々まで把握しててとうぜんだろ」

「オレだってなにも理解せずにこいつの面倒見ようとしたわけじゃねーよ!」

「現実に、君の知ってることは、僕には及ばなかったじゃないか。僕のほうがより英士くんの本音に沿ってるのは認めてくれるだろ?」

「お前、その気持ちの悪い言い方はよせよな。松田に○モみたく絡むのは、半分は冗談だって、昨日言ってただろーが」

「うん。だから、半分は本気、なんだ」


 ……せっかくの決意がどうでもいい会話に流されそうになったオレは、我知らず不機嫌な声を出していた。

「……椿の話をしてもいい?」

風汰が焦った様子で、

「お、おう。どうぞどうぞ」

と両手で招く仕草をする。

「歓迎」

貴さんは笑いながら、膝に乗せた左手で頬杖をつく。


 椿が、どれだけ可愛くて、どれだけオレの好みで、どれだけ感情を抑えてきたか。

 風汰たちに必要な情報だとは思わなかったけど、オレは、滔々(とうとう)とそんなことを語り続けた。いったん話しだすと、もう止まらなかった。

 一日、なにも喋るわけじゃなくても、一緒の教室にいるだけで嬉しかったこと。

 オレとは違う進路を取っているだろう椿の未来が、オレとはかけ離れた場所に辿り着くんだろうと想像して悶々としていたこと。

 告白したくて、でも結果を考えたらどうしてもできなくて……。そんなふうに悩むことさえ、自分の勇気のなさを証明しているようで、次第にしなくなったこと。

 諦めるしかないと観念したこと……。


 オレの後ろ向きな態度に、風汰はもちろん、貴さんも複雑な表情を見せていた。

「オレね……オレの不安定な生活の中に椿を巻き込むのが嫌でさあ……」

と言うと、風汰は、

「……まあ、わかるけどさ……。でも、あんがいついていけるもんだぞ。お前みたいなやつには、さ」

って応えてくれた。

「そうだといいな……」

と返した。

 けど……。


 でも。


 いまのオレは、椿の好意を、それこそ同情にすがってまで手に入れたいとは思わないんだ。

 椿がオレを好きになってくれないなら、それでもいい。たぶん、オレは、ものすごくみっともなく悲惨ぶるだろうけど、そうなっても構わない。

 二度と会えないかもしれないと覚悟したこの世界から、一転して、希望が持てるようになった元の世界への帰還。椿にもう一度会えるかもしれない。会えるかもしれないけど、でも、もしかしたらやっぱり帰れないかもしれない。

 だったら。

「椿にフラれない可能性に未練ったらしくしがみつくよりも、結果をちゃんと出しておきたいと思ったんだ。告白なんていつだってできると思ってだらだらしてたらこのザマだろ。だから、オレ、元の世界に戻れたら、ぜったいに椿に伝えに行く」

 オレ、自分でも気づいていなかった。いつまでもチャンスが転がっているなんて甘えに浸っていたこと。椿を大事にしたいからなんて言い訳して、自分の愛憎と向き合うことを避けていたこと。

 深呼吸して、それから、風汰と貴さんに向き直った。

 なんとなく照れくさくて二人の顔を見られなかったから、うつむいたまま、頭を下げる。

「たださ、オレ、……やっぱりちょっと自信はないんだよ……。椿を前にして本当に告白できるのか、って……。だから、……ごめんだけど、風汰と貴さんにはハッパをかけてもらいたいんだ。お……追い込んでもらえたら、きっと、迷いなんか吹っ切れると思うし……」


 こつん、と風汰の拳が、膝の上で握りしめていたオレの手に当たった。

 貴さんの細い指が、オレの髪の毛をくしゃっと撫でた。


 そのあと、ウズメさんが水浴びから戻ってくるまで、オレたちは女の好みの話で盛り上がった。

「椿いすゞって可愛い? 誰に似てる?」

と聞く風汰に、

「んー……。綺麗な顔立ちはしてるんだけど、わりとシャープな感じ」

と答える貴さん。

「深田○子……」

とつけ加えたオレに、

「マジで? そんな娘、学校にいたっけ?」

とはしゃぐ風汰。

 風汰の好きな顔立ちは、

「石原さ○み!」

らしかった。

「ああ、なんかわかる」

オレは笑って納得する。単純な風汰には、愛嬌のある女が合うんだろう。

 一番、予想のつけにくい貴さんの好みを尋ねると、

「どっちの?」

と聞き返された。この時点で質問を続ける気のなくなったオレに代わって、風汰が、……よけいなことなんだけど……、追及する。

「もし貴史が本物の○モなら、男の好みはやっぱり松田なわけ?」

すると貴さんは、

「さあねえ」

と、……なんでこんな顔で答えるかなあ……、口元をわずかに緩めた、妙に色っぽい微笑わらいを浮かべて、オレのほうを見た。

「僕は、告白した相手は必ずものにするから。だから簡単に本音は言わないよ」

目を逸らしたオレに、もろ肉食獣みたいな言葉を投げつける。

 ……オレよりよっぽど厄介だよ、この人。

 ……って、……うん、わかってたけど……、再認識、した。


※一 日本に仏教が広まった際に『経血』をけがれとする習慣が起こったと言われます。そのため、月経中の女性は入浴も禁じられて(水に穢れが溶け出すから)、専用の場所に隔離された例すらあったよう。貴史の台詞は、その劣悪な環境が女性に変調をもたらす場合を危惧したものです。


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