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25話、26話は本来1つの話として更新する予定でしたが、文字数が多くなったので分割にさせていただきます。読み飛ばしにお気をつけください。
オレと風汰が、ウズメさんとサルヒコ、そしてミニ姫の正体を知ったのは、翌朝のことだった。
根気よくウズメさんの話に一晩つきあった貴さんが、眠そうに丸木にもたれながら、解説してくれたんだ。
ちなみにウズメさんはオレの隣で寝ていた。
……それでびっくりして目が覚めた。
ウズメさんの母さんは『歩き巫女』という、この時代にあった独特の風習を持つ職業の人だったらしい。
巫女さんというと、オレたちは神社で舞を舞うあの紅白の袴姿の女性を思い出すけど、歩き巫女というのは、決まった神社に奉仕するんじゃなくて、全国を渡り歩いて祈祷とかをする女の人のことを言うみたいだ(※一)。
「歩き巫女っていうのは、……んーと……。祈祷で食べていけないときも、もちろんあったようだよ。だから、副業化する女性も多かったんだって」
貴さんは補足で、歩き巫女の中には、旅芸人や遊女になる人もいたと教えてくれた。もともと、巫女さんとして選ばれる条件が『見目麗しい若い女』だってことも、そういう道に走りやすい原因だったんだろう。
……だからきっと、ウズメさんの母さんも、そんな役目を持っていたんだと思う……。
そういう女が、この山の中の孤立した集落に流れ着いた。
同じような素質を持つウズメさんを連れて……。
「君たちは見なかったみたいだけど、あの村には厄介な祟り神が祀られていたんだってさ」
貴さんの話が進むにつれて、オレは、また廃村と武内宿禰の神社の存在を思い出した。
ウズメさんの村は、いかにも、将来、廃村になりそうな寂れた集落だった。
そして、そこにいた祟り神は、村の連中からも、
「人が見ちゃいかんもんだ」
って思われていたほど気を使う類のものだった。
これって、どうやっても、オレたちの最初の目的とリンクしちゃうんだよな……。
「ねえ、貴さん……。その祟り神って……」
と口を挟もうとしたオレを、貴さんは、
「ちょっと待ってね。いまから順番に説明するから」
と遮った。
うなずいて、口をつぐむ。
巫女だったウズメさんの母さんは、最初は、その祟り神を祀って鎮める神主のような役割を課せられたらしい。
守り本尊とされたキスケと同じく、労働は免除された。子どもだったウズメさんは巫女とは認められずに働いたそうだけど、それでも、そう酷使されることはなく、比較的恵まれた生活をしていたようだ。
ところが、ウズメさんが一四になったときに、母さんがとんでもない死に方をした。
サルヒコに食われたんだ……。
「サルヒコは川を伝って移動する習性を持っていたみたいなんだ。だから、川沿いの祠で日々の務めを果たしていたウズメさんのお母さんが真っ先に被害に遭ったんだろうね。でも、この惨劇はそれだけじゃあ済まなかった。だってね」
貴さんの説明によると。
村で信仰されていた祟り神。実は、その正体は、猿、だとされている。
貴さんが推理するには、
「もともとサルヒコっていう猛獣の脅威が村にはあったんじゃないかな。人食い猿っていうのは、実は、日本ではよく妖怪の民話や民間信仰と結びついたりしたんだ(※二)。だから、村の人たちは、現実には退治することのできなかったサルヒコを神格化して祀り上げたんじゃないか、って思うんだよね。ウズメさんの話によると、被害も数年に一度程度のことで、危険を犯してまで討伐しなければならないほど切迫はしていなかったらしいし」
ってことだった。
……なるほど。ありえそうだ。
祠に祀られていたのは猿の神。もっと言えばサルヒコそのもの。
だから、本来なら、その祠を護っていたはずの巫女は、サルヒコを手なづけていなければならないはずだった。
サルヒコに食われるなんて、あってはならないことだったんだろう……。
「神力が低下したためにウズメさんのお母さんが殺されたと思った人は、多かったみたい」
貴さんは、まだ寝入っているウズメさんに配慮して、声量を落としながら、話を続けた。
「そしてね、……気の毒なことに、それからサルヒコの被害者が出るたびに、サルヒコを御しきれなかったウズメさんのお母さん、それからウズメさんに、村人の憎しみが向けられてしまったそうだよ……」
ウズメさんが最初に強姦されたのは、妻を食われた夫にだったそうだ……。
純潔を失ったウズメさんは、それから、母親のように巫女として扱われることはもちろん、人間扱いさえされなくなっていった。貴さんも言葉を詰まらせながらの説明になったぐらい、ウズメさんの身の上は気の毒なものに成り果ててしまったみたいだった。
とちゅうで風汰が、
「……ちょっと顔洗ってくるわ……」
と座を立った。
オレはウズメさんの顔を見ながら、黙って、また頭を撫でた。
そんな生活の中で、だんだんと、
「自分がどこにいるのか、何をしているのか、わからなくなった」
と狂っていってしまったウズメさん。
ただ、彼女には一つだけ救いがあったんだそうだ。それは、母さんと一緒にあちこちを放浪していたときに学んだ『神への帰依』という感覚だった。
「ウズメさんの拠り所となったのは、……英士くんにはもうわかるよね……、……サルヒコの存在だったんだ。神であるサルヒコ自身に俗世から切り離してもらうことを、彼女は望むようになっていってしまったらしい……」
「……つまり、サルヒコに殺してもらうことを望んだ、ってこと、だよね……」
貴さんの言葉を反芻したオレに、貴さんは、ゆっくりとうなずいた。
……可哀想に……。
ウズメさんのこの姿勢は、キスケを始めとする村の連中から『サルヒコの妻にでもなろうとしているのか』と揶揄される元となった。
でも、もう心を閉じていたウズメさんには、そういう人の悪意みたいなものを受け取るキャパシティがなかった。
サルヒコの妻、と連呼される日々の中で、ウズメさんは、いつしか、母さんもサルヒコの元に嫁いでいったからいなくなったんだ、と勘違いするようになった。そして、サルヒコに連れて行ってもらえば母親に会えると信じるようになった。
村の連中は、そんなふうにサルヒコに会いたがるウズメさんを気味悪がる一方で、……おそらくだけど、サルヒコに食わせたらもったいない、とでもいうような欲もあったんだろう。ウズメさんを川に近づけないように監視し始めた。
「だから、あの人にサルヒコを呼びだしてもらおうと思った。サルヒコは女の匂いに反応するからと、キスケがやり方を教えてくれた」
ウズメさんの話によると、オレをサルヒコの餌にしようとしたのは、どうやらそういう意図だったらしい。
ウズメさんに同情してひどく暗くなっていたオレと貴さんは、風汰が戻ってきたのをきっかけとして、流れをミニ姫の話題に切り替えた。
「スクナっていうのは、小さい人、って意味なんだ」
と貴さんが始める。
ちなみに、ミニ姫は朝早くから起きだしていた。そして、オレではなく、風汰にやたらとちょっかいをかけていた。
「……なんかオレ、避けられてる……?」
呼びかけても顔も向けてくれないミニ姫にちょっと不安になったら、貴さんが笑いながら、
「たぶん、やきもちだと思うよ」
と教えてくれた。
「英士くんが隣にウズメさんを抱えてるから、近寄りづらいのかもね」
って。
いまも風汰の肩に乗って足をぶらつかせているミニ姫は、オレを無視して明後日の方向を向いている。
……こういうとこだけ一人前なんだ……。
なんだか笑えた。
子どものくせに。
貴さんの話が続く。
「スクナ、というのが小人を指す言葉だというのはわかったかな? だから、姫ちゃんのことをウズメさんがそう呼んだのも、とうぜんのことなんだ。小人っていうのは……僕たちの時代でも実在を信じられている部分があったけど、この世界では、さらに確定的に『いる』とされている存在なんだよ」
そして、それから、
「英士くんの情報から、ここが足利氏の統治していた室町時代だと仮定するなら、一寸法師の話はまさにこの時代に流行したことになる。小人をモチーフにしたこの物語が、単なる鬼退治の爽快感で終わらないのは、小人の存在自体がリアリティを持っていたからじゃないのかな」
と付け足した。
「一寸法師?」
昨日のオレと貴さんの会話を聞いていなかった風汰には、話が見えなかったらしい。さかんに首をひねっては、
「一寸法師ってあれだろ? 茶碗の舟と箸の櫂で船出して鬼退治して最後にでかくなって姫さんと結婚する話」
と確認する。
「船出のシーンが他の省略具合に比べてやけに詳しいのが気になるけど、まあそんな感じ」
貴さんが茶化し気味に風汰の言葉を肯定した。そして、
「僕たちの世界の昔話では英雄だった一寸法師も、ここでは、ちょっと厄介ないたずら小僧みたいに思われてるんだ。一目惚れの相手を手に入れるために悪事まで働くような、ね」
と補足する。
一寸法師。
体長三センチほどの小人で、いたずら好きの茶目っ気豊富なキャラクター。一方で、目的のためには手段を選ばないところのある、ちょっと扱いづらい性格を持つ。
ミニ姫は、この性質に当てはまるだろうか?
…………。
……少なくとも、いたずら好きな面は大いにあると思う。主に被害に遭っているのは風汰だけど。
……悪いことをしそうか、っていう点は……。……まあ、いまオレをガン無視してくれているように、感情のままに動く娘だから、一目惚れした偉人の娘を盗賊にまで仕立てるような一寸法師と重ならなくも、ない、かな……。
「……そっか。チビは一寸娘だったんだ」
変な造語を作って、それなりに納得した様子の風汰は、
「じゃあ、お前に針の剣を持たしてやったら、今度はサルヒコ程度の妖怪は倒してもらえるかもな」
と、肩口のミニ姫に向かって軽口を叩いた。
ミニ姫は、さらさらとした髪の毛を微風に揺らせながら、風汰の顔をじっと見る。
そして、なんとなく物言いたげにしながら、オレのほうに手を伸ばした。
反射的にミニ姫を受け取る。
と。
その瞬間。
風汰が消えた。
「え!?」
オレと貴さんは同時に立ち上がった。
「風汰!」
「姫ちゃん、星野くんを戻して!」
お互いの声が交錯する。
帰ってきたのも唐突だった。おそらく、消えてから三秒も経っていない。
オレたちの頭上に風汰の背中が現れたと思ったら、一瞬ののちに全身が落ちてきた。
とっさに頭だけ抱える形で受け止めると、身軽な風汰はそれでバランスを取り戻したらしく、オレを下敷きにしながらではあったけど、うまく受け身を取って地面に転がった。
「いててて……」
それぞれの傷口をかばいながら呻くオレたちに向かって、今度は貴さんの詰問が飛ぶ。
「姫ちゃんは!?」
慌てて起き上がると、オレの手から弾き飛ばされたミニ姫は、ウズメさんの体の上にいた。どうやらウズメさんがクッションになってくれたらしい。
風汰が半身を起こしてきょろきょろと顔を動かした。
そして、落ちた衝撃で泣きだしたミニ姫を見つけると、
「……自業自得だ、阿呆」
と罵った。
転移のあと、ミニ姫の声を聞いた経験のあるオレは、風汰もたぶんその状態にあるんだろうと予想して、
「ミニ姫、なんて……?」
と聞いた。
「潰されるとこだった、って文句言ってる」
憮然とした返事が返る。
思いがけない風汰の転移は、ミニ姫の『スクナの力』を証明する結果になった。
当の本人は、もう貴さんの手の中で寝ちまってるけど。やっぱり力を使うと眠くなるんだな……。
風汰に転移中の状況を聞いてみると、オレとまったく同じだった。
「どこに行きたいか聞かれたから、ここに戻りたいって強く念じたんだよ。そうしたら穴の外に景色が見え始めて、体が引っ張られた」
って。
体感的な時間を聞いてみたら、
「三〇秒ぐらいかな」
と答えた。オレのときは二分程度に感じられたから、これは転移した距離の違いなのかもしれない。
ミニ姫に体当りされた形のウズメさんは、そのショックで目を覚ました。
……あんまり寝起きはよくないのかな……。眠そうな顔をして、体をぐらつかせ、なんとか座っているような状態だ。ときどき、首がこくっと前に落ちる。
「……昨日、寝てないんだろ? いいよ、まだ寝てて」
と気遣うと、
「スクナの力のことを伝えておかないと、お前たちは困るだろ?」
と言ってはくれた。けど、言葉に反して、頭がオレの膝の上に乗っかる。
こういう仕草にもだいぶ慣れたオレは、自然に、ウズメさんの髪に指を沿わせた。
隣で、風汰が貴さんに、
「もうウズメもここに置いたら? ウズメ追い出したら、松田まで出ていきそうな気がするぞ」
と、……半分はオレに聞かせる嫌味なんだろうけど、進言してくれた。
「難しいなあ……。人数が増えればまず食料の問題が出るしね……。でもまあ、三人でもいずれは尽きるものだし、いまのうちにこの世界での人間関係を広げておくのも手かな、とは思うけど」
貴さんも、徐々に融通はしてくれているみたいだ。
……二人にこっそりと頭を下げておく。
頼むから、ウズメさんを村には帰さないでやってほしい……。
「スクナは外辺の力を持っている」
オレの膝枕に頭を置いたまま、ウズメさんはぽつぽつと語り始めた。
「スクナは国と国をまたいで動く。スクナが乗り込めるだけの小さな舟を空に飛ばして、あちこちを行くそうだ。だからスクナは場所に縛られない。この世界のどこにでも自由に行けて、人も自由に動かすことができる」
「あとで補足するけど、いまは、スクナというものの特性だけ知っておいて」
昨日の時点でウズメさんからこの内容を聞いていた様子の貴さんが、そう口を挟んだ。オレと風汰は、うなずいて、ウズメさんの続きに耳を傾ける。
「外辺の力を持つスクナは、同じように外辺の力を持つサルヒコと仲が悪い」
ウズメさんの話はますます混乱を極める。でも我慢して聞く。
「サルヒコは人に道を示すが、スクナは人を迷わせる。だからサルヒコはスクナを敵とする。スクナもサルヒコの仇となる」
「……サルヒコとスクナは敵同士なんだ?」
それだけ確認すると、
「そうだ」
とウズメさんは答えた。
うーん……。
サルヒコとミニ姫は敵同士……。
なんか……体の大きさからいって、ミニ姫がサルヒコに敵うわけがないとも思うんだけど、昨日の結果を見れば、ミニ姫の力はサルヒコを倒している。オレを使って、だけど……。
つまり、ミニ姫……スクナの特性っていうのは、自分で何かをするわけじゃなくて、人間を使って初めて効果を出せるってことか。
そういえば、さっき風汰を転移させたときも、ミニ姫は直前にオレのところに避難してきた。ミニ姫自身は転移できない、と見ていいんだろうか?
……あ、そっか。
ウズメさんの言う『スクナは人を迷わせる』っていう言葉は、これを指しているんじゃないか? 人間だけをどこかに飛ばしちまうから。
じゃあサルヒコの『人に道を示す』は、………………?
「サルヒコにも転移能力があるの?」
とウズメさんに尋ねたオレに、貴さんが、
「外辺の力、ね」
と補正した。だから、
「サルヒコも外辺の力を使うの? スクナみたいに人間を一瞬であちこちに運ぶことができるの?」
と質問しなおした。
ウズメさんは、遠いところを見るようなぼんやりとした視点を林の奥に据えながら、
「そう言われている。だがサルヒコは、人を動かすのではなく、己が飛ぶ。猿の姿は仮の身だ。サルヒコは本当は赤面の獣人なのだ」
と返す。
サルヒコは猿じゃない?
そろそろ理解力の限界を感じた。
サルヒコは白髪の人食い猿じゃないのか? 赤面の……獣人? 獣と……人?
そのとき、貴さんが助け舟を出してくれた。
「僕のいた世界では、貴女のいまの話をうまく理屈づける材料がありました。だからここからは僕が説明を引き受けますね」
とウズメさんにバトンタッチを申し出る。
そして、オレたちに向き直って、まずこう質問した。
「君たちは日本神話を知ってる?」
「日本神話には、オオクニヌシ、っていう神さまが出てくるんだ。出雲地方を治めた王なんだけど、その神さまには、スクナヒコナ、っていう小人の参謀がいてね」
貴さんは、日本神話がどういうものかわからないと言う風汰のために、かなり噛み砕いて話を始めた。
ちなみに、オレは少しはわかる。日本神話は古事記と日本書紀の内容を足した神々の物語だ。イザナギ、イザナミノミコトの国生み神話とか、アマテラスオオミカミ、ツキヨミノミコト、スサノオノミコトの三人(※三)が一番の注目株だとか。貴さんの言う、オオクニヌシ、も、大国さんと呼ばれる出雲大社の祭神だと知っていた。
「そのスクナヒコナは、オオクニヌシが出雲を平定していくときに、大きく貢献したと言われる神さまなんだ。さっきも言ったように、見た目は小人で、空を飛ぶ船に乗ってて、しかも他の国から来た渡来神だと言われてる。つまり外国から『旅をして』来た神だと思われてるのさ」
「それってうずめの言ってたスクナじゃん」
貴さんの解説に、風汰がいい突っ込みを入れた。
「え? じゃあ、スクナって神さまなの? チビも神さまってこと?」
結論を逸る風汰に、貴さんが、
「ちょっと待ってね。順番に行くから」
と牽制を投げた。
貴さんの話によると、ウズメさんの言う『スクナ』と『サルヒコ』の性質は、どちらも日本神話に登場する神の一人と合致するらしい。
「サルヒコのほうは、名前と、それから『赤面の獣人』という特徴から、サルタヒコ、のことじゃないかと思うんだよね。サルタヒコはアマテラスオオミカミに力を貸した神さまでね。赤ら顔に鼻の長い風貌をしていたって言われてる。天狗のモデルになった神さまらしいんだ」
そう推理する貴さんに あ、なるほど、と思う。
天狗。人間というにはおかしな容姿をしているし、動物というには人に近い感じがする、妖怪とも神さまとも言えない存在。サルヒコの正体が赤面の獣人だとされているなら、サルタヒコは、まさに、サルヒコの本性に相当する姿なんだろう。
さらに貴さんはこんな検証も上げてみせた。
「サルタヒコは道案内の神として信奉されてるんだ。これは、神話の中でニニギノミコトっていう神を迷路の中で導いたからなんだけど、実は、スクナヒコナも旅の神……つまり、旅路のように先の見えない道行を安全にしてくれる神さまだと思われてるのさ。だから、サルタヒコとスクナヒコナは、同じ利益を与えてくれる神とされているんだよ」
ウズメさんは『外辺の力を持つスクナは、同じように外辺の力を持つサルヒコと仲が悪い』と言っていた……。
そっか。これのことを指していたのか……。
ここで貴さんは、とつぜん、地面に四つの名前を書き始めた。
オオクニヌシ、の下に、スクナヒコナ。
アマテラスオオミカミ、の下に、サルタヒコ。
「じゃあいまから、スクナとサルヒコが敵同士、という関係を証明してみせようか」
言いながら、オオクニヌシとアマテラスの間に対立マークを入れる。
「出雲の国を治めていたオオクニヌシの元に、あるとき、アマテラスが、国を譲り渡すように迫ってきたんだ。アマテラスは、当時、日本の国土を次々に制圧していった勢力でね。それがとうとう出雲にまで手を伸ばした。二神は敵対しあったんだけど、最終的には、力の強かったアマテラスが勝って、オオクニヌシは出雲を渡した。ほら。だから、アマテラスの元にいたサルタヒコと、オオクニヌシの助言者だったスクナヒコナが対立していてもおかしくないだろ?」
そう続ける。
…………。
……………………。
……つながる……。
こんな、オレたちのいた世界とはぜんぜん次元の違うこの世界の異形の関係が、オレたちの世界とみごとにリンクしている……。
オレたちはいったいどこにいるんだろう。神話の中にでも放り込まれたんだろうか? ただのタイムスリップじゃあ説明がつかない。ミニ姫もサルヒコも、もしかしたら、神、なのかもしれないんだ……。
不思議なことに、高揚感を覚えて、オレは感動を声に出していた。
「オレたち……神さまに会ってるんだよね? 神さまの世界に来てるんだよね? オレたち、ぜんぜん別の世界にいるわけじゃないんだよね? 元の世界とつながった世界にいるんだよね?」
帰りたくなかった現実世界。オレがオレでいられなくなる、あのつまらない抑圧の世界。
でも、懐かしさを捨ててしまうには大きすぎて……。未練を捨ててしまうには重すぎて……。だから、あの世界を否定する心の裏で、いつもこっそりと願っていた。
この異なる世界がオレたちの元の世界とそうは離れていないように……って……。
「……なんでお前が嬉しそうにすんだよ?」
と風汰が笑いながら言った。
「あれだけ前の世界には戻りたくないって言ってたくせに」
とからかいながら。
貴さんが、ミニ姫に向かって微笑みながら、語る。
「もしかしたら、僕たちがこっちに来たのも、姫ちゃんの力のせいかもしれないんだ。スクナヒコナは渡来神だって言ったろ? 異国から異国へ渡り歩く外辺の神。サルヒコに急襲された姫ちゃんが、救いを求めて、その信号をキャッチしちゃった僕たちを思わずこの世界に呼び込んだ可能性は、僕は0じゃないと思う」
姫ちゃんなら僕たちをここから出せるかもね、と続けた貴さんは、……オレや風汰と一緒で、やっぱり、ちょっと、ほっとした顔をしていた……。
※一 希少ですが男性の歩き巫女も存在したようです。
※二 狒々《ひひ》とも呼ばれ、大型の猿や年老いた猿が化けたものと思われたようです。
※三 神を数える単位は『柱』を使いますが、英士にはそこまでの専門性がないので、人間と同じように『人』を使っています。




