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天外の隣国  作者: 小春日和
どういうところか少しも知らずに紛れ込んだ難所が、私達の生である。
18/38

 彼女とほとんど入れ替わるようなタイミングでやってきたのは、オレたちをここへ連れてきた三人連れのうちの二人だった。筋肉男じゃない、覇気なしの連中のほうだ。

 前回は顔をよく見てなかったから気づかなかったけど、筋肉男が二〇代後半ぐらいだったのに比べて、この二人はもう少し歳を取っていた。……30代半ば、かな……? 相変わらず精彩のない表情をしているから、老けて見えるだけで、本当はもっと若いのかもしれないけど。


 何をしに来たのかと身構えるオレの前で、背の若干低いほうが、風汰の縄を解きにかかった。

「もう帰っていいぞ」

と小声で風汰に伝えている。


 ……え? なんで急に……?


 もう一人の、……あえて特徴を上げるとすれば猫背のほうが、オレのそばにおどおどしながら近づいた。

 たぶん、オレが体当たりで川に落とした人だ。

 そんな暴力的なことをしたにもかかわらず、猫背は、

「ほどいてやるから暴れるなよ」

と忠告しながらも、後ろに回って、オレの縄を緩め始めた。

 ……ますますわからない……。そりゃあ自由になれるのは嬉しいけど……でもどうして……。


 オレたちは、この村で、尋問を受けたわけでも、強制的な服従を誓わされたわけでもない。ただ、馬小屋に拘束されただけだ……。

 服装や持ち物の違いから、こいつらもオレたちのことを不可思議に思ったはずだ。それなのに、オレたちの正体を見極めるでもなく、こんなふうにあっさりと開放するなんて……。


 悩むオレを尻目に、風汰は素直に喜んだ様子で、

「やったあ! 帰れる!」

と自由になった手を振り上げた。

 すると、すぐ隣に立っていた背の低い男も、笑顔になって、

「だいぶ暗くなったから、気をつけてお帰り」

なんて言う。

 さらに猫背が、

「ほれ。大事なもんだろ」

と、取り上げられていた斧をオレに返してきた。

 ますます困惑したオレの前で、風汰にも鎌とサバイバルナイフ、それに上着が返却された。


 ……なんだよ、この状況? ……なんか気味が悪いぞ……。


 そこでオレは唐突に思い出した。

 そういえば、ここに来るまでに、風汰とこの二人はいろいろと話をしたんだっけ。

 そうか。

 そのときにオレたちの事情はこの二人……もっと言うなら、この村の連中、に理解されたんだ。だから態度が緩和した……。


 …………。

 ……の、か? 本当に……?


 ……だとしたら、なぜオレたちは拘束なんてされたんだ?

 ……この不自由な時間は何のためだったんだ?


 風汰は無邪気に、

「ありがとう」

なんて礼を言っている。

 ……風汰がなにか連中と密約でもしたんだろうか?

 例えば、ある程度の時間、抵抗もせずにここに留まっていたら、オレたちに害意がないことを認めてもらえる、というような……。

 いや、でも……。

 それなら風汰はオレにそう伝えると思う。だって、オレたちは足は自由だったんだ。逃げ出すことが可能だったオレに事情を説明しないのは、ぜったいにおかしい。


 勘ぐるオレの視線に気づいたのか、風汰は、ちょっとだけ苦笑して、

「このおじさんたちは、最初からオレたちを閉じ込めるのは反対だったんだ。だから助けに来てくれたんだよ」

と説明し始めた。


 日の落ちた村落の家々は、風汰が『あばら屋』と表現した以上に、粗末で侘しい感じを醸していた。ところどころわらの抜け落ちた屋根とか、傾いた戸板とかが目立つ。

 六軒ぐらいしかないと言っていた戸数は、隣家同士がかなり離れていた。村の真ん中を細いくねくね道が貫き、それがやがて山に続いていくのだという。

 猫背たちに先導されながら、オレと風汰はその小道を進んでいく。


 そして、移動する間、風汰は、初めて、この村に連れて来られたときの詳細を、オレに教えてくれた。


 失神状態のオレと怪我をした風汰が最初に運ばれたのは、この村の出入口から一番近いところにある民家だったそうだ。

 乱雑なその住まいは、筋肉男のものだった。名前はキスケというらしい。

「お前が目を覚ましたときに説明しただろ。キスケさんたちは、オレたちを本気で殺す気はなかったんだ」

と、ここで馬小屋での会話を引き合いに出す風汰。

 オレはうなずいた。その話は覚えている。たしか、オレが風汰の治療跡を見咎みとがめたときのことだった。

「……キスケがお前を刺した理由がからかい半分だって聞いて、めちゃくちゃ腹を立てたのも覚えてるよ」

なんとなく、会話の流れがキスケ善人説に傾きかけているように感じて癪に障ったオレは、あえてそんなふうに受け応えた。

 風汰はまた苦笑して、

「そんな態度だから、お前には本当のことは話せなかったの」

と肩をすくめる。


 オレたちの処遇を決めかねたまま、村に連れてきてしまったキスケと猫背と背の小さいおじさん。

 そのため、着いてすぐに、キスケの家には村のほとんどの人が集められたんだそうだ。風汰が見た限りでは、老夫婦、子連れの若い両親、三〇から四〇代ぐらいの男が入れ替わりで数人という構成だったらしい。

 従順な態度を貫いていた風汰は、かなり早い段階で、

「放免してくれるって話になった」

という段取りになったようだった。

「どこから来たのか、とか、着てるものの入手先、とか、いろいろ聞かれはしたんだけど、オレ、上手く答えられなかったからさ。あんまり深く追及もされなかった」

と補足する。


 この時代に適応していない風汰の知識では、説得力のある説明はできなかったんだろうな、とオレは予想した。 

 ……そういえば、風汰は最初に、オレたちの境遇を『未来から来た』とか言っちゃってたな……。タイムスリップの概念があるとも思えないこの時代の人からしたら、ただの妄想狂に見えたのかもしれない。


 風汰が寛容な待遇を受ける一方で、オレに下された結論は、まったく逆のものだった。

「お前は……キスケさんに逆らったからって……殺そうって話に、なった……」

言い淀みながら風汰は告白する。


 ……聞いた瞬間は、ぎゅっと心臓が縮んだ。

 ……でも。

 ……自分でもその結果はわかっていた。馬小屋で目を覚ます直前に見ていた夢。あの中で、オレはキスケに頭を叩き割られていた。そうなるのが当然だと、オレ自身も納得していたんだ。

 戦火を逃れて集まった人たちが、この村を形成した。ってことは、ここの人たちは少なからず争いに対して嫌悪感を持っているはずだ。そんな村落の関係者に対して、オレは好戦的に振る舞った。だから……。


 ……オレの本音としては、言いたいこともたくさんある。先に手を出したのはキスケのほうだろう、とか、こっちが応戦せずにはいられないような状況を作るほうが悪いんじゃないか、とか……。

 けど……ここに来て、……つまり敵の本拠地に来て、オレの言い分が通るわけもない。

 それに、……オレには、覚悟……というか、予想みたいなものは、あらかじめ、あった。まだここが山賊の集落だと思い込んでいたときに、遭遇すれば命のやりとりをするような羽目になるだろうと、そんなふうに思っていた。


 ……だから。

 むしろ、殺される話が出たのがオレだけで、風汰に巻き添えを食わせなかったのは、ありがたいぐらい……。


 ……だったのに。


 背の小さいほうが、振り返って、風汰とオレを見比べて、言った。

「この兄さんの命代わりがなかったら、本当に危なかったぞ、あんた。キスケは、腕は立つが、少々性が悪いところがある。平気で殺しまでやるから、今後は気をつけるこったな」


 ……命代わり、ってなんだ……?

 聞き慣れない単語に首をかしげながら、オレは隣を歩く風汰に目を向けた。

 すると。

「いやあのさ!」

やつは急に声を張りあげた。

「わりと自然にできるもんだな、ああいうの! ドラマとかで見ると、ありえねーとか思ってたのに!」

夜目にも顔が赤らんでいるのが見える。


 …………。

 ……命代わりっていうのは……殺されそうになっていたオレの身代わりを志願した、ってことなんだろうか……。

 だけど……そんなことしたら、風汰が……。


「……お前、……ざけんなよ……」

瞬間に苛立ちがマックスに達して、オレは、よりによって風汰に暴言を吐いた。

「風汰がそんなふうにオレの尻拭いをするってわかったら、オレ、これからなにもできなくなるだろ! 嫌だと思うやつにもへらへらしなきゃならなくなるじゃないか! どうしてそういうことが考えられないんだよ!?」

 いきなりのオレの剣幕に、風汰はちょっと驚いた顔をする。

「へ? そこ、オレが怒られるとこ?」

「そうだよ!」

腑に落ちない様子の風汰に、オレはさらに感情を叩きつけた。

「オレはキスケみたいなやつに命乞いするぐらいなら死んだほうがましなんだよ。だってあいつ、おかしいだろ。お前、刺されたって反抗しなかったじゃん。それなのに話を聞く気もなくいたぶるとか、どれだけサドなんだよ。そんなやつに泣きつくなよなっ!」


 自分の言葉で、キスケへの嫌悪感は、さらに倍増した。

 キスケと対峙したとき、オレ、あいつの本性が見えた気がしたんだ。一見、無表情無感動で、冷静かつ冷徹な戦闘に向くタイプかと思ったんだけど、実際には、喧嘩慣れなんかしてなくて隙だらけだったはずのオレに、踏み込むこともできない臆病者だった。

 無抵抗の人間には簡単に刃を向けるくせに、自分に少しでも不利益があると尻込みする卑怯な性格。しかも、小さいほうのおじさんがキスケのことを『腕が立つ』なんて言っていたことから、弱い者いじめみたいなことをくりかえして虚勢を張ってきたんだろうと、予想がつく。


 うつむきながらオレの言い分を黙って聞いていた風汰に、オレは、最後にこう頼んだ。

「今後はオレのやりたいようにやらせてくれよ」

って。

 そしたら風汰は、顔を上げて、さらに上目づかいに空を見上げてから、頭を掻いて、こんな言葉で反論した。

「……それってさ。……オレ、思うんだけど、いまの松田が言えることじゃなくね? だってお前、実力ないじゃん。意地だけ張っても、それってかっこいいとか思わないよ?」

それから、

「だから、お前の要望は聞けない」

と断言した。


 背の小さいおじさんが、風汰に小声で、

「連れの人はお武家さんかね?」

と聞いてきた。

「武士は見栄きってなんぼのもんだからなあ」

と重ねる。

 風汰は首を横に振って、

「違うよ。オレらはただの庶民」

と返す。

 そして、それから、

「ここに来てから、ちょっと刺々《とげとげ》してるんだ、こいつ。たぶん、なんか責任感みたいなもので押しつぶされてるんだと思う。本当はもっとおとなしくて我慢強いやつなんだけど……」

オレのことをそうフォローした。

 猫背がぼそりと、

「あんまり考えすぎんほうがいいぞ。人の生死いきしには神仏の加護によるものだ。無駄な足掻あがきは仏の教えに反する」

と、なぜかこのタイミングで的はずれなことを言った。


 風汰が放免でオレは処刑。

 そんなふうに決められたオレたちの処遇は、でも風汰の献身で、

「しばらく様子を見ようってことになったんだ。お前が目を覚まして、キスケさんたちへの敵意を収めているかどうかで、判断するつもりだったみたい」

というふうに方針が転換された。

 だから、風汰は、わざとオレと一緒に馬小屋に入れられたんだと、言う。

「オレ一人が自由の身でいたら、お前、またいろいろと勘ぐるだろ? そういうの面倒だったんで、同じ立場になっておきたかったんだよ」

そう説明する風汰に、……つまらない意地にこだわって視野を狭くしていたオレは、まともな言葉もなく、

「……気遣い、ども」

とあいさつだけ返した。

 ガキっぽいのはオレのほうだと自覚はしたけど、風汰が脇でニヤつくのを見るのは、正直、腹立たしい。


 風汰は最初、オレが起きたらすぐにこれらの事情を話そうと思ったんだそうだ。

 けど、オレは、覚醒したときはかなりの興奮状態だった。

 それを見て、

「殺されそうだった、なんて伝えるのは可哀想な気がしてさ」

と続ける。

「落ち着いたら言おうと思ってるうちに、なんか……ほら……機を逃したっていうか……。……予期せぬことが起こったっていうか……」

 ちらっと視線を送るやつに、オレは、自分でもわかるほど赤面して、

「ああ、うん……。あ、あれはもう……いい……」

と顔を逸らした。


 彼女の行動についても、風汰は自分なりの見解を持っていたらしい。

「キスケさんっていうのは、……まあたしかに、ちょっとどうかなと思うとこもあるけど、この村では守護神みたいに頼られてるんだよ。えっと?」

そこで補足を前方の二人に委ねた風汰。

 小さいおじさんが、今度は振り返らずに歩を進めたまま、説明を引き継ぐ。

「キスケはここでは守り本尊として扱われてるんだわ。刀を扱えるのはあいつだけだし、一番危険な村の入り口に住んでくれているのも、俺らにとってはえらく助かることだからな。だからキスケは畑に出んでもいいし、ウズメの扱いも好きなようにできる」

 ウズメ、というのが何なのかはわからなかったけど、話の腰を折りたくなかったオレは、

「それから?」

とただ先を促した。

 風汰が続ける。

「そんなキスケさんには味方も多くってさ。特に、お爺ちゃんお婆ちゃんや、子どものお母さんなんかは、キスケさんと対決したお前をひどく恨んでいたみたいだった。だからさ、あの女の人も……」

 風汰が予想するに、彼女は、キスケへの忠誠心からオレに恥をかかせに来たんじゃないか、ということだった。


 …………。

 ……うん。

 ……理屈はわかる。

 ……わかるんだけど……。


 ……なぜだか、オレはこの推論に少なからぬショックを受けた。

 ……キスケのためにあんなことまでするほど、彼女にとって、キスケは大事な相手なんだ……。


 ……!


 そこで気づいた。

 彼女が馬小屋に入ってくる前に聞こえた『続きは今夜な!』って怒鳴り声。

 よく通る、若い感じの、わりと特徴的な声だった。

 あれは、渓流沿いを歩いていた風汰をいきなり呼びつけた『誰だ!』っていう声と同じだ。キスケと目の前の二人のどちらかのもの。そして、この二人の声質は明らかに違う。じゃあキスケしかいない。

 彼女はキスケと二人で馬小屋まで来た。

 それから彼女はオレのところに来た……。


 …………。

 ……彼女はキスケと……恋人同士……いや、夫婦かなにかなんだろうか……。

 オレにあんなことをしたのは、オレの狼狽具合を、物陰からでも眺めていたキスケに見せるためだったんだろうか……。いまごろ、二人で嘲笑っているんだろうか……。


 ……怒り、とは違う感情が湧いた。どういう気持ちなのかは、よくわからないけど……。

 ……もし彼女とキスケがそういう仲だったなら……。

 ……もしオレがキスケの立場だったんなら……。

 ……彼女にあんな役はやらせない……。


 そんなふうに考えていたら、自分の本心が見つかった。

 オレ、あのひとに同情しているのかもしれない……。

 あんなに綺麗な人なのに、彼女、自分の価値もわからないままだった。夜を一緒に過ごすような仲のキスケの前で、オレに対して、まるで狂女のような惨めな役回りをさせられていた。

 なんでもっと大事にしてやらないんだろう、キスケのやつ……。


 …………。

 …………。

 …………。

 ……オレの思考って、どうやってもアンチキスケに傾いちゃうらしいや……。


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