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天外の隣国  作者: 小春日和
どういうところか少しも知らずに紛れ込んだ難所が、私達の生である。
15/38

「……こっちに道続いてねえ?」

先を歩く風汰が、根上がりの大木の裏を覗きこんで、そう言った。

「うっすいんだけどさ。確かに何かが通った跡があるぞ」

 オレも幹を回りこんで確認した。

 風汰の言うとおり、伸び放題の藪の一部が、まるで踏み荒らされたかのような道筋をつけていた。


 オレの想像を受けて、上流にあるのは山賊の集落だと警戒したオレたち。

 戦闘にも逃亡にも向かない貴さんとミニ姫に、

「オレたちのかなり後ろからついてきて。もし山賊に遭遇しちまったら、なんとか時間を稼ぐから」

と伝えて、オレと風汰は刈ったばかりの山道を歩き出した。

 途中、

「隠れるとことか迎え撃つとことかってなかったの?」

と風汰に聞かれたオレは、

「かなり大きな木があったよ。オレたち二人が余裕で隠れるぐらいの。あそこを起点にして先に進もう」

と提案した。

 オレは昨日と同じ斧を、風汰も、懐にサバイバルナイフ、手には鎌を持っている。


 緊張しているせいか、足の裏に当たる刈草の断面にまで神経が届く。

 ……もし武器を持った人間がとつぜん目の前に現れたら、オレ、どんな態度を取ったらいいんだろう……。

 こっちも武器をたずさえている。だからたぶん、最初っから友好的にはなれない。お互い探りあいながらの駆け引きになるか、……それとも……。

 ……それとも、いきなり戦いになるか……。

 前を行く風汰の背中に視線を向けた。

 ……堂々としている……ように、見える。風汰は怖がっていないんだ、きっと。

 すごいな……。


 いや、でも……。


 スズメの始末程度で音を上げていた風汰。

 オレ以上に刃傷沙汰には弱いはずじゃ……?


「なあ、ふう……」

と呼びかけると、風汰は、こっちがびっくりするほどの過剰さで驚いた。

「ななななんだよ! いきなり話しかけんなよな!」

と。


 …………。

 ……………………。


 オレは、なんだか可笑しくなって、眉を吊り上げている風汰に爆笑した。

「無理すんなよ」

と笑いながら諌める。

 すると、オレよりはるかに筋肉質のやつが、急にしぼんだように小さく見えた。

「無理ぐらい……しなきゃ、だろ」

余裕も作れない様子で口を噛む風汰。


 ……ああ、そうだよな……。

 

 オレは、風汰を押しのけて先に立ちながら、言った。

「オレたちだってこんなこと初めてだもんな。怖いし、心臓ばくばくするし。オレだって、正直、もう進みたくないよ」

「でも、オレらが踏ん張らなかったら、終わりだろ」

風汰が、余計なことは考えたくないとばかりに、短く断定する。


 オレたちはお互い、常に貴さんとミニ姫の存在を頭に置いている。オレたちと違って自力では生き抜いていけない弱い二人。

 だからオレたちは弱音なんか吐けない。背負うものが、自分一人じゃないんだから。


 ただ。


「なあ風汰」

オレは、周囲との調和を図るためにずっと気持ちを押し殺してきた自分の境遇を思い出しながら、風汰に伝えた。

「オレたちだって生きてるし、生きたいし、危ない目には遭いたくないし、一人で助かりたいと思うのは当然だろ。だからそれをごまかす必要はないんじゃないかな」

「あーまあ……」

同調したセリフを吐きながらも、責任感に縛られているせいか、風汰は納得しない様子だった。

 だから、オレはまた重ねる。

「もしこの先、オレが山賊にいきなり斬られるようなことがあったとしても、お前は、お前が斬られなかったことをラッキーと思って逃げろよ。それは人間として当たり前の感情なんだから」

と。


 もし武器を持ったやつがとつぜん目の前に現れたらどうするか。

 さっきまで悩んでいた問題に、オレは自分自身で答えを出した。

 オレにとって一番怖いのは、まず貴さんと風汰を失くすことだ。このわけのわからない世界に独りで置いていかれる状況を作ることは、ぜったいに嫌だ。

 それからミニ姫。あの娘を見捨てることも、オレにはたぶんもうできない。風汰たちより優先順位は低いけど、いなくなったら、きっと何度でも思い出す。そのたびに後悔する羽目になるんだ。

 だったらやれることは二つしかない。

 全員で無事を迎えるか。

 真っ先に玉砕するか。


 風汰が無言でオレを追い抜いた。

「おーい……」

……なんとなく声をかけづらいオーラをまとっていたので、オレは声を小さくして呼びかけてみた。

 ……返事は……ない。

 ……怒ってんのかな……?

 二、三歩、先に進んだ風汰は、いきなり振り返って、どすの利いた声で応答した。

「いまのセリフ、ぜんぶお前に返す。オレが斬られても、お前、逃げろよ」


 それからのオレと風汰は、お互いに抜きつ抜かれつしながら、けっきょくは、

「誰か一人でも欠けたら、オレたち全員、崩壊するからな!」

という見解で一致した。

 オレが死ねば風汰も道連れになる。そうしたら当然貴さんもミニ姫も助からない。

 オレの取れる選択肢は、どうやら『全員で生き残ること』しか残されていないみたいだった。


 藪に残った何かの足跡を追って、オレと風汰は、根上がりの大木から、その先の草むらに身を投じた。

 踏み荒らした痕跡は、人間のもの、と断定するほどはっきりとした二足歩行ではなかった。丈の高い植物は軒並み倒されて、わざと道としての役割を確保している向きはあったけど、見ようによっては猪とかの四つ足動物が這いまわった跡にも感じる。

「また猿じゃねーだろうな」

と顔をしかめる風汰に、

「あいつの歩いた跡なら、もっと盛大に草が倒れてるよ」

とオレは答えた。


 ……そっか。

 山賊ばかりを警戒していたけど、猿の脅威もまだ残っていたんだな……。

 風汰に気づかれないように、そっと脇腹に手をやる。


 刈り跡ほどではないとはいえ、そこそこに均された藪を歩くのは、それまでの苦労に比べれば雲泥の差だった。

 数分後には大木が小さくなるほどの距離まで進んだオレたちは、そこで少し、ただ道に沿って歩くだけだった戦略を変えてみた。

「いまは見えないけど、左のほうから川の音がしてるだろ。物が流れてきたってことは、山賊たちの村は川のすぐそばにあるんじゃないかな。だから、一人は川伝いに、もう一人はそれを見失わない位置の藪に隠れながら伴歩するってのはどう?」


 このやり方は、実は、だいぶ前から思いついてはいた。でも実行するのをここまでためらったのは、川の端は藪も木もなくて、姿が丸見えになるからなんだ。

 しかも山賊が住んでいるのは上流。見つかって、もし船か泳ぎで追いかけられれば、逃げてもすぐに追いつかれてしまう。

 渓流伝いに進む方法は、効率はいいけど、リスクが大きい。

 もちろん、川のそばを歩く役のほうが、藪から付き添う役よりも危険だ。


 風汰にそのへんをちゃんと説明すると、やつは当然のように、

「じゃあオレが川のほう行くわ」

と言って、さっさと向かって行ってしまった。

「ちゃんとあとについていくからな!」

と怒鳴って、オレも不測の事態に備える。


 全員が無事にこの世界での危機を乗り切るために。

 オレは斧をしっかりと握りしめた。

 全員を無事に生かすためなら、オレ、人殺しだってためらわない。そんなことで迷っていられない。食べるために動物を殺すのと同じように、生きるために敵も除く。

 そのルールから外れるのは、風汰と貴さんとミニ姫だけだ。


 旺盛に繁殖する藪の中を、中腰になりながら、風汰の姿を追う。

 相当な激務だった。さっきまでの行程の楽さがすべて跳ね返ってきたみたいに辛い。

 風汰の様子に変化はなかった。一見、ひょうひょうと川原の石の上を渡っていく。

 汗が目に入って、染みた。喉も乾いた。考えたら腹も減っている。時計を見ると一一時を回っていた。


 貴さんたちのことが、ふと気にかかった。いま、どのへんまでついてきているんだろう。

 でも、思い巡らせたオレの懸念は、すぐに、貴さんへの信頼から、勝手に中断されてくれた。

 もうすぐ午後になる。そうなれば、山賊が見つかろうが見つかるまいが、今夜の寝床の確保に入らなければならない。ここに来てから常に最善の状況判断をしてきた貴さんなら、もう候補地の選別に入っているだろう。

 オレが見る限り、今夜のキャンプは大木の周辺が適当だと思う。根上がりの木の下はちょっとしたむろになっていた。オレたち四人がまるごと入るぐらいの大きな空洞だ。だから目立つテントを張る必要もないし、川まで一〇分のあそこなら食料の確保も簡単だろう。


 疲労のせいか、そんな現実逃避的な計画に短い時間ながら没頭したオレは、風汰が歩みを止めていることに気づくのが遅れた。

 ……。

 すぐに近づこうとすると、まるでそれを制すように、風汰が、持っていた鎌をオレのほうに投げ捨てた。


 進行を停止して耳を澄ます。


 複数の足音が聞こえた。

 小走りの、荒々しい動作を想像させる人間のものだった。

「誰だ!」

意外に通りのいい若い男の声が飛ぶ。


 すぐに姿を現わしたのは三人の……山賊というよりは江戸時代の農夫のような格好をした男たちだった。丈の短い着物に、髪はざんばらのポニーテール。

 全員が風汰よりは体格が小さい。ただ、一人は腕まくりした二の腕の筋肉が異常に発達していた。あとの二人は、小柄だし、ここから見てもそう覇気を感じないから、リーダーはその男なんだろう。

 厄介なことに、筋肉男は日本刀を持っていた。それ系の刃物の種類はよくわからないけど、大きさはかなり長い。風汰との対比から一三〇センチはある。

 オレは日本刀ってさやに入れて腰からぶら下げるものだと思っていたけど、その刀は抜身ぬきみで、すでに筋肉男のごつそうな手に握られていた。


 ……いつ出る?

 タイミングを計る。

 早すぎれば言葉による交渉の機会を逃す。遅すぎれば風汰を危機に晒す。


「あ……ええっとー……」

場に、場違いな間延びした声が流れた。

「ちゃんとした説明をしたいんだけど……聞いてくれる、かな」

風汰が、無抵抗の意思を表した両手もろて上げで、リーダー格の男に話しかけていた。

「オレ……ここのことが……っていうより、この時代のことがよくわからないんだ。たぶん、未来から来たから。だから、悪いことをするつもりもない、よ」

と。


 ……平静を装ってはいるけど、ふだんの騒がしいほどの風汰の態度と一変していることから、あいつがものすごく緊張しているのは、わかる……。


 風汰はさらに、

「お、教えてくれたらありがたいんだけどな。あんたたちってこの先に住んでる人? そこってもっと人がいるの? こんな山の中なのに不便じゃないの?」

と畳みかけた。

 必死で情報を引き出そうとしているのが伝わってきて、オレの手にも汗が滲む。


 その瞬間。


 筋肉男の腕が動いて、刀の切っ先が風汰の胸を突いた。


「っづうっ……」

小さく呻いて半歩下がった風汰。胸元に赤い染みが広がったのが見えた。

 男はさらに、風汰の首元に刀の腹を押しつけた。

 何も言わない。風汰の正体の詮索も、風汰にどういう感情を抱いたのかも、筋肉男は何も伝えなかった。

 風汰はまだ、

「話……聞いてくれないかな……」

と呼びかけている。


 オレは風汰の捨てた鎌を拾いながら、まず手前にいた痩躯の男に体当りした。身長だけは風汰と競るオレの勢いに、相手は川の中まで吹っ飛ぶ。

 怯えた表情のもう一人の足を思いっきり踏みつけながら、オレは、筋肉男に鎌を振り上げた。

 ぎんっ、と鈍い金属音がして、文字どおり火花が散る。

 が、この勝負は競り負けた。オレの手から鎌が飛んで、やつの手には刀が残る。

 まだ!

 ズボンの腰に差していた斧を引き抜くと、オレはもう一度構えを直して筋肉男に対峙した。


 風汰は男の背後にいる。血の染みは、溢れるほどじゃなかったけど、確実に上半身に広がっていた。

 もう少し距離を取ってくれ。

 目でそう訴えたが、ショックを受けているのか、やつは体をこわばらせたまま、その場を動こうとしない。

 オレはうかつに刀の間合いに飛び込めなかった。際立って長い日本刀は、当然だけど間合いも広い。自分の身の安全、それから、男が風汰に標的を移す可能性を考えると、しゃくだけどオレ自身も怖くて固まりそうだった。


 目だけは筋肉男の視線から逸らさなかったオレに、あっちも慎重になったようだ。明らかに有利な武器を引っさげているにもかかわらず、すり足を出したり下げたりするだけで、踏み込んでこない。

 こっちから行くか……。

 オレも体重移動を何度か繰り返し、突進の機会をうかがった。よく見ると、刀の状態はけっしていいものじゃない。サビも浮いているし、ところどころに刃こぼれも生じている。あれなら、万一斬られたとしても、致命傷にはならないかもしれない。


 意を決して踏み込もうとした。

 とき。


 ……なぜか、筋肉男は締まりのない笑みを浮かべた。


 直後、頭蓋骨の中が激しく揺さぶられる衝撃を受けた。


 それからの記憶は、ない。


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