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天外の隣国  作者: 小春日和
安定していないこと。それこそが世界がここにこうして存在するときの定まった形なのだ。
11/38

10

 懐中電灯の丸い光の輪が、壊れかけた巣箱を照らした。

「あった!」

オレは、貴さんと風汰に大声で知らせながら、そのそばに駆け寄る。


 先刻。

 寝かけた貴さんを起こしちまったオレのつぶやきは、でも、結果的には、そう迷惑なものじゃなかったらしい。


「お前ってさあ、猿の目、見た?」

こっちも起きていた風汰が、オレと貴さんの会話を聞きつけて、火の端から声をかけた。

「体毛の白いのとか体のでかいのとかは、まあありかなと思ったけど、あれはないよなー」

そう続ける風汰に、

「顔は見ないようにしてたんだ。動物は目を合わせると襲ってくるって聞いたから」

と答えたオレは、風汰の質問の意図をつかみそこねていた。

「目が……何なんだよ?」

改めて確認すると、今度は貴さんが、

「金色に光ってたんだ」

と答えた。


 オレを助けるために猿の至近距離まで寄った風汰と貴さん。

 特に貴さんは、やつの注意を引く役目を負っていたから、猿の顔を凝視したらしい。


「水晶体が白いとか言うんなら、まだわかるんだ。猿にも白内障はあるそうだから。でもあれはそういうレベルじゃなかった。ビームでも出そうな強圧を感じたんだよ」

 貴さんの説明に、風汰が笑いながら、某セキュリティ会社のCMの真似をする。

 貴さんも同調して笑ったあと、

「幸い、そういう特殊な能力はなかったみたいだけどね」

と補足した。

「でもあの眼光だったら、野生の薄れてしまった僕たちはともかく、このへんの動物は逃げ出すんじゃないかな。それぐらい迫力があったよ」

とも説明を補完する。


 オレは笑う気になれず、あのときの猿の姿を思い出していた。

 人間のように手先を使って箱をこじ開けていた器用さ。

 オレが大声を出したときに肩をびくつかせて驚いた人間臭さ。

 でも、あの体臭や、歯ぎしりの激しさや、何より破壊的な握力は、やっぱり野生動物のそれだと思う。人間の知性は欠片も感じなかった。

 ……光る金色の目。

 ……あいつはただの猿じゃなかったのか? だとしたら正体は何だ? 自然な突然変異? それとも……。


 ……それとも。

 ……動物でも人間でもない、なにか……妖怪のようなものだったんだろうか……?


「あ、だから……」

ここまで考えて、オレはやっと、オレが見た小人との関連性に気づいた。


 20センチ四方ぐらいの巣箱にすっぽりと収まっていたあの小さな人間。服なんかはまとってなくて、まるでおもちゃの人形みたいな姿だった。

 でも、生きていたんだ。間違いなく動いていた。猿に怯えて足が崩れかけていたのを、オレはちゃんと見たんだ。

 あれは……あれもやっぱり妖怪なんだろうか? 人間じゃない、でも人間の仲間としてしか識別できない生き物……。


「……貴さんは……妖怪のいる世界だから、ここのことを『別世界』って言ったの?」

ふつうのタイムスリップではない。そう予想した貴さんの真意を尋ねると、

「うん。あの猿といい小人といい、過去の日本だからっていていいものじゃないからね」

と静かに答えた。


 昔話の世界。

 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、生き抜くのに難しい世界。

 そんなとこに、オレたちは送られたのだとしたら。


 …………。

 ……………………。


「……なに笑ってんだよ?」

風汰が怪訝そうに聞いてきた。

「なにって……」

オレは、自分でも自覚できるほどの壮絶な笑顔を口元に張りつけて、こう返した。

「だって覚悟が決まるじゃんか。甘えたり後ろ向きになったりしたら、この世界では生きていけないんだろ? 就職したくないとか、オレの気持ちに配慮して欲しいとか、そんなこと言ってられない世界なんだろ? だからさ」


 だからさ。

 オレは。

 この状況が。


「嬉しくて嬉しくて、自然に顔が笑っちまうの」


 オレの言葉を、風汰は当然呆れて、貴さんはくすくすと笑っていた。

 そうだ。オレ、なんであの猿に立ち向かったか、思い出した。

 小人を助けること。小人に触れること。小人と言葉を交わすこと。そういうことがもしできたら、この旅の目的が達成できるような気がしたんだ。つまらない日常がひっくり返るぐらいの衝撃を味わえるような気がしたんだ。


 駆け寄ってきた風汰と、歩み寄ってきた貴さんに、オレは懐中電灯の灯りで巣箱の位置を照らしたまま、ゆっくりとそれを持ち上げた。

 外れたふた部分から光を差し込んでみる。


 細い足が見えた。

 手がゆっくりと動いて、眩しげに顔を覆った。

 丸みを帯びた肩と腰。でもまだ未発達な扁平の胸。

 一〇歳……いや一二歳ぐらいかな。女の子だった。腰までの長い黒髪を巣箱の底に垂らしている。


「よかった。生きてた」

そう声をかけて、オレは小人の少女に指を差し伸べた。


 急激な環境変化に戸惑った表情を浮かべた彼女は、しばらく、オレと覗き込む他の二人の顔を交互に見ていた。

 そしてそのあと。

 ゆっくりと、オレの指にしがみついた。


「恩人の顔を覚えてるのかな?」

風汰が隣から優しい顔でミニサイズの少女を眺めた。

「もう少し成長してくれてるともっとよかったんだけど」

貴さんが久々にらしいセリフを吐いた。でもその言い方は、本当はそんなことちっとも思ってないってわかる、柔らかい声音だった。


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