プロローグ
茶葉の生産と、あとは商業だけで成り立っている、小さな町。喜世ヶ原。
茶畑とマンション、商店街、駅まで自転車30分という微妙な田舎町に立つ私立高校。
私立喜世ヶ峰学院。通称キヨミネ。
7月16日金曜日。午後5時30分。辺りはねっとりと暑く、扇風機の風が逆に気持ち悪さを増している。
そんな監獄のような場所で、俺は机に座ってペン回しをしていた。
その場には四角い眼鏡をかけた委員長、橘六花。それと俺、井伊真人がいる。
「今さらなんだけどな。なんで俺はここにいるんだ?」
別にこの女と仲がいいわけではない。いや、むしろ悪い。
さらに言えば、今日は学期末試験前の試験前1週間だから部活もなく、ほとんどの人間が放課後、まだ日の落ちていない時間であるにもかかわらず帰っている。
がらがらの教室で2人机をくっつけて話あってるわけだ。
「直人こそ今さら何言ってるんですか。このレッドホルダー」
「妙なあだ名つけんな!」
確かに以前赤点取ったけどな! 取っちゃったけどな!
「それを心配した杉山先生が、わざわざ真人用にプリントを作って下さったのでしょう? むしろ真人のためなのですよ、これは」
……ここでちょっと、ことの経緯を説明しよう。といっても簡単なのだが。
放課後。試験期間中のため部活もなく早めに終わり帰っている女の子たちをつかま……誘って、デートの約束をしていたところに、「何やってるんですか直人は」と、怒り顔の橘に問答無用で教室に連れ戻されました。
「ちゃんちゃん」
「何を突然呟いてるのですか?」
「気にするな」
脳内効果音がうっかり外に漏れただけだから。
いきなり連れてこられて椅子に座らされて、正直わけがわからなかったのだが、橘の言葉で合点した。つまりは居残りか。
「んで、プリント出してきたその杉山センセーは?」
「用事があるそうですよ」
逃げたな、あのエロ教師め。んで橘は監視役押し付けられたんだろうな。
広い教室に女の子と2人きり……の、はずなのだが。
「………嬉しくねー」
学生の声がほとんどせず、車の音が虚しく聞こえてくる古ぼけた街並みを眺めながら、そうつぶやいた。
「自業自得でしょう。それも杉山先生からちゃんと居残るように言われていたのに、すぐ帰ろうとして。自分でまいた種なのですから、あきらめてさっさとプリントをやりなさい。終わりませんよ」
……ちっ。
だがそうと決まれば話は早い。
「HAHAHA! ミスタ・タチバナは冗談キッツイねー! こんなんマジメにやっても終わんないヨ?」
「なんですかその変な口調は。というかさりげなく男にしないでください」
「HAーHAーHAー。サラバダー!」
「あっこら逃げるな!!」
俺は即座に逃走した。
………が。
「ぷぎゃっ!!」
足元の何かに蹴躓き、机を巻き込みものの見事にずっこけた。
「罠を張っておいて正解でしたね」
見上げると、そこには余裕綽々の様子で見降ろしている橘。
罠ってなんだよ!! そう思って足元を見ると、そこには見えるか見えないかというほどの細い糸が引いてあった。いつの間に。
「ピアノ線ですよ。推理小説とかでよくあるでしょう?」
「知るか!!」
そう言いながらなおも逃走を図ろうとするが………
「……させると思いますか?」
逃走先では、すでに橘が仁王立ちで立っていた。
ふ、ふふふふふふふ。だが甘いな。
屈んでる人の前に、スカートで立ってちゃだめだろう?
「………まっしーろーおぱんーつー。みえちゃうぞ?」
「………………」
ぐしゃっ
******
「ハッハッハ! 相変わらずおもろいなぁ、あんたら」
橘に顔を踏みつぶされしくしく泣いていたら、教室後ろ側のドアから、笑い声が聞こえてきた。
茶髪にショートカットの美少女、金本千恵ちゃんだった。
「やっほ、りっちゃん」
「こんにちは、千恵さん。………あれ? 今はテスト期間でしょう? なぜまだ残っているんですか?」
橘が千恵ちゃんのほうを見ながら首をかしげる。
「ウチが水泳部なのは知っとるよな?」
千恵ちゃんは棚の辺りを見ながらそう言った。
「もちろんです。千恵さんは泳ぐのとても早いですよね」
「ありがと」
さて、ここでちょっとこの子の紹介をしよう。
この茶髪の元気そうな女の子は、金本千恵ちゃん。関西出身で、さっぱりした性格と関西弁が特徴。水泳部に所属している。
近くに薙里浜という砂浜があるのだが、最近はそこによくサーフィンをやりに行っている。時折シャツの隙間からのぞく日焼けの跡がまぶしい。父母と祖父母、姉と兄の7人家族の末っ子で、家族仲は良好。身長160㎝ジャスト。体重は伏せておくが、バストは76㎝のBカップ(5月の身体測定のデータより)。人懐こく気遣いがうまく、そのため隠れファンがそこそこいるのだが、今は誰かと付き合ってはいる様子はない。
……ちょっと詳しすぎないかって? こんなの基本情報ですよ?
「今度県大会にも出るんでしょう? 期待してますよ」
ちなみにこの意気込んでる眼鏡かけた三つ編みのおっぱい女は委員長こと、橘六花。
以上。
決して説明短いとか説明始めるのが遅いとか関心ないとか、そんなことはない。
「おおきに。ほんで県大近いから、水泳部だけ特例で部活しょーるんや」
「あー………なるほど」
委員長が納得して首を縦に振った。
千恵ちゃんはその間も自分の机や床など、しきりに周囲を見渡していた。
「もしかして、何か探してる?」
俺がそう聞くと、千恵ちゃんはちらりとこちらを見ながら「うーん……」と頭をかいた。
「せやな……うん。せやけど……」
「探し物ですか? でしたら協力しますよ」
おせっかい委員長こと橘がそう申し出るが、それにも橘は渋い顔をした。
「気持ちは嬉しいんやけど……たぶん、でてきぃひんと思う」
「………? どういうことですか? 別の場所で無くしたとか?」
「あー、なんちゅうかな」
いつも快活な彼女にしては珍しい、歯切れの悪い様子で言った。
「どうやら盗られたみたいなんや」
「「は?」」
俺たちは2人して固まった。
*****
「し、下着ドロですって――――!!!」
「ちょ、ちょい! 委員長声大きいって!」
夕日に染まる教室に、大声が響き渡った。
千恵ちゃんの探し物、それは下着だった。しかもブラとパンツ両方。
なんてうらやま……じゃなくて。ごほん。
「許せねぇな」
「お黙りなさい、最有力容疑者」
「ひでぇ!!」
俺の渾身の怒りをものの見事に打ち砕いてくれやがった。
「それ、いつの話ですか!? 詳しく聞かせてください!!」
「ええっと……」
橘に気圧されながらも、茶髪の子、金本千恵はたまたま机にあった鉛筆を顎にあて、視線を天井に向けながら話し出した。
「といってもついさっきのことなんやけどな。部活早めに切り上げて、最初は気のせいか思ったんやけど、なんぼ探してもウチのショーツとブラがのうてな。鞄にも、ロッカーにも」
「……どこかに置き忘れたとか、間違ったロッカーに入れてしまったとかは」
橘が詰問するような形で問いかけると、「調べたんやけど、ぜんっぜんなかった」と、千恵ちゃんは肩をすくめた。
「不思議に思うて横にいたさっちんに話したら、下着ドロやないかって。どうやら最近下着ドロ被害が頻繁に出とるゆうて」
「え? 他の子もですか?!」
「さっちんが知っとるだけでも3人、すでに被害が出とるんやって」
「ですがそんなこと聞いたことないですよ? 先生には伝えたのですか?」
「あー、言うには言うたんやけどな………」
金本はぽりぽりと頭をかき下を向きながら、言いづらそうに言葉を続けた。
「相手にされんかった」
「は?」
橘は目を点にして、あっけにとられた。
「相手にされなかった? 下着ドロだぞ?」
久々に俺が口を挟んだ。「そうなんやけど……」とこちらを向きながら千恵ちゃんは顔をしかめる。
「そもそも信じてもらえへんかったんよ。『どーせどこかに転がってるか、誰かが間違えて持って帰ったんだろう』って」
「だから、なんでだよ。更衣室から女の子の下着がなくなったら、普通誰かに盗られたって考えるぞ?」
「そなんやけど………無理やから」
………は?
今度は俺があっけにとられる。すると呆然としていた橘が「いえ、ちょっと待ってください」と首を振って正気を取り戻すと、千恵ちゃんに身を乗り出しながら言った。
「無理とはどういうことですか?」
「どれぐらい昔かは知らんけど、以前にも下着ドロはあったらしゅうてな。そんときから更衣室は管理を徹底しとるそうな」
「徹底?」
「言うても簡単なことなんやけどな。更衣室を使い終わったら、ちゃんと鍵を閉めてそれを先生が預かっとく。そんだけ」
「それでなぜ………………あ………」
「ああ」
橘に続いて、俺もぽんと手を打った。
なるほど。確かに鍵しめてそれをちゃんと管理してりゃ、中には入れんわな。
「ですが他にも、例えば窓から侵入するとか……」
「無理。あっこは単純な作りしとるけぇな。窓もあるけど小さな小窓、しかも鉄格子がはまっとるから、子供でもよう入れんよ」
「むぅ……」
橘が顎に手を当てて唸る。
なるほど。単純な作りをしてるから、余計に外から入れる余地はない、ってわけか。
………ところで。
「話は全然変わるんだが」
「…何ですか」
「なんや?」
俺の言葉に、橘が不機嫌そうに、千恵ちゃんが不思議そうに返す。
「着てた下着が盗まれたんだよな。ということは………もしかして千恵ちゃん、今ノーパぐふぉあっ!!」
「下品」
橘に殴られた。最後まで言い切ってないのに!!
………ちなみに、千恵ちゃんはノー○ンではなく、スカートの下に水着を着用しておりました。
くすん。
ほのぼのした感じの中編小説になる予定です。
ご意見、ご感想いただけたら幸いです。