逃亡
肩で息をしながら、その男は夜の住宅街を駆けていた。
一見すると作業着のような地味な服に、三桁の数字が縫われている。
要するにその男は囚人だった。
小脇にはセカンドバック大の青い袋を抱え、自宅を飛び出してきたところなのだ。
もっとも、その少し前には刑務所を抜け出してきたのだが。
刑務所から走り続けだった男だが、真っ赤な非常灯を点けたパトカーを感じ、適当な民家の庭に身を隠した。
パトカーの過ぎるのを待つ間、男は青い袋を見て呟く。
「こいつを、今日までに・・」
ふたたび駆け始めた男の足は住宅街から大通りへと向きを変え、目的の場所を目指す。
街頭に照らされながら幾つかの信号を越え、からがら目的の場所へ辿り着いた。
男の頭上では、ネオンの明かりが「TSUTAYA」の文字を黄と青に彩っている。
返却BOXへ青い袋を投げ込むように投函し、男は逃亡による疲労と安堵とが入り混じった表情になり、気の抜けた声で呟く。
「しかしおれも運のないやつだ。ここでDVDを借りてその日に捕まるなんて。今日返却しなければ、出所する頃には延滞料がとてつもない額になるところだった」
背後からは非常灯とサイレンが迫ってきたが、男に逃げる理由はもうなかった。