第9話
息が吸えるって、こんなに素晴らしいことだったんだ。
大きく深呼吸して、そう思った。
「キュレ……オリア…様……?」
だからあたしは違うんだって、と言おうとして、あたしは凍りついた。
体を起こした拍子に“長い黒髪”が頬にかかったからだ。
あたしの髪は、軽く明るくした茶髪だ。
それに長さだって肩にかかるくらいだった。
なのに今は大分長い。多分立ったら膝裏くらいまでなるんじゃなかろうか。
信じられない思いで、自分の手を見る。
違う! これはあたしの手じゃない!
あたしはこんなに色白じゃないし、こんなすっとした指じゃない!
「なっ」
思わずこぼれた声に凍りつく。
今の声があたしの声?
声まで違う……。
この体は“あたし”じゃない。尾上千歳って人間じゃない……。
「なんじゃこりゃ〜!!」
ばしゅん!
叫んだ途端に、衝撃波出しちゃいましたよ!
二度びっくりだ!
髪の毛はざわざわするし、樹も風もないのにうごめいてる。
なんつーか、こう、ほとばしる熱いパトス?
いや、それは違うか。
思い出は裏切るかもしんないけど。
「な、な、な、な」
髪の毛押さえてるのに、何でうねうね動くの!
怖! メデューサもびっくりだ!
「落ち着け!」
ジュトーの兄さんがあたしを抑えようとする、が、だが、しかし、然れども!
「こんな状態で落ち着いてられっかぁ!」
ばしゅん!
うおっ、落ちてきた葉っぱが吹っ飛んだよ!
まるで一流の剣士が出した闘気で破裂したかのようだな!
某赤毛で背の低い頬に十字傷のあるお侍さんが活躍する漫画でこんなシーン見たよ!
「ちっ、魔力の制御が利いていないな」
「はぁ? 魔力?」
「そうだ。ピロッツ将軍、結界を。これ以上被害を広げぬために」
「あ、あぁ」
爽やか将軍が何事か呟くと、多面球の結界みたいなのが広がった。
マァ、コレガ魔法? ハジメテ見ルヨ!
って、片言になってる場合とかじゃないし!
「ナニがドウなってんだよ!」
片言抜けてねぇし!
「……姉上? あれぇ? おかしいなぁ。姉上の魂を呼び起こしたはずなのに……」
陛下が首を傾げる。
また貴様のしわざか!
「は〜や〜く〜も〜と〜に〜も〜ど〜せ〜」
地獄の亡者もビックリな低音でうなりながら、陛下の肩を揺さぶる。
外見ちびっこだからって容赦はしねぇぞ! このタコが!
「や、だ」
ガクガク頭を揺らしながら、強情にも陛下はそんなことを言う。
「ぬぁんだとぉ!」
「落ち着いて姉上! 深呼吸だよ! ひっひっふー」
「それはラマーズ法だ!」
陛下が口を開く度に怒りのボルテージが上がってく気がするな、うん。
それにつられて、あたしの髪も更にうねうねする。
ジュトーの兄さんが少し考える人になって、ぽつりと呟いたのが聞こえた。
「やむをえんな」
ぐはっ!
いきなりボディーブローをくらったあたしは、再び夢の世界へサヨウナラ、元の世界でレポートの成績が最低のFをもらうという、悪夢を見たのでした。