第8話
いくらオブラートに包んだって、言葉の端々のトゲに気づかないのは、よっぽどのにぶちんだけでしょ。
案の定、ジュトーの兄さんの周りの空気が一、二度下がった。
眉間のしわも更に深まる。
気圧されそうになるけど、ここで退いたら負けだ。
そしたらあたしはもう、言いなりになるしかなくなっちゃうだろう。
そんなのは絶対にゴメンだ。
あたしは浮かべていた笑みを消して、勝負をかけた。
「あたしは黙って言うこと聞くような、お人形さんじゃありませんから」
これはジュトーの兄さんだけに向けて言ったんじゃない。
人の腰にへばりついたまんまの陛下にも向けて言ったつもり。
あたしは魔族じゃないし、ましてや魔王の姉でも、キュレオリアって人なんかじゃない。
人の都合も考えないヤツに言うこと聞けって言われて、はい、そうですか。
なぁんて、言えるワケねぇっつーの。ふざけんな。
「姉上?」
あたしの声の硬さに気づいたのか、陛下が顔を上げる。
不安気な顔だけど、あたしはもう、それにほだされたりしない。
きっぱりと言い切る。
「あたしはキュレオリアなんかじゃありません」
「違うよ! 姉上は姉上だよ! 僕には分かるもの。魂で分かるの!」
ぎゅっとしがみついてくる陛下をひっぺがす。
陛下が求めてるのは、キュレオリア姉上でしかないってことは、はなっから分かってた。
でもさ、ここまで“あたし”を否定されたら、腹立たしいったらない。
まるであたしの存在意義がないみたいじゃん。
「姉上……」
伸ばされた手をぴしゃりとはねのける。
もう我慢の限界だ。
元々あたしはそんなに気の長い方じゃない。
「だからあたしは尾上千歳だって言ってるでしょ。前世だとか魂だとか、そんなの知ったこっちゃない。もうアンタの姉上でもなんでもないんだ、さっさと元の世界に返して」
敬語なんてもう使わない。敬語を使ってやる価値もない。
巨大な力を持ったのがこんなお子様だから、余計に始末が悪いんだ。
この国の人に同情するね。
どんなに実務能力が高かろうが魔力が強かろうが可愛らしかろうが、中身がこれじゃ、一国の君主として失格だ。
自分のことしか考えられないようなクズ、あたしだったらさっさと見限ってる。
「早く返せ、自己中」
もう爽やか将軍の前だとか、不機嫌兄さんの前だとか、どうでもいいよ。
あたしは帰るんだから。
陛下もこれで優しい姉上はどこにもいないって思い知ったでしょ。
「……もん」
「はぁ?」
陛下が小さな声で呟いた。
あまりにも小さくて、全ッ然聞き取れなかったけどな。
「姉上はいるもん」
「いるかよ」
ここにいるのは尾上千歳だって、何回言ったら理解するんだ? このお子様は。
「いるったら、いるんだもん!」
「いねぇつったら、いねぇんだよ」
「姉上はいるっ!」
ぐふっ!
陛下が叫んだと同時に、腹の奥だか胸の下だか辺りから激痛が走った。
それが段々全身に広がっていって、痛みに耐え切れずに倒れる。
「チトセ!」
将軍の声が聞こえた気がするけど、よく分かんない。
あまりの痛さと熱さに、体を丸めて胎児のような格好になる。
くそっ、何だこりゃ!
ハラワタを鍋につっこまれて、ぐるぐるとかき混ぜられてる気分だ。
つまりは最低。
こんな痛み、今まで味わったこともない。
頭のてっぺんから足の爪先まで、体中がビリビリする。
涙や油汗は流れるし、息もまともに吸えない。
「ううう」
とにかく苦しい。痛いと叫ぶことも出来ず、ただうめく。
あたしには何時間にも感じられたこの拷問のような時間も、実際には数十秒くらいだったらしい。
始まった時とは逆の順序で、体が徐々に楽になった。