第5話
何さ、無視することないじゃん!
あたしは頭にきて、追いかけて行って文句をつけてやろうと思ってベッドを降りた。
無駄に広い部屋を横断して、ドアノブに手をかけたけど、動かない。
くそっ! 鍵かけやがったな!
ん? でもドアノブって、普通鍵をかけても少しくらいは動くよね?
びくともしないし、鍵穴も見当たんないってことは、もしかして魔法とか?
「ふっざけんな! あたしがどんな苦労してあの大学入ったと思ってんだよ! 灰色の受験生活を終えてやっと薔薇色のキャンパスライフと思いきや、毎日の講義は大変だし! レポートはたくさんあるし! 試験だって大変なんだぞ! やっとの思いで一年過ごして、二年目突入してんだよ! こんなことで退学になってたまるか! 今までの苦労を無駄にさせんじゃねぇよ!」
只今、当人比1.5倍で口が悪くなっております。ご了承ください。
厚そうな立派な木製のドアをどんどんと叩いたけど、誰も来やしない。
おまけで蹴り飛ばしたけど、裸足だってこと、忘れてたヨ!
めっちゃ痛ぇ!
つま先を抱えてのた打ち回ってる様は、きっと傍から見たら馬鹿みたいなんだろうな。
けどさ、実際に当事者になってごらんなさいよ。
落ち着いた行動なんざ、出来やしないって。
大体さぁ、こういうのって、一人くらいは協力者がいるもんじゃないの?
いきなり異世界に連れ去られちゃったのを理解してくれる人がさ。
あたしは出来ればカッコイイ兄さんがいいな。
ジュトーの兄さんみたいな不機嫌な面したんじゃなくて、もっと爽やか系でさ。
はぁ、何だか虚しくなっちゃったな。
とりあえず、現状把握、行ってみますか。
そういえば肩丸出しだし。
なんか羽織るもんないかな?
あと、靴ね。
あたしは壁際に並んでる豪華で品があって絶対年代モンって一目で分かるタンスを端から開けてく。
中にはドレスがびっしり詰まってた。
綺麗なドレスを見れば、ちょっと体に当ててみたくなるのが乙女ゴコロってヤツでしょう。
タンスの扉の内側についてる大きな鏡に、姿を映してみた。
「……似合わね」
なんていうかさ、まずサイズから違うんだよ。
癪なことに、胸はあまって腹はキツイ感じ。
別にあたしがそんなにぺチャパイってワケじゃないよ? 言っとくけど。
このドレスの主が良すぎるんだって、体型。絶対DかE以上あるよ。
グラビアモデル並み、まではいかないか。
これまでならコルセットでも閉めんのか、って一応納得はできるけど、色もさ、微妙に合わないんだな、これが。
あたしはファッションセンス、そんなに良くないから、詳しくは分かんないけど、自分に似合うか似合わないかくらいは分かるつもり。
あたしがここの衣装じゃなくて、黒のワンピース着せられてるワケが分かったわ。
シンプルなデザインはあたし好みなんだけどなぁ。
でもこれを見たら、どんな馬鹿にだって分かるでしょ。
これはあたしのじゃ、尾上 千歳のじゃない。
オレ……じゃなかった、え〜と、キュレ……そう、キュレオリアのだ。
きっとこのドレスだけじゃなくて、この部屋自体がキュレオリアの部屋だったんだと思う。
なんだか、拒絶された気分だ。
ここはあたしがいるべき場所じゃないって、この部屋全体が言ってるみたい。
あたしだって好き好んでいるわけじゃないのに……。
はぁ。
ため息を一つついて、手に持ってたドレスを元に戻した。
他のヤツ、試す気にもなんないよ。
あたしはガサゴソとタンスの中身を漁って、ショールと靴を発掘した。
靴は何とかサイズが合った。
シンデレラみたいにぴったりってことはないけど、キツくないし、脱げもしない。
まぁ、これなら大丈夫でしょ。
ヒールも高くないから、多少は走れそう。
幅広のショールを羽織って、準備はOK。
大きな窓の側に行く。
外はテラスになっているみたいだ。
こっちも鍵だか魔法だかがかけられてるかも知んないなぁと思いつつ近づくと、どうやら普通の鍵だけしかかかってないみたいだ。
うん、ラッキー。
さっそく鍵を外して、テラスに出た。
「うへっ!?」
テラスの手すりにしがみついて下を見れば、手入れの行き届いた綺麗な庭。
どうやらここは二階みたいだ。
けど天井が高いらしいので、実質的には大体三階くらいの高さにある。
でもあたしが驚いたのは、その先だ。
心のどっかじゃ、これがドッキリって可能性も捨てきれてなかったんだよね。
だってさ、いきなり異世界だの、魔王陛下だの、魔法だのって信じられるわけないじゃん。
百六十歳のお子様だって、担がれてるって思うのが普通でしょ?
あいにくと、あたしこれでも現実主義者なもんでね。
メルヘンの世界はとっくに卒業してるしさ。
でもこれ見たら、信じないわけにはいかない。
ずるずると体の力が抜けてく。
多分これが世に言う、腰が抜けたって状態だ。
ぺたんとテラスに座りこんだあたし。
今日は初めてづくしだわー(棒読み)。
尾上 千歳、ギリギリ未成年の主張。
色んな憤りをこめて、叫びます。
「うっそっでしょ〜!」
遥か下の方に見える地面。
これはあれだ、まぁ、なんていうか、魔王の動く城?
いや、むしろラピュ●か。