表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

番外編「本日の閣下」第1話

宰相閣下の優雅な一日は、日の出と共に始まります。

山の端に太陽の頭が少し出たのと同時に、パチッと目を開ける様は、まるでからくり人形のようですが、閣下はまだ独身でいらっしゃるので、その恐ろしさに気づく者は他におりません。

節約をむねとする宰相閣下でいらっしゃいますから、朝の身支度などは、当然全てご自身でなさいます。

ちなみに朝餉は専属の料理人が腕を振るうのですが、パンだけは毎日閣下が前の晩から準備をして焼かれるのだそうです。

そのパンは魔王陛下の食卓にまで並びます。

閣下付きの料理人がそのパンの製法を、どうにかして会得した暁には、そのパンを売ってぼろ儲けしようと企んでいることを閣下はご存知ありませんが、まあ、それはどうでも良いことでしょう。

それほど閣下がお作りになるパンは、美味しいということです。


さて、閣下が朝餉を終えられて執務室に向かっておられると、広い廊下の向こうから、もの凄い剣幕でやって来る人影がありました。

その人物は閣下の姿を認めると、怒鳴りながら駆け寄って来ます。

「あっ! 居た居た。ちょっと兄さん! アレ、どうにかしてよ!」

「……お早う」

朝っぱらからうるさいのが来たな、と閣下はお思いになりますが、とりあえず朝の挨拶をなさいました。

しかし相手は駆け寄って来るなり、いきなり閣下の胸倉を掴んで前後に揺さぶります。

「兄さんから厳重注意してよね! ホント嫌なんだから!」

「止めろ」

閣下は相手を刺激しないように、やんわりとその手を外し、ため息を一つついて、だいぶ背丈の違う人物を見下ろして仰いました。

「挨拶をされたら、返すのが礼儀だろう」

「おはよう! つかホント聞いてよ兄さん!」

兄さん兄さんと呼ばれていますが、彼女は閣下の妹ではありません。

それどころか、外見ならば父娘ほども離れています。

ついでに実年齢で言えば、確実に数十世代は違うでしょう。

まぁ、人間年齢換算では、ですけれどね。

「まったく。少しは落ち着いて話したらどうなんだ、チトセ。また陛下が何かなさったのか?」

チトセさんは不機嫌な顔を崩さずに頷きました。

そして地獄の亡者がうめいているような低い声で訴えます。

「朝起きたら隣で寝ていやがった」

「……そ、そうか……」

閣下はすっと目をそらされました。

こういう時にどんな言葉をかければ良いのか、分からなかったからです。

それは娘に初めて彼氏が出来たと聞かされた父親の反応に似ていなくもないですね。

しかし閣下の態度を見て、どんな想像をしたのか気づいたのでしょう。

チトセさんはむっつりとしながら言いました。

「ちょっと、変な想像しないでよね。まだヤられちゃいないってば」

「……頼むからもっと婉曲な表現で言ってくれ」

「何言ってんの。もう五百五十近いクセに」

はん、とチトセさんに鼻で笑われてしまいました。

閣下は大きなため息をついて、首を振ります。

「私にどうしろと言うんだ」

「だ・か・ら、どうにかしろっつってんの。具体的に言えばアレをあたしの視界に入れないようにして」

「出来ると思うか?」

「やってよ」

「この間教えたまじないはどうした?」

「一応あれでも魔王陛下でしょ。んなモン役に立ちゃしない」

その切り捨てるような口調に、自分も役立たずといわれたようで、閣下はこっそり傷つかれました。

「しかし、何故そこまで陛下を嫌う? チトセは顔が良い男が好きなのではないか」

閣下は理解出来ないという風に、首を傾げます。

チトセさんが不細工などうでもいい男の名前は、すぐに間違えたり忘れたりするくせに、顔が良い者の名は、どんな複雑な名前でも一度で覚えるということをご存知だからです。

そして魔王陛下は比類なきお美しさを誇る御方。

美形好きと自他共に認めるチトセさんが、何故陛下を厭うのか理解に苦しむ所です。

チトセさんは「あのねぇ」とため息をついてから言いました。

「言っとくけど、あたしは目の保養として美形が好きなの。男女問わずね。別に面食いってワケじゃないんだよ。だから付き合うなら別。大体近くにあんなキラキラしたヤツがいたら、あたしが余計にかすむでしょ。あとすぐにベタベタしてくるトコが嫌。はっきり言って、うっとうしいんだよね。小さい時はまだ可愛げがあったけど、今はカケラもないしさ。人のベッドに勝手に入ってくる神経なんて、絶対理解出来ないし、したくもないよ。ここがアメリカだったら、絶対に訴えてやる、ストーカーとしてな。で、半径何百メートル以内に近寄っちゃいけないって判決出してもらいたい。切実に。まぁ、他にも色々とあるけどさ、つまりはタイプじゃないってコト。分かった?」

「あ、あぁ」

びしっと鼻先に指を突きつけられ閣下は、女の容赦のなさを改めて思い知った気がなさいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ