第19話
将軍はこの漆黒の長い髪をすきながら、熱っぽく語る。
多分、キュレオリアが生きてた頃から抱いてたんだろう夢物語を。
でもね、やっぱり将軍は分かっちゃいないね。
あたしはワザと皮肉な笑みを浮かべて将軍を見上げた。
「そう将軍は言うけどさ、そんなに上手くいくと思ってんの? あのジュトーの兄さんが黙って追放されるワケないじゃん。それに魔王陛下がそんなウソに騙されるような可愛い性格してるってマジで信じてんの? んなワケあるかっての。そんな中身も可愛かったら、あたしはとっくに元の世界に還ってるよ。あの人たちにゃ、可愛げのカケラもありゃしないよ、特に政治に関してはね。そんなこと、会って一月のあたしより、長い付き合いの将軍の方がよく知ってると思ったんだけど、あたしはあんたのこと、どうやら買いかぶり過ぎてたみたいだね。あーあ、野心だらけの男ってヤだね。自分の都合のいい風にしか考えられないヤツは特にな。悪いけど、あたしはそんなに権力に飢えたりしてないもんでさ。むしろ気ままな一般ピープルの方がいいや。王姉殿下スマイルって、顔疲れるんだよね。お上品な喋り方はムズがゆくなるし。あたしはそんな柄じゃないってさ。大体、この世界にはテレビもパソコンも漫画おもないんだよ。この世界もいい所たくさんあると思うけど、あたしはあっちの世界も好きなの。そりゃ、いいトコばかりってワケじゃないけどさ。そんなに捨てたもんじゃないって思ってるからね。つまり、答えはノー。分かる? あたしは協力しないよ。やるなら一人でやるんだね」
「断るというのか?」
「そうだよ。将軍は大人しく部屋を出てくべきだと思うけど? これ以上罪を重ねても、いいことは一つもないでしょ」
将軍は信じられないって顔をする。
彼の辞書には、権力を欲しない者は皆愚か者って載ってるんじゃないの。
そんな偏った辞書なんて、使いモンにならないと思うけどね。
「……致し方ないな」
「ちょっ、何すんだよ!」
将軍があたしの体をまたぐ。
今までは左手であたしの両手を頭の上に押しつけてはいたけど、将軍の体は横にあったんだよ。
いや、でもっ、ちょっと待てや! これってもしかして、貞操の危機ってヤツですか!
「なぁ、チトセ。考え直さないかな? チトセは顔がいい男が好きだろう? 言うことを聞いてくれたら、手荒な真似はしないよ?」
将軍はそう言いながら、右手で弄んでいた長い黒髪に唇を落とした。
はっ、今更そんなキザなマネされてもね。
「乙女の部屋に不法侵入した時点で、そんなこと言う資格はないんだ、よっ!」
今だ!
あたしは右足を思いっきり振り上げた。
っしゃあ! 手ごたえアリ! クリティカルヒット!
あたしの両手を押さえつけていた左手が離れた。
将軍は股間を押さえてうずくまってる。
はっはっはっは。いくら魔族とは言え、そこはダメでしょ。
女をなめると、痛い目に会うってことを学習するんだな!
あたしはその隙に将軍の下から這い出して、ベッドから転げ落ちた。
念のため近くにあった椅子を持ち上げて、将軍に投げつける。
けどそれは将軍の数十センチ手前で何かに阻まれて砕け散った。
「げっ」
ヤバッ、結界ってヤツ?
逃げなきゃ!
くるりとドアに向かって猛ダッシュ。ドアノブに手をかける。
って、ちょっと待て! また開かないんだけど!
ドアノブがビクともしない。
くそっ、またか!
「無駄だよ、チトセ。かけた者しか解けないまじないをかけたからね」
その声はすぐ近くから聞こえた。
振り返れば冷たい眼をした将軍が立っていた。
声の調子は変わらなくても、そこに感じる温度は絶対に低い。
「なるほどね、あたしは袋の中のネズミってワケ?」
「そう、そして俺がネズミを捕まえる罠をしかけた魔族様だよ」
「ふん、猫じゃないの? 権力って大きな魚を身の程も知らずに獲ろうとしてる猫」
ぐぁはっ。
いきなり首を絞められた。
くっ、息が。
「お前はやはり愚かだな! いくら生まれ変わろうとも、その愚かさだけは変わらないらしい!」
何か言い返そうにも、首を絞められちゃ、息をすることすら難しい。
ヤバッ、落ち着け、あたし!
ジュトーの兄さんの言葉を思い出せ!
集中! 目の前にあるモノに意識を集中させて、一気に開く感覚!
ざわりと長い黒髪がうごめく。
せめて意識が続いてる内に、コイツを叩きのめさなきゃ気がすまない!
あたしの意識が途切れるのが早いか、コイツを叩きのめすのが早いか。
うぅ、段々目がかすんできた。
その時、直接脳に響くような声がした。
「 」
上手く聞き取れなかったけど、それと同時にまた魔力が暴走を始めた。
つーか、嵐?
周りのものが舞い上がって、追跡装置でもついてるみたいに将軍目がけて飛んでいく。
あたしの首を絞めていた将軍の手が離れる。
そして、あたしの意識は深い底に落ちていった。