第13話
想うことさえ罪ならば、どうかこの身に罰を。
そうすれば、私が貴方を本気で想っていると、証明できるでしょう?
貴方の節くれだった長い指に私の指を絡めて、その温かい胸に顔を寄せる時、私はこの身に流れた血を呪うのです。貴方と私の間には、大きく深い溝があると。
でも、どうしてでしょう。
それでも良いと思ってしまうのは。
このひと時を過ごし、語り合うことができるなら、いくつもの罪を負い、罰を受けることも厭わない。
私はただ、貴方の側にいたいだけなのですから。
「チトセ、チトセ」
え、あ。ヤベ、寝てた。
将軍の声にはっと顔を起こすと、サインしていた書類に点々と水が落ちた跡があった。
よ、よだれ!
うわぁ、仕事中に居眠りしてた所か、書類によだれまで落としちゃったよ!
ど、どうしよ!
ごしごしと口元を拭うあたしに、将軍は違う違うと言って自分の目元を指した。
「眠りながら泣いていたよ。悪い夢でも見た?」
「は、いえ、覚えてないですけど」
むー? 夢なんて見たんかなぁ?
全然覚えてないんだけど。
将軍が差し出してくれたハンカチで、目元を拭う。
あ〜、確かに泣いてたみたいだ。
なんだか、将軍には恥ずかしいトコばかり見られてるな。
「疲れているのかな?」
将軍が心配そうな顔をして、あたしの顔をのぞき込む。
おぉ! 美形のどアップ……じゃなくて!
「いえ、心配かけてすいません。ホントに大丈夫ですから」
お茶の時間まで空けてもらったのに、これ以上迷惑かけらんないしね。
将軍がちょっとため息をついて言う。
「でも、もっと俺を頼ってくれていいんだよ?」
「ありがとうございます。でもあたしが引き受けるって言ったことですし、それにそんなに頼ったら、将軍が大変じゃないですか。今だってこんなに頼りっぱなしなんですから……」
口ではたいしたことないよって言ってても、やっぱり大変だと思うんだよね。
ただの補佐役ならまだしも、あたしはずぶの素人。
政治どころか、この世界についてもロクに知らないんだし。
そう言うと、将軍は柔らかい笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。チトセの方が頑張っているじゃないか。それに俺はこんな時でなくては、国政に参加できないからね。むしろ感謝したいくらいだ」
「いや、そんなに褒められると恥ずかしいです。あたしが出来ることなんて、ホント少ないですもん。でも、なんかもう、これって意地みたいなもんですから」
「意地?」
「えぇ、そうです」
だって何の権力もない小娘が何言ったって、発言力は無きに等しいでしょ?
だったら、まぁシャクだけど、王姉って立場をフル活用して、役に立つトコ見せて、影響力をつければいいんじゃないかと考えたワケですよ。
あの天使の皮を被ったワガママ自己中で人の話を聞きゃしねぇ魔王陛下を黙らせるのには、それくらいしなくちゃでしょ。
まぁ、ちょっと時間がかかりそうだけど、絶対還るって決めたし。
だってあたしには、日本の文学をもっとグローバルにするって野望があるんだからね!
ビバッ古典! ビバッ文学! あぁ! 文字って偉大な発明だね!
って、げふげふ。ちょっと興奮し過ぎました……すいません。
「え、まぁ、そういうワケなんで、どうぞお気になさらずに」
にっこりとごまかすように笑いマース。
どうかさっきの痴態は忘れてくだサーイ。
あっ、怪しい外国人風の発音になっちゃったのは、ご愛嬌ってことにしといて!
「……じゃ、仕事しようか?」
「そうですね」
将軍が置いたビミョーな間を、あたしは怖くてツッコめませんでした。
しゃっと、最後の一枚にサインをし終わる。
羽根ペンなんて代物、現代日本ではまず使わないから、これで書けるようになるまで、ちょっと苦労したんだよなぁ。
そう思いながら、ペンをペン立てに戻して、書き終えた書類を将軍に手渡す。
「はい、お疲れ様。今日の仕事はこれで終わりだから」
将軍が書類の最後の一枚をチェックし終えて、そう言った。
「ふぁい」
あ〜、疲れたぁ。
手首痛いし。書類の書き過ぎで腱鞘炎とかなったらイヤだな。
IT革命って、ホントに偉大だったんだね。
まぁ、ノートをとるのは手書きだけど、レポートなんかはもうパソコンだもんな。
「大丈夫? チトセ」
「大丈夫ですよ。座りっぱなしで、ちょっと体が固まっちゃいましたけど」
あぁ、美形のお兄さんに心配されるのって、ホントに嬉しいことだなぁ。
思わず疲れもふっとんじゃうよ。
将軍は書類を片付けながら、窓の外を見て言った。
「もう夕暮れだね。どう、チトセ。喉渇いただろう? お茶でも頼もうか」
将軍とお茶! とっても魅力的な提案だねぇ!
うー、でもなぁ。
「すいません、将軍。ちょっと先約が……」
「また陛下の所かな?」
「いえ、宰相閣下の所です」
意外な人名だったんだろう、将軍が軽く驚いた表情をする。
まぁ、あたしとジュトーの兄さんは、仲良しこよしな間柄じゃないからね。
意外な組み合わせに思えんのかな?
「フェイ卿の所に? 何でまた」
「ほら、あたしって体はキュレオリアですけど、魔力のコントロールが出来ないじゃないですか。それで宰相閣下にコントロールの仕方とか、教わってるんですよ」
「あぁ、そういうこと」
将軍は納得したようだ。
「でも全然上手くいかなくって」
「フェイ卿の教え方は厳しい?」
「まぁ、あの宰相閣下ですからね」
万年不機嫌男ですよ、相手は。
もう一ヶ月が経つけどさ、まだ一回も笑ったトコなんて見たことないよ。
あたしがそう言うと、ピロッツ将軍も見たことがないらしい。
とんでもないことを言う。
「彼とはもう、五十年くらいになるけど、見たことないなぁ」
「五十年でって、スゴイですねぇ」
色んな意味でな。
っと、こんな長話して遅れたら、また兄さんに小言をくらうよ!
急がないと!
「す、すいません。あの、そろそろ行かなきゃなんないんで」
「うん、頑張ってね」
「はい」
あぁ、励ましてくれる人がいると、やる気も違うよ。
しかもそれがカッコイイお兄さんだったりしたら、もう最高だね!
もう、槍でもビームサーベルでも、どんと来いって感じだからね。