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第12話

「あ、そうだ。姉上にお渡しするものがあったんだ。ちょっと待っててね」

美味しいお茶とお菓子を頂いた後に、いきなり陛下がそんなことを言った。

こっち返事も聞かないで、とたたたたと走ってく陛下の背中を見送って、あたしはジュトーの兄さんの方を向いた。

今なら、他の耳はない。聞きたいことを聞くチャンスだ。

「何で、陛下は……めげないんですか?」

あたしは何度も陛下を粗雑に扱ってきた。

今だって、まったくもって可愛がってなんてない。

それでも陛下が、まだあたしを姉として慕ってくるのは何故?

あたしの前世がキュレオリアだったとしても、別人だってあたしの態度を見りゃ、明らかでしょ?

もしかして、陛下って……マゾ?

兄さんはあたしの問いに、少し考えるような間を置いてから、口を開いた。

「陛下は……お寂しいのだ」

「あなた達がいるのに、ですか?」

たくさんの人がいるでしょ?

陛下のことを可愛がって、心配してくれて、サポートしてくれる人がさ。

兄さんは、はぁ、と息をついて言う。

「だが家族は特別だろう。陛下に臣下はいても、友や家族はいない。陛下にとって、姉君は唯一の肉親だった。……魔王となる者の運命を知っているか?」

「いいえ」

「魔王となる者は、その身に膨大な魔力を宿して生まれてくる。そして母体がそれに耐えられることは、非常に稀だ」

「それは……つまり……」

母親の命と引き換えに生まれてくるってこと?

あたしの表情で悟ったのか、兄さんは小さく頷いた。

「陛下もその例に漏れなかった。父君もすでに病没しておられた。陛下をお育てしたのは、キュレオリア様だ。陛下にとって、キュレオリア様は姉であり、母だった」

「キュレオリアは、陛下を、母親を死なせた弟を恨まなかったんでしょうか?」

「さあな。本心がどうだったかは、本人にしか分からぬだろう。だが、キュレオリア様は陛下を育て、選王までもちこんだ。それだけは、確かなことだ」

「そうですか……」

大体の事情は分かった。

陛下が何故、キュレオリアにそこまで執着するのか。

でもさ、不幸な生い立ちが全ての免罪符になるとは思わないよ。

あたしの何倍も生きてて、そんなことも分からないのかね。

あたしは皮肉な笑みを浮かべた。

「じゃあ、あたしはどうなんでしょうね。あたしは自分の家族と離れ離れになっても、構わないってコトですか?」

ギリギリ十代とはいえ、あたしはもう親がいなけりゃ何も出来ない子どもじゃない。

けど、だからといって、家族とこのまま永遠に会えなかったら?

そんなの、冗談じゃない。

ジュトーの兄さんは、それに答えることが出来なかった。

だけど代わりにポツリと呟いた言葉に、今度はあたしが答えられない番だった。

「今の陛下にとって、姉上はすでにあなたのことだ。それだけは、どうか覚えておいて欲しい」


その重たい沈黙を吹き飛ばしたのは、またもやあたしにタックルをかますようにして抱きついてきた陛下だった。

「ぐえっ!」

「姉上、お待たせ! ……どうしたの? 何かあったの?」

陛下はあたしたちの間に漂う微妙な空気を敏感に察知したらしい。

「いえ、別に何も」

「本当に? もしかしてジュトーにいじめられた?」

あー、まぁ、それに近いもんはあったかなぁ。

厳密に言えば、まったく違うもんだけどさ。

兄さんは陛下の保護者だから、心配でしょうがないんだろうな。

ちらりとジュトーの兄さんの方を見ると、相変わらず不機嫌な表情かおしてるし。

多分、さっさと否定しろって思ってんだろな。

さぁて、どう答えようかね。

「ね、姉上、どうしたの? 本当にジュトーにいじめられたの?」

陛下は心配気にあたしを揺さぶりながら、ジュトーの兄さんを睨んだ。

ジュトーの兄さんが心外そうに否定する。

「そのようなことは致しません」

「僕は姉上に聞いてるの! ねぇ、どうしちゃったの、姉上!」

陛下が慌てふためく様を見るのは楽しいけど、あんまりやるとジュトーの兄さんが可哀想だし、まぁ、この辺で八つ当たりは勘弁してやりますか。

「ホントに何にもないですよ。っていうか、姉上って呼ばないでください。あと、早く元の姿に戻して、元の世界に帰してくれるかなぁ?」

「え〜!」

いいともって、言ってよ。つまんないな、もう!

まぁ、異世界人に通じるとは思わないけどさ。通じた方が驚きだけどさ。

「はい」

と陛下から手渡されたのは、小さな包みだった。

どうやら陛下はこれを取りに行ってたらしい。

温かいってことは、中身は焼きたてのお菓子だったりするんかな。

陛下を見れば、キラキラした顔で見上げてくる。

「これね、僕が頑張って作ったの。姉上に食べてもらいたくて。いっぱいジュトーに手伝ってもらったけど……」

包みを開くと、少し焦げた不恰好なクッキーのようなお菓子が入ってた。

その一つをかじってみる。

「おいしい?」

期待顔の陛下。

「不味い……」

「え」

陛下の顔が曇る。

「……ことはないですよ」

そう言って、二つ目に手を伸ばした。

うん、ジュトーの兄さんのみたいに、ものすっごく美味しいってことはないけど、結構美味しいかな。

まぁ、そんなこと、言ってやるつもりはないけどね。

三つ目、四つ目と全部食べ終えて、一言。

「ごちそう様でした」

あ〜、そんな嬉しそうな顔しても無駄だから!

ほだされたりなんか、絶対しないからな!

あたしはさっさと現代日本に帰って、お昼休みにウキウキウォッチングするんだから、そこんトコ、忘れんなよ!

あたしはふいっとそっぽを向いて、お茶を一気に飲み干したのでした。

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