第11話
「姉上〜!」
来たな! 諸悪の根源!
とっとこ走ってきた陛下が、あたしの足にまとわりつく。
「陛下、どうしてここにいるんですか? っていうか、仕事はどうしたんですか?」
また敬語に戻ってるのは、別に尊敬の念が湧いたとかそういう意味じゃない。
最近分かってきたことなんだけど、陛下はあたしに口汚くののしられるよりも、敬語を使われた方が嫌がるんだよね。つまりは嫌がらせの為です、はい。
「それとも、やっと帰らせてくれるつもりになったんですか?」
「ううん。違うよ」
即行で否定してくれるよな、ふふ。これはもう、挨拶代わりだ。
「今日の分はもう終わらせてきたの。急な案件が出なければ、大丈夫だよ。だから、姉上をお茶に誘いに来たの」
こんなナリをしてらっしゃいますが、この外見五歳児中身百六十歳の魔王陛下は、統治面では結構優秀な君主なんだそうザマス。
この可愛らしいお口から、経済だの軍事だのの話題が飛び出すと、何だか変な気分になるよ。
陛下の頬をつまんで横に伸ばす。
うにょーんとよく伸びるな。餅みたいだ。
っていうか、百六十歳でこの肌のピチピチさ、世の奥様方に恨まれそうだな。
「おひゃひまへんか」
「しません」
何が悲しゅうて諸悪の根源と仲良く茶ぁ飲まなきゃなんないのさ。絶対お断りだ。
「ダメなの?」
潤んだ瞳で上目遣いとかすんなよ。
絶対自分の利点知っててやってるよ、コイツ。
って、コラ、スカートの裾を掴むな!
シワになんだろ!
ハイ、そこ。 『陛下、お可哀想……』とか言って、目元をハンカチで押さえない!
ホントに可哀想なのは、あたしの方だから!
あたしの心の叫びも虚しく、周りは完全に陛下の味方だ。
く、ここはヤツのホーム。アウェーのあたしには分が悪い。
ちらりと後ろを振り返れば、将軍が苦笑いを浮かべていた。
目で『助けて!』と訴えたのに、『頑張って』と返される。
ちぇっ。
それにしても、いつも陛下にぴったりくっついてる宰相閣下はどうしたのさ。
ジュトーの兄さんがこのお子様の保護者じゃないの?
しっかり躾けてもらいたいもんだわ。
まぁ、最近はあたしの魔力コントロール修行も見てくれてるから、忙しいのは分かるけどね。
陛下は泣き落としが無理だと悟ったのか、作戦を変更してきた。
「姉上、美味しいお茶菓子もあるよ。この間姉上が美味しいって言ったナニョン、また作ってもらったから。一緒に食べよう?」
う、あのガレットに似た焼き菓子……。
あれは確かに美味しかった。
バターの風味が利いてて、甘過ぎない上品な味。
うん、流石宮廷料理人って思ったしね。
ヤバいな、ツボをついてくるよ。
うー、プライドを取るか、実を取るか。悩みどころだなぁ。
更に追い討ちをかけるように、陛下は言う。
「あとね、他にも美味しいお茶菓子があるよ。焼きたてが一番なんだから、早く行こう?」
あたしはもう一度、将軍を振り返った。
「……あと、どのくらいお仕事ありましたっけ?」
「お茶する時間くらい、大丈夫だよ」
はは、将軍は『お見通しだよ』というふうに、的確な答えを返してくれました。
仕方ないじゃん。甘いもの、大好きなんだよ。
「やった。ね、姉上。早く行こう」
「分かった。分かりましたから、袖を引っ張らないでください! 伸びる!」
ちょっと、あたしが惹かれたのは、美味しいお菓子たちなんだからな!
そんな嬉しそうな顔すんなっつーの!
あたしは彼の姿をじっくり数十秒見つめて、見なかった振りをするべきかどうか悩んだ。
「どうしたの、姉上? お茶が冷めちゃうよ?」
「そーですねー」
陛下の言葉に、やる気がないアルタの観客のような返事しちゃうくらいに衝撃だった。
うっわー、あのジュトーの兄さんがエプロンつけて、セッティングしてるよ!
まだフリル付じゃないのが救いだけど。
陛下に引っ張られつつ連れてこられた英国式庭園のような中庭。
衝撃はかなり大きかった。
エスコートされるままに席について、意を決して尋ねてみた。
「あの、どうして宰相閣下がセットされてるんですか?」
「えー、だってお菓子作ったの、ジュトーだもの」
「えぇっ!」
うわっ、マジっすか!
あのジュトーの兄さんが?
常に眉間に深いしわを刻んでて、不機嫌オーラを撒き散らしてる宰相閣下が?
うわぁ……。
「っていうことは、もしかしてこの間のえ〜と、な、ナンニャ?」
「ナニョンです」
「そうそう、そのナニョンも閣下が作ったんですか?」
「そうですが、それがどうか致しましたか?」
「……いえ、ちょっと意外だっただけです」
う、『何か文句あっか?』って目で睨まれたよ。
陛下がいない時はあたしに敬語なんて使わないくせに、陛下がいると言葉遣いは丁寧になるんだよね、ジュトーの兄さん。
まぁ、あくまでも言葉遣いは、だけど。
「ジュトーはね、甘いものを作るのが得意なんだよ。とっても美味しいから僕も大好きなんだ」
にっこり笑う陛下に、兄さんが『恐れ入ります』と頭を下げた。
はは、人間って、意外な特技を持ってるもんだよね。