第10話
慣れってホントに怖いモンだよなぁ。
まず朝、鏡を見ても驚かなくなった。
鏡に映るのは王姉キュレオリア。でも中身は尾上千歳のまんまなんだよね。
あれから一月が経って、状況は依然進展なし。
毎日元の姿に戻せ、元の世界に帰せって魔王陛下に言うけど、あの自己中は聞きゃあしない。
そんで、まぁ、事情はアレだけど、タダ飯食うわけにもいかんでしょってことで、地方の陳情を聞いたりなんだりっていう王姉殿下としての仕事を、引き受けちゃってるワケですよ。
「王姉殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう、こうして謁見願えまして恐悦至極にございますれば、我が国の益々の繁栄は大変喜ばしく、また魔王陛下におかれましても……」
でもさぁ、何でこう、おっさんて話長いんかな。
まだ挨拶だけで本題入ってないし。
背筋は伸ばしてなきゃなんないし、笑顔は崩せないし、ヘタなこと言えないし、ストレスたまるわ……。早く終わってくれ、頼むから。
これがナイスミドルだったら耐えられるかもだけど、現実には丸々と太ったおっさんだ。しかもハゲ。
救いといえば、あたしのすぐ斜め後ろに爽やか将軍、もといミハイル=ピロッツ将軍がいることかな。
いくら外見がキュレオリアだとしても、中身は現代日本の大学二年生尾上千歳だから、小難しい政治の話をされたって、全部分かるわけがない。
そんなワケで将軍があたしの後見人になってくれたんだよね、これが。
うんうん、怪我の功名って、こういうことを言うんでしょね。
こんなカッコイイ男の人が補佐してくれるんだから、頑張らないワケにはいかないでしょ。
でもさぁ、ちょっと危機感を感じてたりもするわけで……。
だってこのままなし崩しのうちに正式に王姉殿下とかなっちゃったりしたら、ホントどうしようだよ。
あたしは手元の資料をパラパラめくって、遠回しかつ大げさに話すおっさんの話を整理する。
壊れた堤の修復か、この間の大雨で決壊したわけね。
ジュトーの兄さんの話によれば、また大雨が降る可能性があるらしいから、早めに対応すべきだな。
ちなみにあたしがこうして字を読めたり、話が出来るのは、こっちに呼ばれた時に使われた魔方陣に、あらかじめそういう式を書き込んであったからなんだそうな。
けっ、用意周到過ぎて、涙が出らぁ。
「……以上でございます、王姉殿下」
やぁっと終わったんかい。マジで長かったな。もっと簡潔かつ的確に話せっての。
だけどあたしはそんなことをおくびも出さずに、にっこりと笑って言う。
「あなたの話はよく分かりました。このことは陛下にも申し上げ、迅速に対処することを約束しましょう」
この一月で身についたもの、それはきっと厚い面の皮と演技力だ。
はぁ。
おっさんが退出して、あたしは肩の力を抜いた。
あー、疲れた。
ぐるぐると肩を回して、後ろに立ってる将軍を見上げる。
「あんな感じでどうですか?」
「上出来だよ、チトセ。お疲れさま」
あー、将軍の爽やかな笑顔と温かい労いの言葉に癒されるわぁ。
将軍はあたしを千歳として扱ってくれる、唯一の人物だからね。
他の人はあたしのことを完璧にキュレオリアとして扱ってくる。
身の回りの世話をしてくれる侍女のお姉さんたちも、恐れ多いとか何とか言って、軽い話とか出来ないから、将軍と話してる時が一番気が楽なんだよなぁ。
将軍は心のオアシスだよ、ホント。
「でも、ホントにいいんですか?あたしの補佐とかしてて。他にもお仕事があるんじゃないですか?」
だって将軍は仮にも“表の十将軍”の一人でしょ?
って、ここでちょっと、この国の政治体制について簡単におさらいしてみよう。
コラ、いきなりだとか、何だとか言わない、そこ。
まずはこの国が専制君主制をしいてるのは、陛下が政治を行っていることからも明らかだ。
それをサポートするのが、内政・外交を司る裏の十賢者と軍事・警察を司る表の十将軍。
ちなみにジュトーの兄さんは、裏の十賢者の一人なんだそうな。
あ、裏っていっても、怪しいとかそういう意味じゃないよ?
外に出て華々しく活躍する表の将軍たちに対して、裏から国を支える人たちって意味なんだってさ。
まぁ、あと部署やらなんやらが沢山あるらしいけど、あたし自身把握しきれてないんで、割愛させていただきますが、あしからず。
「領地は兄が治めているし、治安警備の方もちゃんと部下に命じてあるから。俺の部下は優秀だからね。最近は平和で戦も起こらないし、余裕があるから大丈夫だよ。それともチトセは俺が忙しくて側にいない方がいい?」
「そ、そんなとんでもない! 将軍にはお世話になってますし、これ以上負担をかけたくないなって」
「チトセはそんなこと気にしなくっていいんだよ。大変なのはチトセの方なんだから」
あぁ、ホントにいい人だ、将軍。
カッコよくて爽やかなだけじゃなく、優しいだなんて、もうこの国の宝だね、うん。