第2話...「寒くねーか?」
「柚は…じゃない、太一くん…教えて欲しいんだけど」
「おぅっ。…何を?」
「あの…携帯、番号とメール…」
「なんだそんな事かよー。ちょいと待ってくれな。赤外線ついてっか?」
「あ…うん、はい」
「…よしっと。じゃぁメール送ってくれたらゆきのの登録すっからさ。ちゃんと送れよ!無視したら絶交だからなー」
「お、送るよ!」
「うふふー、冗談よぉ。んじゃな、また明日っ!」
「ばいばい…」
「…んで、ラブラブいやんあはんメールしちゃった訳ね」
「な、何それ…違うよ、普通だよ」
またからかわれてる、と思いながらほのかは必死に否定する。
今は掃除時間なのでほのかは箒をせっせと動かし、涼子はにやにやしながら壁に寄り掛かっている。埃が舞うため窓は全て開けてあった。
「でもさ、あんた結構可愛いんだから太一もグラつくかもよ」
ほのかは涼子のスタイル抜群な体と綺麗な顔を見て溜め息をついた。
「…そんな訳ないよ…だって太一くんは私の事、苗字で呼ぶもん」
「…っあ!忘れてた…」
「え…何が?」
ぽん、と両手を合わせて笑う涼子を不思議そうに見る。
「その、あいつがほのかを苗字で呼ぶって話。あたし昨日家帰ってからスーパー行こうとしてさ、親に晩ご飯のおかず買って来いって言われて。そしたら道で会ったのよ、あいつに!!そんで『何でほのかの事名前で呼んであげないの』って聞いたら、何て言ったと思う?!」
「え…なんだろ。そこまで親しくないから、とか?」
ほのかがそう答えると、涼子は人差し指を立てて横に振る。
「ちっがうのよー、なんとね…『ゆきのって名前みたいじゃん、だからおれはそれでいーの!それに苗字で呼ぶとなんか気持ちがふわふわすんだよなー』だぁってさー。このこの!」
そう言って涼子は、ほのかの赤く染まった頬をひっぱった。
完全に照れてんな、ほのかってば可愛いの。
「でも太一、恋愛沙汰には疎いからねぇ…重度の鈍感よ、あいつ」
それはほのかにも何となく分かっていた。太一は女の子とは誰とでも喋るからよく悲しい思いをしていたし、今まで何回も告白されてきたのに全部断っていたのを知っているから。
「片想いって大変だなぁ…ねぇ、涼子ちゃん」
「何言ってんのよ、ほらもー掃除終わりだし帰ろ帰ろ!」
強引に引っ張っていかれたほのかの頭の中は、太一の事でいっぱいだった。いつもの事だが。
「や、やっぱ帰るよー」
「だめよ、もうすぐそこなんだから。ほら、あの青い屋根の家っ!」
はしゃぎまくりの涼子はほのかを捕まえた腕を離さない。ずんずんと進んでいる。太一の自宅へと向かって。
「だって迷惑だよきっとー…って、あぁ!」
ほのかの言葉は無視して涼子はベルを鳴らした。そしてほのかを見ると、何かを期待しているような顔でにやりと笑った。
「はーいはい………ゆきの?!と、涼子…」
「やほー太一ぃ」
ドアからひょっこりと顔を出した太一に、涼子は明るく声をかけた。ほのかはする事がなく、恥ずかしさのため下を向いている。
「あのさ、ちょっとほのか預かってくんない?」
「ん?それってどーいう事だ?」
「本当はあたし達ちょっと寄り道してく予定だったんだけどさー、また母さんに買い物頼まれちゃって…でもほのかんち、七時におばさん帰って来るまで家開かないんだって。だから三時間一緒にいてあげてよー」
ほのかと涼子と二人で買い物に行けばいいのに、という考えは、ほのかの頭に浮かんでも太一の頭には浮かばなかった。
「んん、そーなの?そーいう事なら全然OKだからあがってけ!」
太一が手招きをすると涼子は腕をやっと離し、ほのかの背中を優しく押した。
「よかったねほのか!んじゃ頼んだよー、またねっ」
邪魔者はさっさと退散、とほのかの耳元で囁くと、笑顔でどこかへ行ってしまった。
「ほらよっ茶ぁだ!たくさん飲めよお前、遠慮はいらねーからさっ」
「あ、ありがとう…」
正直、太一の部屋のあまりの綺麗さに驚いていた。広くはないがよく整頓されている。その部屋の中央にある小さな青いテーブルの上に、コップが一つだけ置かれた。
「あの…」
「ん?」
ほのかの向かいに太一が座ったものだから、とっさにコップに手を伸ばして少し飲んだ。
「太一くんのお茶は、いいの?」
「いーよ、おれ今そんなに喉渇いてねーんだ」
いつもの調子で笑う太一を見て、ほのかは首を振って言った。
「私だけ飲んでると悪いんだもん…」
「そんな事気にすんなよー」
「…これ、飲む?」
そう言って、自分が持っているコップを前にだす。所謂間接キスとかいうやつかな、とほのかはぼーっと考えていた。
「そーかぁ?なら、ちょっとだけなぁ…はい、さんきゅ」
ついつい太一の唇に目がいってしまう。太一がそれを飲んだのを見た時、急に恥ずかしくなって俯いてしまった。
「ご、ごめんね!急に来たりして…」
「いーのいーの!ただちょっとびっくりしたけどなぁ」
太一は笑顔で喋り続けた。ほのかは終始赤面していたが、確かに幸せだと思っていた。
「送ってまでしてくれて、ありがとうね…」
「いーって事よ!夜道は危ねぇしなっ」
すっかり暗くなってしまい、電灯がささやかに辺りを照らしているだけとなった。そんな時太一はほのかを家まで送っていくと言い出したのだ。太一の優しさ故の行動だった。
「寒くねーか?」
「ん…ちょっと、寒いかも…でもたぶん大丈夫」
「はは、どっちだよー」
太一の笑顔を見ると心が暖かくなる。もっともっと好きになる。
その時、ほのかの右手をなにかが握った。それが太一の手だと気付いた時にはパニックになった。太一の顔を見上げたが、暗くてよく見えない。
「女の子は手を冷やしちゃダメなんだって」
それはお腹…。
口にしてしまいそうになって、直前で呑み込む。
初めて触れた、好きな人の手。それはとても暖かくて、うっとりしてしまう程気持ちよかった。
「…ありがとう」
「おぅっ」
こんなに素敵な人、他にいないよ。
近づく度に好きな所が増えていく。
もっと、もっと。
好きになりたいよ。