第1話...「…すき。」
秋の訪れっていうのかな?
周りの木葉は赤とか薄黄色とか朱色とかにすっかり染まって、ひらひらと落ちてくるそれがまるで精霊さんみたいだ。
そんな可愛らしい事を考えている雪野ほのかは、自分が通っている山下高校の門の直前で足を止めた。
大勢の生徒に雑じって一人だけ輝いている(ほのかにはそう見える)、二年C組のクラスメイトで席が前後、柚原太一が目の中にとびこんできたからだ。
誕生日は12月24日、身長は168センチ、勉強はまるでダメだけど体育は得意、好きな食べ物はハンバーグといなり寿司。
そうなのだ。ほのかは太一に恋心を抱いていた。
あの短くて上に立てた髪形が好きだ。陽気な性格が好きだ。よく笑ってよく食べる所が好きだ。授業中寝ていて、その寝顔も好きだ。
おどおどで常にぽーっとしているほのかだが、やる事はやっている。恋人だとかの話になると全然分からないのに、まだ実っていない恋の話となると興味がわく。自分から切り出したりはしないが。基本的に恥ずかしがり屋だから。
ほのかの身長は157センチで普通。スタイルも特別いい訳でもなく普通。髪形は肩下10センチ位のストレートヘアで、ただ頭がよく学年トップ。
頭脳以外では何の取り柄もないが、どうしようもなく太一が好きだった。たまに挨拶する事もあるが別に仲が良い訳ではない。ただのクラスメイト止まりなのだ。
もっと近くなりたかった。心が。心が。
「えっ…これ、全部ですか?」
最後の授業が終わり帰る準備をしていて、びっくりしながら机の上に置かれたノートの束を指差す。束は三つあり、どう考えてもほのかの力では一度に全部は持っていけない。頑張ってもせいぜい二つくらいだ。
「そうだ、ごめんなぁ…今日から野球部の遠征でさ、顧問だから俺早く行かなきゃ…ってすまん!もうバス来たみたいだから行くな!職員室まで頼んだぞ」
「あ…」
苦笑いしながら走り去ってしまったのは古典の教師だ。ほのかはよくお世話になっているから、嫌ではなかった。しかし量だけはどうにもならない。
二往復、するかなぁ。
まだ生徒達の声で煩い教室の中、窓際の席ではぁ、と溜め息をついた。
「ゆーきのっ」
顔を上げなくとも分かる。ほのかの顔は真っ赤になった。
「…ゆ、柚原くん…」
「おぅっ。お前、今からそれ職員室まで持ってくんだろ?」
ほのかは心臓をばくばくさせながら、俯いたまま頷く。
「じゃいっちょ手伝っちゃるか!」
よっ、という声と共に、三つのノートの束のうち二つが中に浮く。ほのかが急いで顔を上げると、束を持って子供っぽく笑っている太一がいた。
どうしよう…。
泣きたい位嬉しい反面、緊張のあまり体が上手く動かせない。
「何やってんだよ?ほらほら行っちゃうぞーっ」
太一がすたすたと歩いて行ってしまうので、ほのかは残りの束を掴んで慌てて追い掛けた。
「そういえば、ゆきのと喋った事ってあんまなかったよなー」
ドキドキが止まらない。憧れの人がこんなに近くに、すぐ横を歩いているなんて今まであっただろうか。
「う、うん」
「ゆきのはさぁ、頭よくてすっげぇ尊敬してんだぜ!おれなんてほら、ダメダメだからなっ」
そう言って大声で笑う。ほのかは太一のそんな所も好きだった。今思えば、好きになったきっかけなんて本当に些細な事だったのだ。太一がほのかのテストを見て、笑顔で褒めてくれた。ただそれだけの事だった。それから太一の笑顔が好きになり、仕草が好きになり、今ではこんなに想っている。
「ゆーきーのー…何かフォローとかしてくんない訳?」
恨めしそうにほのかを見る太一に、慌てて答えた。
「そ、そんな事ないよ!柚原くんはいつも楽しそうで、みんなの気分癒してくれてるっていうか…その」
太一にこんなに一気に喋ったのは初めてだったので、身振り手振りでほのかはかなり挙動不審になってしまう。
そんなほのかを見て、目をぱちくりとさせた太一。
「あはははは!ゆきのって面白いんだなー。まぁいっけどさ、さんきゅ」
あと、と付け加える。
「えーっ?!そんな約束したのあいつと!それで、その後何かあったの?」
興味津々にほのかの顔を覗き込む涼子に、顔を赤くして首を横に振る。
あの翌日の朝。嬉しくて恥ずかしくてほのかはどうにかなってしまいそうだ。
ほのかは涼子にだけ、太一への甘酸っぱい恋心を打ち明けていた。二人は高校入学からの友達だが、もうかなり仲良くなりお互いを信頼し合っていた。
後で知った事だが涼子と太一は幼なじみらしく、家族の様に接する二人が羨ましかった。
「なんだぁ…って、おいおい!来たぞっ」
涼子の視線を追うと、そこにはいつもと同じ太一がいて、教室に入ってきた。するとすぐにこちらを向いたと思ったら、近付いてこう言った。
「はよー、ゆきのっ。あと涼子」
「あとは余計よ!ほらほのか、挨拶挨拶!」
涼子に促されて顔がさらに赤くなる。それでも掠れた声で一生懸命口を開いた。
「あ…あの、おはよう…た、太一くん」
「おぅっ、おはよう!!」
ほのかの大好きな笑顔がすぐそこにある。
私って、なんて幸せ者なんだろう。
昨日、自分を名前で呼んでとは言えなかった。まだ太一の中に踏み込むべきではないと思ったから。
それでもほのかは、少しでも太一に近付くことができてとても幸せだった。
それが顔に出てしまい、太一が去った後ほのかは満面の笑みで涼子を見上げ、そしてまた俯き何か呟いた。
これからも、こんな風に笑いたい。
好きな人と一緒にいたい。
純粋な少女の綺麗な想いだった。
「…すき。」