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「ご覧ください、聖女様が恐怖に震えておられる!」〜いいえ、推し騎士の顔面が良すぎて尊死寸前なだけです〜

作者: 柚月由貴
掲載日:2026/08/10

 私、アルバートが聖女――リリア様の筆頭護衛騎士になって一年。

 日々、聖女様の高潔さに敬慕の念を抱くばかりである。


 聖女様はその御力に目覚めるまでは戦い方を知らない、ごく普通の伯爵令嬢だった。

 それがある日、突然に御力に目覚め、聖女となった。


 聖女の仕事は瘴気が満ちる土地へと赴き、その地を浄化すること。

 瘴気自体が人に対して有害であるだけでなく、その地では瘴気に当てられて魔物化した危険な生物が蔓延っており、近づくことすら危険を伴う。

 いくら適正があるからと言って、元は只のお嬢様をそんな土地へ連れて行くなど無茶苦茶だ。


 しかし、あの方は。

 嫌な顔一つ見せずに、まるで最初から聖女であったかのように、その精神から聖女様だった。


 慣れぬ旅の中でも弱音一つ吐かない。……まぁ、普段が寡黙すぎて、もう少しその可憐な声を聴きたいとも思うのだが。

 頬を少しひくひくとさせながらも常に微笑みを絶やさず、我々騎士のことを気遣いすらする。おそらくは疲れとストレスを抱えてるであろうに、感服するばかりだ。すぐに不平不満を漏らす我が妹に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。


 普段から彼女の行動は素晴らしいが、彼女が聖女として輝きを放つのは何より瘴気満ちる土地に居る時だ。


 草木一つ生えていない不毛の地。狂暴化した魔物が跋扈(ばっこ)し、大きく深呼吸しようものなら瘴気をその身に大量に取り込んでしまい、二時(ふたとき)とまともに立っていられない。

 瘴気に当てられ、並の騎士なら狂い出すような最前線。

 そんな地獄の中でも、聖女様は凛として立ち、一言も弱音を吐かずに祈りを捧げる。


 それはとある行軍でのことだった。

 その土地は特に穢れていた。川の水は腐り、瘴気に満ちた空は陽の光さえも遮っていた。

 昼間であるにも関わらず、夜のように暗いその地で、多くの魔物に囲まれながらも、聖女様は表情を変えずに祈った。


 地獄にあってなお美しく、凛々しい聖女様を守るため、我々も奮戦した。

 しかし一部の兵士が魔物を討ち漏らした。魔物は聖女様へと迫り、牙を突き立てようとする。

 醜悪な形相の魔物が間近に迫り、一流の騎士でさえ反射で身を庇ってしまいそうな状況でも、彼女は祈りを止めることはなかった。


 寸でのところで私の剣が届き、幸いにも彼女が傷つくことはなかった。

 しかし彼女の白い指先は、恐怖に耐えるようにかすかに震えていた。

 しかも何やら口の中で『尊……っ、しんど……』と掠れた声で呟いておられる。しんどいとは正に、この過酷な環境についてだろう。


 恐怖がないわけではないのだ。

 恐怖を感じながらも、彼女は我々を信じて聖女の務めを全うしようとしている。

 そのような高潔な精神をもって祈る彼女は、地獄のような土地にあって、女神のごとく輝いていた。


「お辛いでしょうが……もう少しです。この地を浄化するまで、あなたのことは私が必ず守ってみせます……っ!」


 本心からの想いを伝えると、聖女様は恐怖に唇を嚙みしめながらも頷いた。

 あぁ、何と忍耐強いお方なのだろうか。


 ハッキリと言おう。私は護衛騎士でありながら、彼女――リリア様をお慕いしている。

 ただ、この想いを告げることは無いだろう。告げたところで、彼女には負担にしかならないはずである。


 私は、私の命が尽きるまで、彼女をお守りする。

 ――それが私の使命だ。


 その誓いを胸に、私は凶悪な魔物へと対峙した――。



 私はどこにでもいる普通の貴族令嬢だ。

 普通に淑女教育を受けて、普通に生きてきた。

 そのまま普通に政略結婚で嫁ぐだけ。そう思ってたのに、人生何があるか分からない。


 きっかけはそう、一年前。収穫祭の折に、教会で祈りを捧げた時だ。それまでと全く同じ作法で祈ったにも関わらず、何か身体が光った。それはもう、教会で何かがあったと広場の方まで伝わるぐらいに、めちゃくちゃ光った。


 そこから、あれよあれよという間に聖女に祀り上げられ、気づけば穢れた土地を浄化する役目を背負わされることになった。

 つい先日まで普通の令嬢だった自分がである。めちゃくちゃだ。


 でも私は今の生活を気に入ってる。

 だって、憧れの騎士であるアルバート・スターレン様の近くに入れるのだから。


 そう。聖女――つまり私のことだが――の護衛を務める騎士様方。その筆頭を担うアルバート様は……私の推しだ。

 その笑顔を見るだけで、尊さに心臓が止まりかけるほど、私はアルバート様を推している。


 常に私の視界を浄化してくれるアルバート様。

 問題は一つ。私の本性を知られてしまったら、彼に幻滅されかねないことだ。いや、間違いなく幻滅される。

 せっかくお傍にいるのに、どこか余所余所しく接せられる……そんなことになったら、私は舌を嚙み切って死ぬだろう。

 私が内心どう思ってるかは絶対に悟られてはいけない。これは絶対だ。


 だから私は、騎士様方と極力話さないことにした。顔合わせの時から始まり、今に至るまで。行軍なんかがあったとしても、黙って笑みを浮かべるのだ。

 あぁ、お母様。あなたに教えていただいた、社交界での微笑みスキル。しっかりと身についております。


「なんて慈愛に満ちた静かな微笑みだ…」


 なんて言葉が聞こえてくるくらいには、しっかり誤魔化せてます。

 ……やばい顔の筋肉がひくひくしてきた。喋ったら推しへの愛が溢れて爆発してしまう……。


 なにせ、どんな時でもアルバート様がお傍にいるだけで、ついついその広い背中を目で追ってしまうのだ。

 何て素敵な背中なのだろう。彼が歩くたびに、目に飛び込んでくる情報が増えてしまい、静かに死にかけてしまう。


 しかし、倒れて迷惑をかける訳にもいかない。そういった時は死んでしまう前に、周りの騎士様に話しかけて気を紛らわす。

 でもアルバート様、余所見をしている時に話しかけてくるのは止めてください。


 ……名前呼ばれた。終わった。思考が一瞬で落ちた。


 何せアルバート様は声も……声も良い……!!

 彼が喋るたびに耳に飛び込んでくる情報量が増えてしまい、心臓が仕事を放棄しそうだ。

 尊さの過剰摂取で心臓がスクラップになりそう……いや、もうスクラップかもしれない。


 アルバート様が居れば、どんな行軍も辛くなかった。

 もちろん穢れた土地だろうと、何も恐怖など感じない。

 瘴気? 魔物? 知らん。背中が良い。それだけで世界が成立する。


 そうやってアルバート様に現を抜かしていると、魔物がぎりぎりまで近づいていたらしく、唐突に庇われた。

 距離が近い。無理。脳が処理を諦めている。


 駄目だ尊すぎる。しんどい。


「お辛いでしょうが……もう少しです。この地を浄化するまで、あなたのことは私が必ず守ってみせます……っ!」


 推しに心配された……っ!

 ……倒れては駄目だ。余りの幸せに死にかけたが、今は死んではいけない。

 唇を強く噛んで意識を保ちながら、私はアルバート様へと頷いた。


 アルバート様が真剣なお顔が凛々しい……真剣な顔?

 推しの顔に傷……? わたしの推しの顔面に傷をつくった……??

 理解が追いつかない。許さない。絶対許さない。

 怒りと共に思考が飛んだ。


 視界が白く弾けた。気づいたら魔物がいなかった。

 あれ? ……今のは浄化の光?

 いや、そんなことよりもアルバート様の傷のお手当を……。


「私の傷を気遣い、命を懸けて力を解き放ってくださった……!」


 え? あっ、アルバート様がこちらへ……ふぇっ?

 顔が近い。息ができない。これはもう無理。死んでしまう。


「無茶をなさってはいけません、私の大切な聖女様」


 耳元の声が落ちてきた瞬間、世界が一度止まった。

 頭の中で情報を処理できないまま、私は静かに落ちた。




 ……私があのお方を初めて見たのは、忘れもしない三年前。

 建国祭の催事として行われた、闘技大会でだった。

 シャープなフェイスライン。すっきり通った鼻筋。何でも見通してしまうかのように鋭い、切れ長の目。

 そして何より、勇猛果敢に立ち振る舞った後に見せる、爽やかな笑み。

 私はその端正な顔立ちと、ギャップに一瞬で恋に落ちた。一目惚れである。


 そんな天使とも言える美しさをお持ちの方だ。

 周りからの人気も、もの凄かった。

 アルバート様の一挙手一投足に対して、周囲の令嬢はキャーキャー言ってたよ。


 え? 私?

 私は叫ぶことなんてしなかったよ。というよりも、叫んでる余裕なんてなかった。

 アルバート様のご尊顔を、この目に焼き付けるのに必死だった。


 真剣な顔。必死な顔。喜びを湛えた顔。余裕を見せた顔。

 その全てが尊かった。あぁ、今思い出しても素晴らしい。

 そんなアルバート様は打ち負かした相手にも、優しく手を差し伸べていた。

 性格も完璧で、全てが尊い。アルバート様は天使に違いない。


 そしてアルバート様の凄いところは、その騎士としての実力にもある。

 何と、アルバート様は大会を準優勝したのだ。

 お顔が良いだけでなく、お強いだなんて……もう無理しんどい。尊さの過剰摂取で死んでしまいそうだ。


 アルバート様は国王陛下から表彰された時に、観客席に向かって手を振ってくれた。

 周りの令嬢は『手を降ってくださったわ』、なんて感動してたらしい。

 らしいというのは、人づてに聞いたからだ。何せ、私はアルバート様のその笑顔に耐え切れず、気絶してしまったのだ。


 そうして、初めてお会いした時から、私の推しとなったアルバート様。

 部屋にはアルバート様の似顔絵を飾り(大会後に、商人が売りだしたものを買い占めたのだ。おかげで財布は死んだが、後悔は無い)。

 それを眺めながらアルバート様への想いを紙にしたため。

 声が聞こえてこないかと、無駄に騎士団の訓練場の近くを散歩したり。

 アルバート様の誕生日には、自室でこっそり祝ったり。

 結婚する妄想を行って、アルバート様へ愛を誓ったり。

 充実した推し活を送っていた。それだけで、十分に満足だったのだ――。



 ……ふにゃ?


「あぁ、聖女様。お目覚めになりましたか?」


 気づいたら、馬車に乗って運ばれていた。

 穢れた土地は? ……無事、浄化されたのですか。良かった。


 浄化された後、どうやら私は寝てしまっていたらしい。

 倒れた私を運ぶために、近場の街で馬車を用意してくれたのだそうだ。


 そこまではアルバート様がご自身の馬に乗せて連れて行ってくれたのだとか。

 ……え? 待って、てことは寝顔をアルバート様に見られたってこと??


 ……終わった。


 推しの夢を見て、私はきっとだらしない寝顔を晒していたはずだ。最悪だ……幻滅されたに違いない。

 舌を嚙みきって死んだ方が良いかもしれない。

 

 馬車の中で悩んでるとアルバート様が声をかけてくれた。

 少し顔を赤くさせながらも、いつものように天使のような声を聴かせてくれた。

 落ち込んでいても耳が幸せになる。まぁいっか、という気持ちになってきた。

 あぁ、アルバート様。やはり貴方は私の最高の推しです。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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