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第6話 痛切な真実

 昼前のカフェは、まだ半分ほど席が埋まっている程度だった。ガラス壁から差し込む陽光が反射し、向かい合って座る二人のテーブルに柔らかな光を落としていた。カウンターの奥からはコーヒーの香りが漂い、時折エスプレッソマシンの駆動音が響いた。


 クラリッサはアイス・キャラメルマキアートのストローを弄び、氷がカチリ、と微かな音を立てる。その視線は、目の前の男をゆったりと捉えていた。


「トリアが急に現れて、私たちを見つけるなんて怖くないの?」


 誘うような口調だが、その瞳はハーランの反応を細かく観察している。ハーランは低く笑い、手元の熱いアメリカーノのグラスを回した。


「落ち着けよ……。トリアは体調を崩しているし、両親も来ている。今は安全だ」


 事もなげに言う彼に、クラリッサも小さく笑い声を漏らした。満足げに肩を揺らし、背もたれに預けていた体を前へ乗り出す。隠そうともしない悪戯な微笑みが、その唇に浮かんだ。


「もし私たちが正式に一緒になって、あなたが浮気なんてしたら……承知しないから」


 冗談めかしてはいるが、声の端には鋭い棘が潜んでいる。ハーランは彼女を見つめ、そっと手を伸ばしてクラリッサの指を絡めとった。


「そんなことはしないさ。僕の心には、君しかいない。トリアは、君が遠くにいた間のただの代わりだよ」


 ハーランが鼻で笑うと、クラリッサの顔に満足げな笑みが広がった。彼女は再びゆっくりと飲み物を口にし、数秒の沈黙の後、真剣な面持ちで問いを重ねた。


「それで……いつ彼女と別れるの?」


 ハーランは座り直し、わずかに肩を落とした。遅かれ早かれ、この質問が来ることは分かっていた。


「もう少し待ってくれ。今別れたら、オフィスで騒ぎになる。君のために彼女を捨てたなんて、社内で噂を立てられたくないんだ」


 クラリッサは鼻を鳴らし、苛立ちを隠さずストローを回した。


「いいわ……。でも、あまり待たせないで。嫉妬しちゃうじゃない」


 不満げに呟く彼女の手を、ハーランはさらに強く握りしめた。親指で彼女の甲を優しく撫でる。


「分かっているよ」


 クラリッサは周囲を素早く見渡してから、再びハーランに視線を戻した。


「ということは、今日はトリアがあなたのマンションに来ることはないのね?」


「ああ」ハーランは軽く答えた。「両親が来ている時は、自分の部屋にいることが多いからな」


 クラリッサの唇が、勝利を確信したように深く弧を描いた。


「だったら……今からあなたの部屋に行きましょう」


 躊躇いもなく誘う彼女に、ハーランは一瞬言葉を失った。


「い、今から? まだ十時半だぞ」


 腕時計に目をやる彼に、クラリッサは身を乗り出して甘えるように瞬きをした。吐息混じりの声が、密やかに鼓膜を揺らす。


「会いたい気持ちに、時間は関係ないわ」


 ハーランは抗いきれない誘惑に、降参したように小さく笑った。


「……分かった。行こう」


 二人はほぼ同時に席を立った。ハーランは財布を取り出してレジで会計を済ませると、ガラスの扉を押さえてクラリッサを先に通した。彼女は当然のようにハーランの腕に絡みつき、寄り添いながらカフェを後にした。


 外に出ると、駐車場へ向かう二人の背中に強い日差しが降り注いだ。


 ハーランは一度も振り返ることなく、クラリッサを自分の車へと導いていった。




 道路の向かい側。エアコンの冷気でわずかに曇った窓ガラスの奥で、トリアは凍りついたように座り込んでいた。


 顔は涙で濡れ、瞳は赤く腫れ上がっている。乱れた呼吸を整えることもできず、両手の中では無残に引き裂かれたティッシュが握りしめられていた。


 こんな姿のハーランを再び見ることになるとは、想像だにしていなかった。以前のどんな痛みよりも、鋭い刃が胸を抉る。


 運転席に座るサンティが、不安げに隣を伺った。躊躇いながらも手を伸ばし、親友の震える腕をさする。


「トリア……本当に、彼との関係を続けるつもり?」


「わからない、サンティ……本当にわからないの……」


 途切れ途切れの声が、嗚咽と震える吐息の間に消えていく。


「私は……彼にすべてを捧げたのに。それなのに、彼は……」


 それ以上は言葉にならなかった。サンティはその言葉の裏にある重みを察し、表情を曇らせた。裏切られた親友への憐れみで、彼女の瞳にも涙が浮かぶ。


「最低な男……」


 フロントガラス越しに、ハーランの車が駐車場から動き出すのが見えた。助手席で満面の笑みを浮かべるクラリッサ。その光景に、トリアの胸は内側から握り潰されるような錯覚に陥った。


「……どうする? 追いかける?」


 サンティの視線が、遠ざかる車を追う。


「追いかけて。自分の目で見届けなきゃ」


 サンティは唇を噛んだ。これ以上傷つく必要などないと言いたげだったが、トリアの悲痛な願いを拒むことはできなかった。


「トリア……証拠ならもう十分よ。これ以上、自分を傷つけてどうするの?」


 トリアは力なく首を振った。


「お願い、サンティ……自分の目で見たいの。そうしないと、踏ん切りがつかない」


 サンティは深く長い溜息をついた。絶望の色を瞳に宿しながらも、静かに頷き、一定の距離を保ってハーランの車を追走し始めた。


 車内は静まり返っていた。サンティは時折、トリアの様子を確認するように視線を送る。だが、ハーランの車が彼自身のマンションの敷地内へと入っていくのを見た瞬間、トリアの堪えていた涙が再び溢れ出した。それは先ほどよりも深く、魂を絞り出すような泣き声だった。


「彼……他の女を連れて行った……」


 声が掠れ、消え入りそうになる。


「私の……すべてを捧げたあの場所に……。私が苦しんでいると知っていながら……」


 肩が激しく上下し、握りしめたティッシュが指の間でさらに細かくなった。サンティは慌てて彼女の肩を抱き寄せ、支えるように力を込めた。サンティの顔は、怒りと悲しみで赤く染まっている。


「なんてこと……ハーランがここまでクズだったなんて!」


 遠くで、ハーランが車から降り、助手席に回ってクラリッサのためにドアを開けるのが見えた。彼は微笑んでいた。かつてトリアだけに向けられていた、あの優しい微笑みを浮かべて。


 クラリッサは甘えるように彼の腕に抱きつき、二人は悪びれる様子もなく、ロビーへと消えていった。


 トリアはその光景を、奥歯を噛み締めて見つめていた。溢れ続ける涙を止める術もなく、嗚咽を漏らさないよう必死に口元を覆った。


 *


 扉が開くと、ハーランの部屋には静寂が満ちていた。


 クラリッサが先に足を踏み入れる。リビングの入り口で立ち止まり、隠しきれない満足感を漂わせながら、部屋の隅々を品定めするようにゆっくりと見渡した。


 後から入ってきたハーランが、静かにドアを閉める。カチャリという小さな音が、再び部屋を沈黙の中に沈めた。


 クラリッサは首を傾げ、中央にあるソファとローテーブルに視線を走らせる。


「ここで、いつもトリアと二人で過ごしていたのね」


 ハーランは答えず、背後から彼女の腰に両腕を回した。


「もうトリアの名前を出すのはよせ」


 彼は彼女のうなじに顔を寄せ、低く囁いた。


「それにしても、別れてからさらに大胆になったな。今朝もあんなに激しかったのに、もう求めてくるなんて」


 クラリッサは甘い声を漏らして、くすくすと笑った。


「仕方ないじゃない、抑えられないんだもの」


 腹部に回されたハーランの手に、自分の手を重ねる。


 ハーランの顔に深い笑みが浮かんだ。彼はクラリッサの手を引き、リビングを横切って寝室へと続く廊下へと導いた。


 寝室のドアが押し開けられる。ハーランに促されて中へ入ると、背後でドアが閉ざされた。引き寄せられたクラリッサの体が彼に重なり、互いの唇が重なり合う。ハーランが首筋に顔を埋めると、彼女の密やかな笑い声が漏れた。


 数秒後、二人の動きはベッドへと移った。クラリッサはその上に身を投げ出し、ハーランを近くへと引き寄せる。衣服が一枚、また一枚と脱ぎ捨てられ、床の上に散らばっていった。


 会話は途絶え、重なる吐息と衣擦れの音だけが響く。


 やがて、部屋の静寂が、すべてを包み込んでいった。




真実を知ってしまう瞬間、読んでくれてありがとう。トリアがこれからどうするか、一緒に見守ってね。ブックマークしてくれると嬉しいな。

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