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第28章 後悔の裏側にある幻影

 ジャカルタの喧騒が遠くで脈打つ中、ハルランのマンションの一室には、ひどく重苦しい空気が立ち込めていた。部屋の酸素が薄くなったかのように、呼吸をすることさえ容易ではない。


 枕元の木製サイドテーブルの上で、たった一つのナイトランプが弱々しく灯っている。その淡い黄色の光は、壁の表面に長く不気味な影を落とし、ゆらゆらと躍らせていた。


 乱れた大きなベッドの上で、ハルランとクラリッサは冷え切った情事の中にいた。その身体の重なりには、温もりも愛も一切感じられない。


 ハルランは、荒々しく、どこか暴力的なリズムで身体を動かしていた。まるで、自分の中に渦巻く怒りと苛立ちのすべてを、その肉体的な接触にぶつけているかのようだった。


 逞しい背中には汗がにじみ、乏しい光の下で肌が鈍く光っている。静まり返った夜の闇に、荒い呼吸音だけが激しく響き渡り、室内の沈黙を切り裂いていた。


 しかし、その激しい動きとは裏腹に、ハルランの意識はこの部屋にはなかった。彼の心は街の境界を越え、今はもう手の届かない場所へと消えてしまった「彼女」の元へと飛んでいた。


 腕の中にいる女の顔を見つめるたび、彼の視界はゆっくりと歪んでいく。クラリッサの顔が霞み、代わりにトリアの姿が鮮明に浮かび上がってくるのだ。


 穏やかな瞳で自分を愛おしそうに見つめるトリア。かつて自分をいつも温かく迎えてくれた、あの心からの微笑みが、今の彼を苛む幻影となって現れる。


 同時に、最後に会った時の、傷ついたトリアの眼差しも脳裏に焼き付いて離れない。その幻覚が、ハルランの動きをさらに制御不能なものへと駆り立てた。


 彼はクラリッサの身体を通して、すでに失ってしまった何かを必死に追い求めているようだった。そしてついに、二人はひどく疲れ果てるような絶頂へと達した。


 ハルランの身体は、クラリッサの隣に力なく崩れ落ちた。仰向けになり、天井を凝視する。胸は激しく上下し、呼吸は乱れたままだ。


 現実の感覚がゆっくりと戻ってくると、こめかみから冷や汗が流れ落ちた。彼は固く目を閉じ、脳裏にこびりついて離れないトリアの残像を必死に追い払おうとした。


 情事が終わった後だというのに、クラリッサは甘える素振りさえ見せなかった。それどころか、彼女はひどく不機嫌そうな顔で、すぐにベッドから起き上がった。


 床に落ちていたサテンのバスローブをひったくるように拾い上げると、乱暴な動作で身に纏う。腰の紐をきつく締めながら、彼女は横たわったまま動かないハルランを鋭い視線で射抜いた。


「ハルラン、正気なの? 何度言わせれば気が済むのよ。避妊具を忘れないでって言ったでしょ!」


 クラリッサの刺々しい声が、静かな寝室に高く響き渡った。彼女はベッドの脇に立ち、腰に手を当てて、返ってこない答えを待っている。


「もし何かあったら、私はリスクなんて負いたくないの。もう少し自覚を持ちなさいよ!」


 ハルランは何も答えず、反応すら示さなかった。今や恋人となったはずのその女に、視線を向けることさえしなかった。


 彼はただ、固く目を閉じたまま、クラリッサの罵声を右から左へと聞き流していた。耳にするたびに繰り返される彼女の要求に、心底うんざりしていたのだ。


 ハルランの無関心な態度に、クラリッサは苛立ちを露わにして鼻を鳴らした。無視されたことで不快感は頂点に達し、この男のそばにいること自体が苦痛に感じ始めていた。


 彼女は重い足取りでバスルームへと向かった。そして、部屋中に響き渡るような大きな音を立ててドアを閉めた。


 バタン!


 ほどなくして、閉ざされたドアの向こうからシャワーの音が聞こえてきた。その音は、ハルランを一人残し、彼の心をじわじわと蝕んでいく。


 ハルランは両手で顔を乱暴に拭った。まぶたの裏に居座り続けるトリアの影を、無理やり消し去ろうとする。


「くそ……どうしてどこにでもあいつの顔が出てくるんだ」


 低い声で毒づきながら、彼はゆっくりと上体を起こし、まだ温もりの残るベッドの端に腰掛けた。頭を抱え、こめかみが激しく脈打つような痛みを感じていた。


 ここ数日の間に起きた出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。クラリッサが別の男に送られて帰宅するのを目撃して以来、彼の心には疑惑が深く根を張っていた。


 ハルランは仕事が終わると、不安に駆られながら密かにクラリッサの後をつけた。そして、その疑念は最悪の形で的中した。


 彼は自分の目で見てしまったのだ。クラリッサがその男に対して、いかに親密で甘えた態度を見せていたかを。男の腕に躊躇なく抱きつく彼女の姿は、二人が単なる同僚以上の関係であることを証明するには十分すぎるほどだった。


 しかし、皮肉なことに、ハルランには彼女を問い詰める勇気など微塵も残っていなかった。真実を口にしようとするたび、恐怖が胸を締め付ける。


 もし抗議すれば、クラリッサは迷うことなく自分を捨てるだろう。今のボロボロになった人生の中で、本当の一人きりになってしまうことが、彼はたまらなく怖かった。


「どうしてこんなに臆病になっちまったんだ。……情けねえ」


 心の中で自分を罵りながら、彼は拳を強く握りしめた。


 息の詰まるような静寂の中で、トリアの顔が再び鮮明に浮かび上がる。いつもそばにいてくれたトリア。一度だって自分を裏切ろうなんて考えもしなかったトリア。


 病気の時も、落ち込んでいる時も、彼女は献身的に尽くしてくれた。トリアこそが本当の「帰るべき場所」だったのだ。それなのに、自分はクラリッサのような女のために、その場所を自ら壊して捨ててしまった。


 ハルランの唇は固く結ばれ、胸に込み上げる感情を抑えきれずに激しく震えた。


 取り返しのつかない過ちを犯したという苦い自覚が、凄まじい衝撃となって彼を打ちのめし、身体から力を奪っていく。


 彼は深く頭を垂れ、震える膝に額がつくほどに身を丸めた。鋭い小石を手に入れるために、かけがえのない宝石を投げ捨ててしまった愚か者。今の自分は、まさにその通りだった。


「トリア……すまない。俺が全部、ぶち壊したんだ……」


 後悔の念が囁きとなって漏れる。目尻に涙が溜まったが、彼はそれを乱暴に拭った。今さら悔やんだところで、トリアはもう遠くへ行ってしまった。


 今の彼は、自分の感情にさえ無関心な女との毒された関係に囚われている。人生のどん底に突き落とされ、そこから這い上がる術さえ見つからない。


 バスルームのシャワーの音が止まった。クラリッサが出てくる合図だ。ハルランは深く息を吸い込み、崩れそうな心を隠すように、精一杯の無表情を装った。


第28章、お読みいただきありがとうございます。

ハルランの後悔と、彼が自ら招いた孤独。

クラリッサとの歪んだ関係の中で、トリアの存在がいかに大きかったかを痛感する回でした。

自分の過ちに気づいた時、すでに遅すぎることもある……。

そんな切なさを感じていただけたなら幸いです。

次の展開へ続くので、ブックマークしていただけると励みになります。

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