第2章 全てが露わになる時
サンティの車が角を曲がった瞬間、トリアの視線は通りの左側にあるレストランの窓に釘付けになった。昼の光がガラスに反射していたが、向かい合って座る二人の姿を捉えるには十分だった。ハルランと、クラリッサだ。トリアの体は瞬時に硬直し、顔からは血の気が引いていった。
彼女は身を乗り出し、見間違いではないことを確かめようとした。ハルランの顔がはっきりと視界に入った瞬間、トリアの呼吸が短く詰まった。反射的に胸を強く押さえ、込み上げる息苦しさを必死に堪える。サンティもその異変に気づき、トリアの視線の先を追った。
サンティは絶句し、驚愕の表情でトリアを見つめた。「トリア……あれって……」
「止めて、サン。降りたいの」トリアが絞り出すような声で言った。
「待って、トリア。落ち着いて、あなたは――」
「サン……お願い……」
震える声での懇願に、サンティはついにレストランの近くに車を寄せた。トリアは浅い呼吸を繰り返し、車が止まるやいなやドアを押し開けた。足取りは覚束ない。サンティが慌てて後を追い、彼女の肩を支えた。「まずは深呼吸して、トリア」
トリアは一度目を閉じ、乱れる心を鎮めようとした。そして再び目を開けると、迷うことなくレストランの扉へと向かった。少し大きな音を立てて開いた扉の音に、数人の客が顔を上げる。彼女の瞳は、広い店内から愛する男の姿を必死に探し求めた。
最初に気づいたのはクラリッサだった。彼女は顔を上げ、入り口に立つトリアの姿を認めると、勝利を確信したような笑みを浮かべた。ハルランもクラリッサの視線の先にあるトリアを見て、顔色を一瞬で失った。
トリアは二人のテーブルに歩み寄り、その真ん前で立ち止まった。潤んだ瞳は赤く充血している。震える声が、静かに漏れた。「友達と食事に行くって言ったわよね。これが、あなたの言う『友達』なの?」
ハルランは椅子に座ったまま固まり、しばらくの間、唇を戦慄かせて言葉を失っていた。「どうしてここに、トリア……。これは、君が思っているようなことじゃないんだ」
ハルランの向かいで、クラリッサは余裕の表情を崩さない。彼女は罪悪感など微塵も感じさせない様子で、グラスの中のストローをゆっくりとかき回しながらトリアを見つめている。その口角は上がったままだ。
再び扉が開き、サンティが躊躇いがちな足取りで入ってきた。彼女はトリアの背後に立ち、何も言わなかったが、その存在だけで自分がトリアの味方であることを示していた。
トリアは短く息を吐き出し、少し声を荒らげた。「思っているようなことじゃない? じゃあ、これは何なの? どうして嘘をついたのよ!」
「トリア、人前で騒ぎを起こすな」ハルランが冷たく言い放った。
周囲の客たちが二人を注目し始める。クラリッサは眉を上げ、優しげだが毒を含んだ声で言った。「あなたたち、まだ……続いてたの? あら、もう終わったものだと思ってたわ」
その言葉に、トリアは鋭くクラリッサを睨みつけた。「クラリッサ、やめろ――」ハルランが慌てて割って入る。
トリアは唾を飲み込んだ。感情の制御が効かなくなっていく。「どうして嘘をつかなきゃいけなかったの、ハルラン?」
「君には状況が分かっていないんだ」ハルランは苛立ちを隠そうともせずに答えた。
「だったら説明してよ!」
トリアの声がテーブルの静寂を切り裂いた。さらに多くの視線が彼らに注がれる。「トリア……あなた、過剰反応しすぎよ。ハルランはただ、古い友人と食事をしているだけ。落ち着きなさいな」クラリッサが追い打ちをかける。
その言葉は、トリアの心を深く抉った。無意識のうちに、体の脇で拳を握りしめる。「私はハルランと話してるの。あなたじゃない」
クラリッサは、まるで聞き分けのない子供を相手にするかのように深い溜息をついた。「ごめんなさいね。でも同じ女性として、同情しちゃうわ。こんな騒ぎまで起こさなきゃいけないなんて」
ドクンッ。
その言葉が胸に突き刺さる。トリアは半歩踏み出し、反射的に手が上がった。クラリッサを攻撃しようとしたその瞬間、ハルランが素早く立ち上がり、トリアの腕を強く掴んで制止した。
「いい加減にしろ、トリア! 恥をさらすつもりか!?」ハルランが怒鳴った。
トリアは呆然とした。愛する男に怒鳴られたのは、これが初めてだった。しかも、クラリッサの前で、大勢の他人の前で。クラリッサは満足げな表情でバッグを手に取った。「やだ、ハルラン……あなたのパートナー、感情的すぎるわ。私は巻き込まれたくない」
サンティはスカートの脇で拳を握りしめ、怒りに顎を震わせていた。クラリッサの振る舞いに反吐が出る思いだった。トリアはクラリッサの言葉を無視し、目の前に立つハルランをじっと見つめた。
「クラリッサはただの友達だ! 君が考えすぎなんだよ!」ハルランはさらに声を張り上げた。
ハルランの言葉は、トリアの心を粉々に打ち砕く打撃となった。自分を落ち着かせてくれるはずの愛する人が、あからさまにクラリッサの肩を持っている。その事実が信じられなかった。
クラリッサは小さな勝利を噛みしめるように、薄く微笑んだ。「大げさなのよ、トリア。男の人は愛してあげるものでしょう? 締め付けるんじゃなくて」
トリアは息を止め、涙を堪えようと必死だった。「ハルラン……どうして嘘をついたの?」
ドンッ!
「ちっ! こういうところ、本当に嫌なんだよ、トリア! 恥ずかしいと思わないのか!?」ハルランが激しくテーブルを叩いた。店内のすべての客の視線が、今や完全に彼らに集中している。
トリアは凍りついたように動けなくなった。「でも、ハルラン――」声が喉に詰まる。
「君は一体何なんだ、トリア!? どうしてここに来たんだよ!」ハルランが言葉を遮る。
クラリッサは席を立ち、ゆっくりと歩き去っていった。数人の客が彼女の背中を目で追う。去り際の最後の微笑みには、優越感と勝利の色が滲んでいた。
トリアはバッグの紐を強く握りしめた。「私は……ただ知りたかっただけ……だって、昨日の夜、私たちはあんなに――」彼女は言葉を飲み込んだ。これ以上言えば、さらに自分が傷つくだけだと気づいたからだ。
「はあ……トリア……。たまたま会ったから昼飯を食ってただけだ! それのどこが悪いんだ?」ハルランは深い溜息とともに吐き捨てた。
ついに、堪えていた涙が溢れ出した。トリアは手のひらで口を覆った。これ以上言葉を発すれば、ハルランをさらに怒らせてしまうのが怖かった。サンティが歩み寄り、トリアの肩を優しく叩いた。
ハルランはトリアに一度も視線を向けることなく、自分のジャケットを掴んだ。「話は後だ。そんな状態の君とは、話す気にもなれない」
彼はそのまま背を向け、店員に支払いを済ませると、震えながら周囲の好奇の目にさらされるトリアを置き去りにして店を出て行った。
「トリア……しっかりして」サンティの声も、親友の惨状に潤んでいた。
トリアは答えなかった。ただ立ち尽くし、激しく流れる涙に身を任せることしかできなかった。
ここまで読んでくれてありがとう。トリアのこれから、どうなるんでしょうね。みんなの感想聞かせてくれたら嬉しいです。ブックマークしてもらえると、更新が見逃せませんよ。




