表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第六章 違和感

 日曜日の昼下がり。

 尾長家の食卓には、四人分の昼食が並んでいた。特別なものではない。焼き魚と味噌汁、簡単な副菜。けれど、人数が増えただけで、いつもより少し賑やかに感じられた。

 小夜は、健介の隣に座っていた。

 それが、いつの間にか当たり前の配置になっていた。

「パパ、これ取って」

 小夜が箸を伸ばす。

「ああ」

 健介が皿を寄せる。

「ありがと」

 小夜はそう言って、ふっと笑う。

 愛美もすぐに真似をする。

「ぱぱ、これ!」

「はいはい」

 健介は苦笑しながら、二人の皿におかずを分ける。

「ほら、あーん」

 愛美に向かって箸を差し出すと、愛美は口を開ける。

「あーん」

 その横で、小夜も少しだけ身を寄せた。

「パパ、あーん」

 健介は特に気にする様子もなく、小夜にも同じように食べさせる。

 恵美は、その様子を向かい側から見ていた。

 別におかしなことをしているわけではない。子供が甘えているだけだ。そう思おうとする。

 けれど、胸の奥に、うまく言葉にできない小さな引っかかりが残る。

 昼食が終わると、健介が立ち上がった。

「洗い物、やっとくよ」

 恵美のお腹はだいぶ大きくなってきていた。立ちっぱなしの作業は、以前より負担が大きい。

「ありがとう」

 恵美が言うと、健介はそのままキッチンへ向かった。

 水の音が流れ始める。

 すると、小夜が立ち上がった。

「お手伝いする」

 そう言って、健介の隣に立つ。

「いいよ、座ってて」

「ううん。やる」

 小さな手で、洗い終わった皿を拭き始める。

「ありがとな」

 健介がそう言うと、小夜は嬉しそうに笑った。

 そのやり取りを、恵美は少し離れたところから見ていた。

 愛美はソファでうとうとし始めている。

 しばらくして、小夜が言った。

「……ちょっと、ねむい」

「眠いのか?」

「うん。ちょっとだけ、寝てきていい?」

「いいよ」

 健介は特に気にした様子もなく答えた。

 小夜は静かに立ち上がり、階段の方へ向かっていった。

 そのあと、愛美も完全に寝てしまった。

「寝ちゃった」

 恵美が抱き上げる。

「二階で寝かせてくるね」

「うん」

 健介は洗い物を続けながら、軽くうなずいた。

 恵美は、愛美を抱いたまま、ゆっくりと階段を上がる。

 二階の寝室に連れて行き、布団に寝かせる。愛美はすぐにすうすうと寝息を立て始めた。

 その時だった。

 廊下に出た瞬間、かすかに物音が聞こえた。

 健介の仕事部屋の方からだ。

 小さな気配。

 恵美は、無意識に足を止めた。

 ドアは、少しだけ開いている。

 そっと近づき、隙間から中を覗いた。

 布団の上に、小夜がいた。

 健介の枕を抱きしめて、うつ伏せになっている。顔を半分埋めるようにして、目を閉じている。

 健介の上着も、横に置いてあった。それを胸のあたりに引き寄せて、抱え込むようにしている。

 頬をすり寄せるように、何度も、何度も。

 小さく、甘えるような声が漏れていた。

「……パパ」

 囁くような声だった。

 恵美の胸の奥が、ぞくりとした。

 次の瞬間、勢いよくドアを開けていた。

「何やってるの!?」

 小夜がびくっと体を起こす。

 枕をぎゅっと抱いたまま、恵美の方を見る。

「……ねてただけ」

 その声は、ひどく落ち着いていた。

 恵美は思わず、枕を取り上げた。

「ここは、入っちゃダメって言ったでしょ!」

 小夜が、ぱっと手を伸ばして枕を取り返そうとする。

「やだ!」

 その声に、下から足音が響いた。

 健介が階段を駆け上がってくる。

「どうした!?」

 部屋の前に立つなり、状況を見て顔をしかめた。

「何してるんだ!」

 恵美は振り向いた。

「この子……貴方の布団に勝手に入って、枕抱いて……!」

 言葉がうまくまとまらない。

 ただ、胸の奥の嫌な感覚だけが膨らんでいく。

「それだけだろ?」

 健介は、あっさりと言った。

「え?」

「眠かったから、ちょっと寝てただけだろ」

 そう言って、小夜の方を見る。

「な?」

 小夜は、こくんとうなずいた。

「……うん」

 恵美は、言葉を失った。

「でも、この子……!」

「そんなに怒ることか?」

 健介の声が、少しだけ低くなる。

「子供が甘えてるだけだろ」

「でも……!」

 言い返そうとして、うまく言葉が出てこない。

 自分でも、なぜこんなに嫌なのか、説明ができなかった。

 ただ、健介の枕を抱きしめていた小夜の姿が、頭から離れない。

「お前……」

 健介が、ふっと息を吐いた。

「もしかして、嫉妬してるのか?」

 その言葉に、恵美の顔がこわばる。

「なに言ってるの」

「だって、そうだろ」

 次の瞬間、乾いた音が部屋に響いた。

 恵美の頬に、健介の手が当たっていた。

「お前、こんな小さな子に嫉妬してるのか?」

 低い声だった。

「娘と大して変わらない歳の子なんだぞ」

「……でも……!」

「愛美の時は何ともなかったのに、二人目なのにマタニティブルーか?」

 冷たく言い放つ。

「実家に帰って里帰り出産しろ。その方がいいだろ」

 恵美は、しばらく何も言えなかった。

 頬を押さえたまま、ただ立っている。

「……分かりました」

 やっと絞り出した声だった。

「愛美も連れて行きます」

「好きにしろ。ちょっと冷静になれ」

 健介は、それだけ言って部屋を出て行った。

 残された部屋で、小夜は静かに枕を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ