表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第三章 もう一つの居場所

 その日も、健介と愛美はいつもの公園に来ていた。

 日曜日の昼前。空はよく晴れていて、遊具の影がくっきりと地面に落ちている。砂場では愛美と小夜が並んでしゃがみ込み、黙々と何かを作っていた。

 もう、二人が一緒にいる光景はすっかり見慣れたものになっていた。

「ぱぱ、みて!おしろ!」

 愛美が得意げに声を上げる。小さなバケツをひっくり返して作った山の上に、枝を立てて旗のようにしている。

「すごいな、ちゃんと城になってる」

 健介がそう言うと、愛美は満足そうに笑い、小夜の方を見る。

「さよちゃんがつくったの」

「二人で作ったんだろ?」

 小夜は少し照れたように、砂をならしながら小さくうなずいた。

 初めて会った頃の遠慮がちな様子は、もうほとんどなかった。愛美の隣にいる時の小夜は、年相応の女の子の顔を見せるようになっていた。

 気がつけば、時計の針は正午を回っていた。

 腹の奥が少し鳴る。朝から外にいると、時間が過ぎるのは早い。

「そろそろ帰るか」

 健介が声をかけると、愛美は名残惜しそうに立ち上がった。

「おなかすいたー」

 小夜も立ち上がるが、そのまま何も言わずに砂場の道具を揃え始める。帰る支度をしているのだろう。

 健介は一瞬だけ迷った。

 小夜は、このあとどうするのだろう。

 家に帰って、誰かがいるのか。昼ご飯はどうするのか。そんなことが、ふと頭をよぎる。

「小夜ちゃん」

 声をかけると、小夜は振り向いた。

「お昼、もう食べた?」

 小夜は首を横に振った。

「まだ」

「じゃあさ」

 少しだけ言葉を選びながら、健介は続けた。

「うちで一緒に食べてく?」

 ほんの一瞬、小夜の目が大きく開いた。

「……いいの?」

「うん。今日は日曜日だし」

 愛美がすぐに飛びついた。

「さよちゃん、くるの!?」

「うん」

 小夜は、どこか信じられないような顔をしながら、小さくうなずいた。

 尾長家に、小夜が初めて来たのは、その日が最初だった。

 玄関に入ると、小夜はきちんと靴を揃えてから上がった。周りをきょろきょろと見回すこともなく、ただ静かに立っている。

「適当に座ってていいよ」

 健介がそう言うと、小夜は「はい」と答えて、リビングの端にそっと座った。

 昼食は、冷蔵庫にあったもので簡単に済ませた。焼きそばを作り、三人でテーブルを囲む。

 愛美は隣に小夜がいるのが嬉しくて仕方ないらしく、ずっと話しかけている。

「これ、おいしいよ!」

「うん」

「いっぱいたべて!」

「うん」

 小夜は小さく返事をしながら、箸を動かしていた。

 黙々と食べていたが、途中でふと顔を上げた。

「……おいしい」

 ぽつりと、そう言った。

 健介は「そっか」とだけ答えたが、その一言が妙に胸に残った。

 それがきっかけだったのかもしれない。

 それから、小夜が家に来ることが少しずつ増えていった。

 日曜日。公園で遊んだあと、そのまま昼食を一緒に食べる。そんな日が時々できるようになった。

 平日は、学校帰りに公園で愛美と遊び、夕方まで時間を過ごす。健介が仕事の合間に顔を出して、ジュースやお菓子を持って行くこともあった。

「これ、食べるか?」

「……いいの?」

「いいよ」

 差し出すと、小夜は少し遠慮してから受け取る。そして「ありがとうございます」と、必ず言った。

 その言葉が、七歳の子供にしては妙に丁寧に聞こえた。

 やがて、愛美の方から言い出すようになった。

「おうち、いこ?」

 公園で遊び疲れた帰り道、小夜の手を引いて歩く。

 健介も、もう止めることはなかった。

 リビングで二人が遊び始めると、家の中が一気に賑やかになる。おままごとをしたり、積み木を並べたり、テレビを見て笑ったり。

 愛美はまるで本当の姉妹のように、小夜の後を追いかけるようになっていた。

 恵美の休みの日には、事情が少し違った。

 最初に小夜を見た時、恵美は少しだけ驚いた顔をした。

「お友達?」

「うん。公園でよく遊ぶんだ」

 健介がそう説明すると、恵美は一瞬だけ考えるような表情を見せたが、すぐにやわらかく微笑んだ。

「そうなんだ。いらっしゃい」

 それからは、恵美も自然と二人の面倒を見るようになった。

「おやつ、食べる?」

 そう声をかけると、愛美が飛びつく。

「たべる!」

 小夜は少し遠慮しながらも、「いただきます」と言って手を伸ばす。

 恵美は、二人が並んで座っているのを見て、ふっと笑う。

「ほんとに仲いいね」

 その言葉に、小夜は何も言わず、ただ静かに笑った。

 気づけば、小夜が家にいる時間は、少しずつ長くなっていった。

 平日は公園で、土日は家で。

 それがいつの間にか、当たり前のような流れになっていた。

 尾長家のリビングに、もう一つ小さな居場所が増えていく。

 誰も、それを特別なことだとは思っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ