第三章 もう一つの居場所
その日も、健介と愛美はいつもの公園に来ていた。
日曜日の昼前。空はよく晴れていて、遊具の影がくっきりと地面に落ちている。砂場では愛美と小夜が並んでしゃがみ込み、黙々と何かを作っていた。
もう、二人が一緒にいる光景はすっかり見慣れたものになっていた。
「ぱぱ、みて!おしろ!」
愛美が得意げに声を上げる。小さなバケツをひっくり返して作った山の上に、枝を立てて旗のようにしている。
「すごいな、ちゃんと城になってる」
健介がそう言うと、愛美は満足そうに笑い、小夜の方を見る。
「さよちゃんがつくったの」
「二人で作ったんだろ?」
小夜は少し照れたように、砂をならしながら小さくうなずいた。
初めて会った頃の遠慮がちな様子は、もうほとんどなかった。愛美の隣にいる時の小夜は、年相応の女の子の顔を見せるようになっていた。
気がつけば、時計の針は正午を回っていた。
腹の奥が少し鳴る。朝から外にいると、時間が過ぎるのは早い。
「そろそろ帰るか」
健介が声をかけると、愛美は名残惜しそうに立ち上がった。
「おなかすいたー」
小夜も立ち上がるが、そのまま何も言わずに砂場の道具を揃え始める。帰る支度をしているのだろう。
健介は一瞬だけ迷った。
小夜は、このあとどうするのだろう。
家に帰って、誰かがいるのか。昼ご飯はどうするのか。そんなことが、ふと頭をよぎる。
「小夜ちゃん」
声をかけると、小夜は振り向いた。
「お昼、もう食べた?」
小夜は首を横に振った。
「まだ」
「じゃあさ」
少しだけ言葉を選びながら、健介は続けた。
「うちで一緒に食べてく?」
ほんの一瞬、小夜の目が大きく開いた。
「……いいの?」
「うん。今日は日曜日だし」
愛美がすぐに飛びついた。
「さよちゃん、くるの!?」
「うん」
小夜は、どこか信じられないような顔をしながら、小さくうなずいた。
尾長家に、小夜が初めて来たのは、その日が最初だった。
玄関に入ると、小夜はきちんと靴を揃えてから上がった。周りをきょろきょろと見回すこともなく、ただ静かに立っている。
「適当に座ってていいよ」
健介がそう言うと、小夜は「はい」と答えて、リビングの端にそっと座った。
昼食は、冷蔵庫にあったもので簡単に済ませた。焼きそばを作り、三人でテーブルを囲む。
愛美は隣に小夜がいるのが嬉しくて仕方ないらしく、ずっと話しかけている。
「これ、おいしいよ!」
「うん」
「いっぱいたべて!」
「うん」
小夜は小さく返事をしながら、箸を動かしていた。
黙々と食べていたが、途中でふと顔を上げた。
「……おいしい」
ぽつりと、そう言った。
健介は「そっか」とだけ答えたが、その一言が妙に胸に残った。
それがきっかけだったのかもしれない。
それから、小夜が家に来ることが少しずつ増えていった。
日曜日。公園で遊んだあと、そのまま昼食を一緒に食べる。そんな日が時々できるようになった。
平日は、学校帰りに公園で愛美と遊び、夕方まで時間を過ごす。健介が仕事の合間に顔を出して、ジュースやお菓子を持って行くこともあった。
「これ、食べるか?」
「……いいの?」
「いいよ」
差し出すと、小夜は少し遠慮してから受け取る。そして「ありがとうございます」と、必ず言った。
その言葉が、七歳の子供にしては妙に丁寧に聞こえた。
やがて、愛美の方から言い出すようになった。
「おうち、いこ?」
公園で遊び疲れた帰り道、小夜の手を引いて歩く。
健介も、もう止めることはなかった。
リビングで二人が遊び始めると、家の中が一気に賑やかになる。おままごとをしたり、積み木を並べたり、テレビを見て笑ったり。
愛美はまるで本当の姉妹のように、小夜の後を追いかけるようになっていた。
恵美の休みの日には、事情が少し違った。
最初に小夜を見た時、恵美は少しだけ驚いた顔をした。
「お友達?」
「うん。公園でよく遊ぶんだ」
健介がそう説明すると、恵美は一瞬だけ考えるような表情を見せたが、すぐにやわらかく微笑んだ。
「そうなんだ。いらっしゃい」
それからは、恵美も自然と二人の面倒を見るようになった。
「おやつ、食べる?」
そう声をかけると、愛美が飛びつく。
「たべる!」
小夜は少し遠慮しながらも、「いただきます」と言って手を伸ばす。
恵美は、二人が並んで座っているのを見て、ふっと笑う。
「ほんとに仲いいね」
その言葉に、小夜は何も言わず、ただ静かに笑った。
気づけば、小夜が家にいる時間は、少しずつ長くなっていった。
平日は公園で、土日は家で。
それがいつの間にか、当たり前のような流れになっていた。
尾長家のリビングに、もう一つ小さな居場所が増えていく。
誰も、それを特別なことだとは思っていなかった。




