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最後の柱

 空は澄み渡り、夕暮れを告げるように温かな橙色に染まっていた。

 ここがボーフォート領でなければ、それはどこにでもある穏やかな一日だっただろう。――もしも、その中心部で人類の命運を懸けた激戦が繰り広げられていなかったならば。


「――はぁっ!」


 空中から一気に距離を詰め、渾身の一撃を叩き込もうとした闇エルフの少女が叫ぶ。しかしその攻撃は、巨躯の男によって容易く受け止められ、逆に押し返されて吹き飛ばされてしまう。


「なんで真正面から殴りに行くんだよ、あの化け物に!? バカなのか!?」


 彼女の傍らで浮かんでいた、橙色の光を帯びた小さな光球が甲高い声で怒鳴った。


「うるさい!」


 短いやり取りの直後、男は二メートルを優に超えるその長身を活かし、闇エルフの少女へと一気に距離を詰めて襲いかかる。


「【ソウル・スピア】!」


 だが、男の攻撃が届くよりも先に、無数の魔力の槍が放たれ、彼の身体に直撃した。


「クリス!」


「距離を取れ! 俺たちが隙を作る!」


 魔導士の叫びに、闇エルフの少女――ティラは強く頷き、即座に後退する。


 しかし、男はわずかに後ずさっただけだった。巨体ゆえというだけでなく、極限まで鍛え上げられたその肉体は、物理攻撃のみならず魔法に対しても異常な耐久力を誇っている。

 そして何より――彼は人間ではない。


 名はカーヴァー・フォン・シュタイン。

 魔王軍最後の将にして、最強の柱。

 “破壊の拳”と称される悪魔である。


「今のは悪くない攻撃だった。だが、それだけでは足りん」


 低く、地の底から響くような声でカーヴァーは言った。


「……本当に硬いな、あいつ」


 クリスは思わず弱音を漏らす。


 次の瞬間、カーヴァーは近くにあった部屋の柱を引き抜き、そのままクリスへと投げつけた。


「【ジャッジメント・ブレイド】!」


 クリスは即座に反応し、マナで形成された刃を放って柱を真っ二つに切り裂く。

 だが、それは想定内だったかのように、カーヴァーは別の方向から巨大な岩を投擲していた。


「くそっ!」


「【セイクリッド・ブースト】!」


 遠くから少女の声が響く。対象の能力を強化する支援魔法――しかし、その魔法が向けられたのはクリスではなかった。


「――俺の番だな!」


 次の瞬間、クリスへと迫っていた岩は、まるで魔法でも使われたかのような正確さで真っ二つに断たれた。

 それを成したのは、一人の少年と、彼が振るう巨大な剣だった。


「ガリック! アウレリアの強化を活かして、ティラと一緒にカーヴァーを攻めろ!」


「礼の一言くらいあってもいいだろ。まったく、愛想のないガキだな」


 そうぼやきながらも、剣士の少年――ガリックは迷いなく戦場へと駆け出した。

 その飄々とした態度は人によっては苛立たせるものだったが、幼なじみであるクリスにとっては心強いものだった。ガリックがいれば、きっと大丈夫だと信じられたからだ。


 ガリックは間を置かず、激しい剣撃でカーヴァーへと斬りかかる。その卓越した剣技により、巨大な悪魔は一瞬、体勢を崩した。


「ダスト!」


 ティラが叫ぶと、光球が即座に応じる。


「任せろ!」


 周囲の岩を操り、ティラの拳を覆うように纏わせる。

 強化された拳が、カーヴァーの顔面へと叩き込まれた。


 その隙を逃さず、ガリックが剣を振るう。

 だが、闇エルフの渾身の一撃を受けたにもかかわらず、カーヴァーは即座に体勢を立て直し、剣をかわしてガリックの懐へと潜り込む。そして強烈な一撃を放った。


 ガリックは辛うじて剣で防御し、そのまま壁へと吹き飛ばされる。

 幸いにも、アウレリアの強化によってダメージは大きく軽減されていた。


「ガリック!」


 ティラが叫ぶ。しかし、その一瞬の隙をカーヴァーは見逃さず、蹴りで距離を取ろうとする。


「【プロテクション】!」


 アウレリアの詠唱が間に合い、神聖魔法のドームが展開され、ティラを守りきった。


 舌打ちするように、カーヴァーは苛立ちを露わにする。

 相手の連携は見事で、ほとんど攻める隙を与えてこない。


 ならば――と、カーヴァーは自ら道を切り開く。


 床を全力で叩きつけると、轟音とともに巨大な亀裂が走り、局地的な地震が発生した。

 その揺れは、パーティ全体の体勢を大きく崩すほどだった。


 隙が生まれた瞬間、カーヴァーは地面からさらに巨大な岩を掴み取り、後衛であるアウレリアへと投げつける。

 支援役を潰せば、防御魔法は脅威ではなくなる。


「【ジャッジメント・カット】!」


 クリスは必死に反応し、岩へと魔法を放つ。しかし揺れの影響で狙いは完璧とはいかず、それでも岩を大きく削り取ることには成功した。

 致命傷は免れたものの、アウレリアはそのまま意識を失ってしまう。


 攻撃が通ったことに、カーヴァーは満足げな表情を見せた。

 だが、その背後からガリックが迫る。


 紙一重で攻撃をかわされるも、二撃目の瞬間、ティラが背後から悪魔を殴りつける。

 生まれた大きな隙を逃さず、ガリックの剣がカーヴァーの胸を深く切り裂いた。


「ぐっ……!」


 痛みに顔を歪め、カーヴァーは二人を殴り飛ばして距離を取る。

 傷が灼けるように痛むのは、斬撃そのものだけが原因ではない。


 ガリックの剣――それは聖剣。

 刃に宿る神聖属性の魔力は、悪魔にとって致命的な毒だった。


 カーヴァーは一度、大きく息を吐き、対峙する一行を見据える。


「見事な連携、十分な攻撃力、そして一流の防御魔法を使う聖女……なるほどな。仲間たちが倒された理由も分かる」


 敬意すら感じさせる声音でそう告げ、次の瞬間、声を荒げた。


「――だが、それでも通すわけにはいかん!」


 再び床を叩きつけるが、今度はティラとガリックが同時に跳躍し、迎撃に出る。

 岩に覆われたティラの拳と、ガリックの剣が同時に迫る。


 カーヴァーは致命傷になりかねない剣撃を避け、ティラの攻撃を拳で受け止めた。

 激しい衝撃。しかし、地属性魔法を上回る純粋な怪力で押し勝ち、即座に反撃する。


 ティラはかろうじて防御するも、地面に叩きつけられ、その場に倒れ伏した。


「ティラ!」


「だ、だいじょうぶ……」


 だが、しばらくは動けそうにない。


 カーヴァーは標的をガリック一人に絞った。


「若きクリスよ、勇者を助けるんだ!」


 ダストの叫びに、クリスは無言で頷く。


 再び交戦が始まると、カーヴァーはその体格と怪力でガリックを圧倒し、聖剣を振るう隙を一切与えなかった。


 クリスは歯を食いしばり、戦況を見つめ続ける。

 ――何か、突破口はないのか。


「……っ」


 その時。


 倒れていたアウレリアが、わずかに身じろぎし、意識を取り戻し始めた。


 それを見た瞬間、クリスの瞳が輝いた。

 立ち上がろうとするティラへと視線を送り、何かを小さく呟く。


 その口元には、どこか不敵な笑みが浮かんでいた。


「――見つけた。」


***


 ガリックとカーヴァーの戦いは、明らかに正念場を迎えていた。

 ガリックは何度か斬撃を与えることには成功していたものの、そのどれもが浅く、痛みもカーヴァーを止めるには到底足りない。底知れぬ耐久力を誇る――まさに化け物だった。


 アウレリアによる強化の効果も、とっくに切れている。

 そのためガリックは完全に追い詰められていた。


 圧倒的な力の差に、焦りが胸を締め付ける。

 それでも、彼は剣を振るうことをやめなかった。


 ――まだ、あいつは倒れていない。


 幼なじみである親友が、まだ立っている。

 その事実こそが、ガリックを突き動かす原動力だった。


 そして――その信念に応えるかのように。


 二人の傍らで、眩い緑色の光が輝き始めた。

 それは、魔力を限界まで高めたクリスの姿だった。


「ガリック! 隙が必要だ!」


「任せろぉぉっ!」


 ガリックは咆哮とともに応え、防御を完全に捨て、攻撃にすべてを注ぎ込む。


 その変化に、カーヴァーはわずかに体勢を崩した。

 先ほどまで追い詰められていた戦士が、仲間の存在だけでここまで力を引き出す――その事実に、悪魔は驚きを覚える。


 そこにあったのは、疑いの余地のない信頼。

 親友が、この戦局をひっくり返してくれるという、揺るぎない確信だった。


 カーヴァーは、その光景に思わず笑みを浮かべる。

 胸を打たれるような感情とともに、かつて共に戦った仲間たち――他の魔将たちとの日々が脳裏をよぎった。


 だからこそ。


 だからこそ、彼は退けなかった。

 仲間を討った者たちに、すべてを出し切らずに倒れるわけにはいかない。


 カーヴァーは再び、ガリックへと猛攻を仕掛ける。

 斬撃と打撃が交錯し、二人の身体には次々と傷が刻まれていった。


 防御など考えない。

 ただ純粋に、どちらがより強いか――それだけを証明するための殴り合いだった。


「【ソウル・スピア】!」


 緑色に輝く巨大な魔力の槍が放たれる。


 カーヴァーは常にクリスの存在を意識していたため、瞬時にガリックを押し返し、わずかな猶予を作り出す。


「――はぁっ!」


 その一瞬を使って、槍をかわそうとする。


 だが――


 その目論見は、崩れ去った。


 ようやく立ち上がったティラが、残された力のすべてを振り絞り、岩に覆われた拳でカーヴァーの背中を殴りつけたのだ。


 一瞬。

 ほんの一瞬の隙。


 だが、それで十分だった。


 魔力の槍は正確に、ガリックが先ほど刻んだ胸の傷へと突き刺さる。


 ――耐えられる。


 カーヴァーはそう信じた。

 自分の肉体は、あらゆる攻撃に耐えてきたのだから。


 しかし。


 次の瞬間、胸の内側から、灼けるような激痛が走った。


「……な、に……?」


 カーヴァーは混乱し、クリスを見据える。

 そして、その背後に隠れるように立つアウレリアの姿を捉えた瞬間――すべてを悟った。


 “啓示者イルミネイテッド”であるアウレリアの能力。

 それは、あらゆる攻撃に一時的に聖属性を付与する力。


 クリスは隙を必要としていた。

 そのため、まずはガリックに託し、それでも足りない場合に備えてティラを切り札として残していた。


 そして、アウレリアを自分の背後に隠し、攻撃に密かに聖属性を付与させる。

 同時に、大技の準備でカーヴァーの注意を引き、ティラの存在を意識させない。


 それが、クリスの役割。


 ――ただの才能ある魔導士ではない。

 彼は、このパーティの戦略家だった。


 ガリックは、クリスの攻撃によって防御不能となったカーヴァーを見逃さない。


「うおおおおっ!!」


 渾身の一撃が、背中を深く切り裂いた。


 カーヴァーの身体は大きく揺らぎ、そのまま地に崩れ落ちる。

 意識を失い、完全に戦闘不能となった。


 こうして――

 聖剣の勇者と、その仲間たちは勝利を掴み取ったのだった。


***


「なんでだよ!? あいつ、どうしてまだ生きてるの!?」


 ティラが声を荒げる。


「報告書は嘘じゃなかったってことだな……相当、頑丈だ」


 そう言いながら、クリスはカーヴァーのもとへと歩み寄り、手にした首輪を見下ろした。


 それは抑制用の首輪。

 装着された者の身体能力と魔力を、ほぼゼロにまで低下させる特殊な魔導具だ。

 王国随一の天才によって開発され、強大な力を持つ囚人を拘束するために用いられるものだった。


「ちょっと待て、クリス! 隙を作る役は俺じゃなかったのか!? 最初からティラだったのかよ!?」


「えへへ……ついに私のほうが一歩先を行っちゃったみたいね。

 もしかして、次は私が勇者になるべきなんじゃない?」


「そ、そんなことありません! 勇者様は、今回も本当に素晴らしい戦いぶりでした!」

 アウレリアは慌ててそう言い、ガリックを励まそうとする。


「お前が勇者だと? あんな原始的な攻撃でか?

 少しは頭を使って戦え、このお転婆エルフ!」


 ダストの辛辣な言葉に、ティラの表情は満足げなものから一気に不機嫌なものへと変わった。


「これが私の戦い方なの! 文句言わないで!」


 口論を続ける二人を、クリスは黙って眺めていたが、やがて小さく笑みを浮かべる。

 そして、手のひらに小さな魔法陣を展開すると、それを天井へと撃ち放った。


 魔法は空へと突き抜け、やがて夜空で弾ける。

 鮮やかな緑色の光が広がった。


 ――任務成功の合図だった。


「さて、これで終わりだ。あとは軍が来るのを待って、カーヴァーを引き渡そう」


 そう言ったクリスは、次の瞬間、表情を引き締める。


「……次は、魔王だ。備えないとな」


 カーヴァー・フォン・シュタイン。

 彼は、魔王軍を支える“四本の柱”の最後の一人だった。


 その全員を倒したことで、国は解放された。

 しかし、それですべてが終わったわけではない。


 人類への侵攻を企てた張本人――

 魔族領の奥深くに君臨する、魔王がまだ残っている。


 やがて王国軍が到着し、カーヴァーは拘束された。

 英雄たちは、ようやく戦場を後にし、束の間の休息へと向かう。


 ――聖剣の勇者一行。


 怪力と卓越した戦闘技術を誇る闇エルフ、ティラ。

 彼女と契約を結ぶ地の精霊、ダスト。

 神聖魔法を操る聖女にして支援役のアウレリア。

 才知に長けた魔導士であり、戦略家のクリス。

 そして、聖剣を携える勇者、ガリック。


 人類の滅亡を食い止める、選ばれし戦士たち。


 彼らはまた一つ、大きな障害を乗り越えた。

 だが――


 その先には、最も重要で、最も過酷な試練が待ち受けていた。

「はじめまして!

 私の名前はサンガーDKです。サンガーと呼んでください。これが、こちらでの初めての作品になります。


 まず最初に、この小説の日本語翻訳にあたり、人工知能を使用したことをご報告させてください。その点については、あらかじめお詫びいたします。


 それでも、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

 なお、ここまでの内容は物語の本編というより、いわばエピローグのような位置づけになります。本編は次の章から始まり、その章は二部構成となる予定です(原文があまりにも長くて……えへへ)。


 ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

 何か至らない点があった場合でも、あるいは気に入っていただけた場合でも、ぜひ感想を聞かせてください。


 それでは――

 サンガー、退出します!」

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