たとえそれが、別れだったとしても。
「悠介……?来てくれたの?」
「……。なぁ浩介。俺は、俺は幸せだったよ。ずっとずっと、この気持ちは変わらない。いつまでも、浩介の事が大好きだ。」
「悠介?」
「もう会えない、もう一緒にはいられない。でも、俺はずっと好きだ。生涯、この気持ちは変わらない事を、誓うよ。」
「……?」
「だから、幸せになってくれ。悠治と、皆と、幸せになってくれ。それが、俺の最期の願いだ。」
「最期って……、どういう事?」
「……。」
「んぅ……。」
「ん……。」
「浩にぃ……!浩にぃ……!」
「悠治……?あれ、僕……。」
目を覚ますと、悠治が飛びついて泣いている。
横には良太もいて、良太も泣いていた。
確か、心臓が急に苦しくなって意識を失ったはずだった、と浩介は思い出し、今の感覚が少し違う事に気づく。
「悠介は?来てくれたの?」
「……。浩にぃ、悠にぃは……。」
「……。浩兄さん、悠兄さんの事、忘れないであげてね……?悠兄さんは、浩兄さんが生きてる限り、ずっと傍にいてくれるから……。」
「……?」
「あ、浩介君目が覚めた?さて、どっから説明したもんかな……。」
「あ、健也君。」
悠治と良太が意味深な事を言っていると、健也が入ってくる。
もう浩介が目を覚ました頃だろう、と麻酔の切れた時間を狙ってきたら、丁度だった、と言いながら、健也は看護師として、説明責任を果たそうとする。
「浩介君。浩介君は、心臓移植をしたんだよ。ドナーが見つかって、それで治ったんだ。まだリハビリとかがあるから退院は先だけど、それでも、治ったんだよ。」
「心臓移植?って事は、誰か亡くなっちゃったんだ……。その人は、どんな人だったか、聞いても良いの?」
「……、浩介君、悠介君はね、自分が死んだ後、心臓をドナーに回す様にって、保険証に丸を付けてたんだ。その結果、浩介君は心臓が治った。……。悠介君は、亡くなったよ。」
「ゆう……、すけが……?」
一瞬理解出来なかった、健也の言葉が。
理解出来た瞬間、涙と共に、自分が見たのは夢じゃなかったのだろうと、自然と理解する。
「悠介ね……、会いに来てくれたんだ……。最期にって、幸せになってねって……。でも、僕……。」
「浩にぃ……。」
「悠介……。ありがとう、僕を助けてくれて……。きっと、幸せになるからね……。」
「浩にぃ?」
「ううん、独り言。健也君、悠介の葬儀がまだだったら、それだけ出る為に病院を出てもいいかな?悠介が死んじゃってから、どれ位経ったの?」
「えっとね。一昨日だったはずだよ?悠治君、ご葬儀はもう終わっちゃった?」
浩介が、何処か納得した様な声を出す。
悠治は、そう言えばまだ遺体を引き取ってからの事をしていない、と思い出す。
「葬儀はこれからだよ、浩にぃ。健也さん、僕からもお願いします、浩にぃに、最期のお別れをさせてあげて欲しいんです。」
「うーん……。じゃあ、俺も良い?後、瀬川先輩も。それが良いって言ってくれたら、先生に掛け合ってみるよ。」
「え?どうして?」
「俺達だって、二人の事ずっと応援してたんだよ?看護師としては失格かもしれなけど、そんな人のご葬儀には出てあげたいじゃない?瀬川先輩も、出来る事なら出たいって言ってたんだ。それに、看護師が同行した方が、何かあった時に安心でしょ?」
「ありがとう、健也君……。勿論、大丈夫だよ。」
「じゃあ、先生に話してくるね。」
そう言うと、健也は浩介が目を覚ました事も含めて報告をしに病室を出た。
「浩兄さん、苦しくないの?」
「苦しいし、寂しいし、悲しい。でも、悠介ちゃんと、最期に会いに来てくれたんだ。だから……。だから、僕もちゃんと、悠介を見送ってあげたい。」
「さっきも言ってた、会いに来てた、ってどういう事?」
「眠っている間にね、悠介に会ったんだ。多分、悠介が最期に会いに来てくれたんだって、そう思うんだ。夢なんかじゃない、きっと、悠介が会いに来てくれた。僕との約束を、ちゃんと守ってくれた。だから、僕も。」
最期まで見送りたい、それは我儘かもしれない。
心臓移植という手術をした直後の人間が、病院を出て外に行こうとしているのだから、それは我儘と言えてしまうだろう。
しかし、浩介は。
浩介は、最期まで見送ってあげたい、と切に願っていた。
「浩にぃ……、ずるいよ……。浩にぃがそう言ったら、僕だって泣いてらんないよ……。」
「ううん。泣いていいんだよ。僕だって泣いてる、辛くて仕方がないよ。でもさ……。でもさ、それがせめて、出来る恩返しなんじゃないかなって、そう思うんだ。悠治、良太、少し独りにしてもらってもいい?」
「うん、わかった。悠治、行こう?」
「何かあったら、すぐに呼んでね……?」
「わかった。」
良太に手を引かれ、悠治が病室から出て行く。
静かになった病室で、浩介は独り、心臓の鼓動を確かめていた。
「悠介の分まで、悠介の幸せの分も、僕達がきっと、幸せだって生きられる様に。だから、悠介……。ずっと、見守っててね……?」
胸に手を当て、涙を流しながら、浩介は誓う。
幸せになる事、それが悠介に報いる、唯一の方法だと信じて。
「お世話になりました、飯田さんにも伝えて貰って良いですか?」
「えぇ。また通院で会うのでしょうけど、浩介君がいなくなっちゃうのは寂しいわね。いいえ、嬉しい事なのよ。でも……。悠介君の事は、残念だったわね。」
「送っていただいてありがとうございました、これからも、よろしくお願いします。」
悠介の葬儀から一か月、浩介は順調に回復し、退院する事になった。
悠介の家族は、葬儀にも来なかった、遺産相続の為に悠治が顔を出した時も、あのバカには大した遺産もないだろう、とあっさり相続放棄をした。
家族の絆、なんてものは信じていない、というより、浩介と悠治も、家族とは縁を切った身だ。
むしろ、揉める事が無くて良かった、程度の認識だった。
「これから先、お仕事はどうするの?」
「……。悠介の跡を継ぎたいと思ってます。悠治には良太がついてくれてますし、今度は僕が、悠介に景色を届けなきゃって、思うんです。」
「定期的に通院が必要だから、それだけは忘れない様にね?」
「わかってます。少し旅に出て、帰ってきてを繰り返すつもりです。」
悠介の使っていた、悠介の祖父が遺したカメラは、幸か不幸か傷一つ付かずに無事だった。
きっと、悠介が遺したかったのだろう、そのカメラを、浩介は受け継ぐ事にした。
「それじゃ、また今度会いましょう。ホントに、浩介君が完治して、良かったわ。きっと、悠介君も喜んでるわよ。胸を張って生きなさい、いつかまた会えた時に、幸せだったって笑って言えるように、ね。」
「はい、本当にありがとうございました。」
浩介はそう言うと、タクシーに乗って病院を去った。
「ホントに、あの子達は……。」
瀬川はそれを見送ると、さて仕事に戻るか、と気を入れなおして、院内に戻った。
「ただいま。」
「浩にぃ、お帰り。」
「浩兄さん、お帰りなさい。」
秋がだいぶ深まってきて、気温も涼しいか少し寒いか位にはなってきた。
浩介が帰ってくると、悠治と良太が二人で待っていてくれた。
「良太、この前の話、考えてくれた?」
「うん。これから、お世話になります。」
浩介が、旅に出ようと思って最初にしたのは、良太の説得だった。
悠治を独り置いていくのは嫌だった、しかし良太と引き離すのは悲しい、と。
良太に対し、家に一緒に住んで欲しい、とお願いしたのだ。
まだ付き合い自体は初めて二か月も経っていないが、同僚として六年近く一緒にいた良太なら、信頼出来るから、と。
良太は、まだ付き合いの浅い自分に任せるのは不安じゃないだろうか、と考えていたが、答えを出した様子だ。
「とりあえずさ、今日はお祝いしようよ。浩にぃの退院祝い、お蕎麦屋さんの女将さん達が待ってるよ?」
「うん、行こっか。」
蕎麦屋の女将達も、悠介の訃報を聞いて、葬儀に顔を出してくれた。
健也や瀬川、飯田といった看護師や、悠介の高校の同期や中学の同級生、友達、色々な人達が、悠介を見送ってくれた。
その礼をして回ってから、浩介は旅に出ようと考えていた、今日はその第一回目だ。
「綺麗だね、悠介。」
一か月のリハビリで、だいぶ体力は戻ってきた、そもそもが野球部だった浩介は、体力には自信があった。
今日は富士山の山頂にて朝を迎えて、慣れない手つきでカメラを構えながら、浩介は独り呟いた。
だから僕は、旅をする。
ポケットに詰め込んだ憧憬を、忘れない為にも。




