表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポケットに詰め込んだ憧憬  作者: 悠介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

終わりの刻は突然に来る

「ふあぁ……。」

「悠治、おはよう。」

「おはよう、良太。」

 今日は日曜日、あれから良太は悠治の所に泊まり、一夜が過ぎた。

 昨日の様なぎこちなさもなく、お互いに普通にしているというべきか、素でいる様子だ。

「今日も浩兄さんの所に顔出しに行く?」

「うん、良太はどうする?」

「一緒に行こうかな。浩兄さんに、早く覚えてもらいたいし。」

 朝食のトーストとウィンナーを食べながら、二人はまた浩介に会いに行こうと話をする。

 悠治は、あまり浩介に構ってばかりなのも、良太に悪いかもしれない、と思っていたが、良太自身それを負担には感じていない様だ。

 会えるのが楽しみだね、と笑いながら、トーストを頬張っている。

 悠治はホッと息をつきながら、今日は何を差し入れにもっていこうか、と考え始めた。


「浩にぃ、おはよう。」

「浩兄さん、おはようございます。」

「二人ともおはよう。ありがとう、昨日も来てくれたのに。」

 朝九時過ぎ、病室を訪れた二人を、浩介がニコニコと笑って迎える。

 まだ九月は半ば、残暑が猛威を振るっている中、二人は汗を拭いながら、浩介に挨拶した。

「浩兄さん、って嬉しいなぁ。ありがとう、良太君。」

「良太、って呼んでください!」

「わかったよ、良太。あ、僕には敬語使わなくて大丈夫だよ?堅苦しいのは、あんまり好きじゃないんだ。」

「は……、うん、わかった。浩兄さん、今日は体調はどう?って、会ったばっかりの僕が聞くのも変かな?」

「梨、持ってきたけど食べる?」

「うん、食べる。ありがとう。」

 家を出る前に剥いておいた梨を渡すと、浩介は嬉しそうにニコニコ笑いながらそれを食べる。

 病院食だけでは物足りないのだろう、中々の勢いで食べているが、それがまたほほえましいと良太は感じた。

「なんだか、悠兄さんが浩兄さんを好きになった理由、ってわかる気がする。」

「そう?悠介って、あんまり自分の感情を表に出さないからさ、僕もよくわかってない所があるんだよね。」

「わかるよ。だって、会って二日の僕でも、浩兄さんって素敵だなって思うもん。悠治の事好きじゃなかったら、出会う順番が違ったら、多分好きになってたんじゃないか!って思う位だよ?」

「浩にぃは可愛いもんね。優しいし、誰とでも打ち解けられるし、仕草がお茶目なんだよね。」

「悠治、恥ずかしいよ……。」

 悠介が浩介を好きな理由、は浩介自身聞いた事が無かった。

 恥ずかしい事だと思っていたし、悠介は本心を語りたがらないタイプだから、無理に聞くのも間違いだと思っていた。

 しかし、良太の言葉を聞いていると、何故かそれを聞く気になってくる。

 何故悠介が自分を好きでいてくれるのか、少し怖くて蓋をしていたその疑問を、そろそろ時はなってもいいのではないか、と。

 そんな事を、浩介は顔を赤らめながら考える。

「浩にぃは素敵な人だよ、僕も弟じゃなかったら惚れこんでたと思う。自信を持っていいんだよ、浩にぃ。」

「そっか……。二人がそう言ってくれるのなら、そうなのかもね。」

「そうだよ!浩兄さん、素敵な人だもん!きっと悠兄さんも、言ってくれないだけで、いっぱい好きな所があるんだと思うよ?」

 悠介は語りたがらない、それは何故なのか。

 それさえ聞いた事が無かった浩介からしたら、それは一筋の光明の様なものだった。

 良太の言葉には、何処か説得力があると言えば良いのだろうか、真剣な眼差しでそういうものだから、信じてもいいと思わせてくれる何かがあるのだろう。

「聞いてみようかな、僕の事好きでいてくれる理由。」

「それが良いよ!きっと、いっぱいあるって!」

 梨を食べながら、浩介はドキドキする。

 まるで、付き合いたての頃の様に、それとも少し違う様に。

 聞くのは緊張するな、と笑いながら照れている。

「浩介君、おはよー。ってあれ、悠治君じゃん!お隣にいるのは例の恋人君かな?」

「あ、健也君、おはよう。うん、悠治の恋人の良太。僕、一人弟が増えちゃったよ。」

「初めまして良太君、看護師の前野健也です。健也って呼んでくれると嬉しいな。」

「初めまして!悠治とお付き合いさせてもらってる、前田良太です!」

「元気だねぇ、若いって良いなぁ。」

「健也君だって、僕達と変わらない歳でしょ?」

 良太が健也に挨拶をすると、その元気の良さに健也は少し驚きつつ、しかし嬉しそうだ。

 浩介が突っ込みを入れると、まあそうなんだけどさ、と笑いながら、健也は話を続ける。

「ほら、こういう所ってさ、暗い方が多いじゃん?だから、こんなに元気な子って、久々に見たんだよ。俺自身、ちょっと年齢上だからさ、若いなぁって思うんだ。」

「そう、ですか?僕、子供っぽいとは言われますけど……。」

「若いって事だよ、それだけね。良いじゃない?若くいられる時間って、意外に少ないもんだよ?」

 健也は、特別用事があって来たわけではなく、ただ単に良太の顔を見に来ただけらしい。

 検査なら検査と話をするだろうし、それがないという事は、特段用事はないという事になる。

「うん、君達は可愛いな。浩介君が認めるだけあって、優しそうだし。悠治君、良かったね。」

「あはは……。ありがとうございます、健也さん。いつも、浩にぃがお世話になってます。」

「いえいえ、仕事だからね。それに、浩介君とは仲良くさせてもらってるから。こちらこそ、お世話になってますだよ。」

 浩介と健也の関係を、悠治は知らなかった。

 しかし、前野さんと呼んでいたのが、いつの間にか健也君と名前呼びになっていた、浩介のどこででも友達を作るコミュニケーション能力というのは、健在なのだろうと考える。

「ホントに、浩にぃには敵わないや。」

「どうして?」

「どこでも友達作れるって、才能だよ?コミュ力お化けって言うか、誰とでも仲良くなれるって、凄い事なんだよ?」

「そうかな?僕は一緒にいて楽しい人と仲良くなりたいだけなんだけどなぁ。」

「それが出来ちゃうのが、凄いって事でしょ?悠治君が言いたいのって。確かに、瀬川先輩とも仲良いし、飯田先輩も浩介君の事よく気にかけてるし、人を惹きつける魅力があるんじゃない?」

 健也は、そう言えばナースステーションでも浩介の話題はよく上がるな、と思い出す。

 瀬川は自分の子供を見ている様だ、と言っていたし、飯田も浩介の事は心配だ、と言っていた。

 看護師としてはきちんとしている、患者に差をつけて接している訳でもないのだが、誰にとっても、浩介は少し特別な様だ。

 気に掛けたくなる何かがある、というのは、浩介の持っている魅力なのだろう。

「健也君、気になってる人とかいないの?」

「うーん、今はいないかなぁ。それより、皆の事を応援したいんだ。だって、こんな素敵な人達に出会えたんだよ?応援したいじゃない?」

「そうなのかなぁ。僕は、健也君にも良い人が見つかればなぁって思ってるよ?健也君、良い人だもん。きっと瀬川さんとかも、早く誰か見つけろ!って思ってるんじゃない?」

「言われてるよー?早く結婚して相手紹介しろ!って。瀬川先輩、ちょっと御節介じゃない?だから、俺の事まで面倒見ようとしてくれてるんじゃないかなぁ。」

「それだけ、健也君が良い人って事だよ。」

 そうなのかな?と言いながら健也は笑い、相手見つからないかなーとぼやいている。

 そんな健也の様子が面白かったのか、浩介達はくすくすと笑っていて、健也はほんのりと頬を赤く染める。

「浩にぃ、電話鳴ってない?」

「え?あ、悠介からだ。」

「出なよ、悠にぃの声、聴きたい。」

「うん。」

 ベッドのサイドに置いていたスマホが振動し、悠介からの着信が来る。

 浩介はスマホを手に取ると、スピーカーにして通話を開した。


「もしもーし、浩介―。」

「悠介、おはよう。」

「おはよ、浩介。調子どうだ?」

「今日も調子は良いよ、今丁度悠治と良太が来てくれてて、ついでに健也君もいるよ?」

 およ、電話するタイミングミスったかな。

「じゃあ、後でかけなおすか?」

「悠にぃ、寂しいこと言わないでよ?」

「お、悠治。って事は、スピーカーにしてるな?」

「うん、駄目だった?」

「いいや、大丈夫だよ。悠治、良太君、健也君、おはよう。」

 電話を聞かれるって言うのは、慣れてないからちょっとぎこちなくなりそうな気もするけど、まあ見知った面々というか、話した事はある人達だし、大丈夫かな?

「悠介さん、おはようございます。」

「悠兄さん、おはようございます!」

「悠兄さんって、また弟が増えたな?嬉しいこったな、こりゃ。健也君は仕事中じゃないのか?」

「ちょっとサボってて、今浩介君と話してましたよー。」

 サボるのは良くないな、と思いつつ、浩介に構ってくれてるのは有難い。

 でも、いつもの浩介だったら電話に出なそうというか、控えそうなもんだけどな?

「ねぇ悠介。聞きたい事があるんだけど、良い?」

「なんだ?」

「悠介はさ、なんで僕とずっとお付き合いしてくれてるの?高校生の頃に僕から告白したけどさ、ずっと一緒にいてくれてるよね。でも、僕の事好きって言ってくれるけどさ、何が好きなのか、って教えて貰わなかったなって。」

「えーっと……。それ、皆が聞いてる前で聞く?」

 そう言えば話した事が無かったっけ。

 ってそれよりも、これは誰かに唆されたなって気づいて、顔が熱くなる。

 公開処刑、ってわけでもないけど、皆が聞いてる前でそれを始めて話す事になるなんて、って。

「えーっと、そのな……。」

「教えて欲しいな、悠介が僕と付き合ってくれてる理由。」

「……。単純な事だぞ?」

「うん、それでもいい。」

 これはいよいよ、話すしかないか。

 俺は覚悟を決めて、腹をくくって言葉を口にする。

「覚えてるかどうかはわかんないけどさ、中学生の頃、浩介に言われた事をずっと覚えてたんだ。それがきっかけで好きになって、浩介から告白してくれたのが嬉しくてさ。救われた気がした、って言えば良いんかな、浩介の言葉に、俺は助けられたんだよ。」

「うーん、僕何か言ってた?」

「きっと、いつか前を向いて歩けるよ。ばあちゃんが死んじゃった時、むっちゃ落ち込んでた時にさ、浩介が頭撫でながら言ってくれたんだよ。俺、その言葉に救われてさ、それ以来、ずっと浩介の事、好きだったんだ。両想いだって知って、踊るくらい喜んだんだぞ?」

 それは、ばあちゃんの葬式が終わって、次の登校日の話だ。

 暗い顔をしてた俺に浩介が話しかけてきて、ばあちゃんが死んじゃった事を話したら、頭を撫でてくれて、そう言ってくれた。

 俺はそれが忘れられない、忘れたくない、って思ってて、それ以来ずっと浩介の事が好きだった。

 でも、浩介にも自分の人生があるだろうし、何よりこんな特殊ケースの中で生きてる奴に告られても迷惑だろうな、って思ってたから、ずっと黙ってるつもりだったんだ。

 でも、浩介が高校一年の時に告白してくれた、それ以来、俺はずっと浩介に感謝してる。

「おばあちゃんが死んじゃった時、ホントに悠介まで死んじゃいそうな顔してたもん。だから、僕はそう言ったんじゃないかなぁ。」

「それだとしても、だよ。それが嬉しくて、どうしようもなく救われて、好きになったんだ。今でも、感謝してるよ。」

 皆が聞いてる前で話すのは、少し恥ずかしい。

 でも、想いを伝えてないままでいるのも、なんか違うなって思ったから、俺は正直な言葉を話す。

「悠介さん、律儀なんですね。俺だったら、その言葉一つでここまで出来ないですよ?」

「健也君……。あはは、それだけじゃないんだけど、それは俺だけの秘密って事で。まあ、好きでいる理由なんて、そんなもんで良いのかもしれない、とは思ってるけどな。浩介を好きな理由なんて、上げ始めたらきりがないよ。」

「えー、聞きたいなぁ。悠にぃ、教えてよ!」

「ハズいからパスで、浩介にはそのうち伝えるよ。覚悟が出来たら、だけどな。」

 これ以上は、顔から火が出そうになるからダメだ。

 と言いつつ、でも浩介にはちゃんと伝えておかないとなって、改めて思った。

 いつだれが死んでもおかしくない、そんな中で、想いを伝えられないって言うのは、悲しいから。

 じいちゃんもそうだった、生前はあんまり語らない人で、本心がどこにあるかわからなかくて。

 死んじゃった後に、遺書で色々伝えたい事があったんだって、そう書いてあって、それは今でも大事に残してある。

 ばあちゃんは、逆に何でもかんでも言葉にするタイプの人で、でもやっぱりじいちゃんの顔を立てて一歩後ろにいて、って言う感じだったな。

「健也君、俺にも敬語使わなくていいよ?良太も、俺の事も兄貴だと思ってくれて構わないよ。嬉しいから。」

「はーい!じゃあ、悠介君って呼ぶね!それじゃ、俺はサボってるのがばれたら先輩達に怒られるから、ここらへんで!」

「はい、お仕事頑張って。」

 はーい、って声が遠のいて、健也君は仕事に戻ったみたいだ。

 残った悠治と良太は、静かに笑いながら俺達の話を聞きたがってるっぽい。

「悠介はさ、おじいちゃんによく似てるから、あんまり話したがらないと思ってたんだ。でも、聞けて良かった。僕にも、出来た事があったんだなって、そう思えるよ。」

「ずっと貰ってばっかりだぞ?俺、浩介に色々貰ってばっかりで、お返しが出来てないと思ってるんだ。浩介はこの前、俺に貰ってばっかりって言ってたけどさ、逆なんだよ。」

「それじゃ、お互い様だね。なんだか嬉しいな、僕にも、悠介の為に出来てた事があったって。」

「お互い、ちょっと遠慮が過ぎたのかもな。」

 まだ恥ずかしい俺は、余計な事を言わない様にって口数が減る。

 でも、嬉しいとは思ってた、ずっと伝えたい事だったから。

「ねぇ悠介。」

「なんだ?」

「大好きだよ。これからもずっと、大好き。」

「……。俺もだ、ずっとその気持ちは変わらない。」

 逆に、なんで浩介は恥ずかしがらないんだろう?

 こんな事、誰かがいる所で話したら恥ずかしいし、俺だったら話そうとは思わない。

 でも、浩介は不思議とそれを普通にする、告白の時だって、どっかに呼び出されるわけでもなく、普通に教室でされた。

 恥じらいの感じどころが違うのかなとは思ってたけど、ここまでだとは思わなかった。

「悠にぃ、照れてるでしょ?顔が赤いのわかるよ?」

「言うな……。」

「悠兄さん、羨ましいよ。浩兄さん、こんなにも素敵な人なんだもん!」

「そっか、それは有難いな。」

 良太は元来人懐っこい性格なんだろうな、って言うのはわかる、兄さんって言われるのは、ちょっと歯がゆいというか、くすぐったいけど。

 妹にはお前って言われ続けてきたし、悠治には悠にぃって呼ばれてるから、兄さんって言うのは新鮮だ。

「それじゃ、そろそろ移動するから。また後でかけるな。」

「うん、行ってらっしゃい。」

 電話を切る、ホッと肩を撫でおろしながら、ため息をつく。

 人前で愛を告白するのって、勇気がいるというか、緊張するんだな。

 浩介は勇気があるんだな、って再認識して、俺はホテルを出る準備を始めた。


「良かったね、浩にぃ。悠にぃが、浩にぃを好きな理由が聞けて。」

「うん。二人が背中を押してくれたから、来けたんだ。ありがとう。」

「僕、何もしてないよ?浩兄さんの勇気だよ!」

「ううん、良太が話してくれなかったら、僕はきっと、一生悠介に聞けなかったと思う。好きでいてくれる理由、って怖くて聞けなかったんだもん。」

 電話を切った後、ホッとした様子の浩介と、微笑ましいと笑っている二人の姿があった。

 浩介は、生涯この疑問は心のうちに秘めておく、と思っていたから、聞けて良かったのだろう。

 とても満足そうな笑みを浮かべながら、二人に感謝を伝える。

「なんだか、寂しいね。お互い好きなのに、気持ちを伝えられてなかったって。浩兄さん、聞けて良かったね!」

「悠にぃ、ホントに話したがらないからね、聞けて良かったよ。」

「うん、良かった。なんだか、ちょっと安心した気がするよ。ずっと聞きたかった、でも聞けなかった、そんな事を、聞けた気がする。」

 悠介の言葉を、かみしめる様に頭の中で反芻する浩介。

 自分が与えられてばかりだったはずだった、でも悠介は与えていると言ってくれた。

 それが嬉しくて、誇らしくて。


「浩にぃ、ホントに嬉しそうだったね。」

「だって寂しいもん、気持ちがわからないって。悠兄さん、恥ずかしがり屋さんなのかなぁ?」

「そうかもね。僕達の前ではずっと、気丈でいてくれるけど、ホントは恥ずかしがりなのかもしれないね。」

 昼頃、近所の蕎麦屋に足を運んでいた悠治と良太。

 この店は悠介が通い詰めていて、美味さは保証する、そして何より女将さん達の気遣いが有難い店だ。

「悠治君、今日は新しい子を連れてきて!この子はどなた?」

「僕の彼氏の良太です、って言っても、付き合い始めたのは一昨日なんですけどね。」

「はじめまして!良太って言います!」

「あらあら元気だわぁ!よろしくね!良太君!」

 女将の内一人、一番年長の女将は、ウィンクをしながら良太に笑顔を向ける。

 たまに三人、普段は二人程接客の人間がいるのだが、今日は一人の様だ。

「ご注文は何にしましょ?」

「僕、天せいろで。」

「えーっと、じゃあ僕はとろろそばで!」

「あと、マグロのやまかけとご飯もお願いします。」

「はい、注文受けたわよ。ビールはいらないの?」

「今日はまだお昼なので、控えようかなと。」

 それもそうね、と女将は言いながら注文を厨房に届けに行く。

 古びた空気感の店内、小さなテレビと少し古い雑誌類、雑多に置かれた日本酒や焼酎、少し居酒屋めいた小鉢の量と、ここは蕎麦屋というより蕎麦を出す居酒屋、というイメージの方が正しいのかも知れない。

 駅ビルの地下一階、ゲームセンターが並ぶ中で、蕎麦屋というのは異彩を放つ、と悠介が高校生の頃に立ち寄ってみたら、思ったより美味しかった、と通い詰める様になった、そんな店。

 まだライターの仕事などしていない、高校生がバイト代を稼いで食べていた、思い出の店。

 浩介と悠治が誘われたのは、悠介が通うようになってから少し経ってからだ。

 当時中学三年生だった悠治は、えらく気遣いに感動した覚えがあった。

「これ、良かったら食べてね!」

「あ、煮っころがしだ。美味しいんですよね、これ。良太、食べてごらん?」

「うん、いただきます!」

 里芋の煮っころがし、これで日本酒を飲むのが美味いんだ、と浩介がよく言っていた。

 メニューにはないのだが、サービスの小鉢として出してくれる、それがこの店の温かさだと悠介は話をしていた。

 だから、グルメライターとしての仕事の第一本目、初の仕事はこの店の事を書いていた。

「美味しい!これサービスなの?」

「うん、一品おまけしてくれるんだ。美味しくて良かった。」

「ここ、今まで来た事なかったなぁ。ゲーセンは来た事あるけどさ、中々お蕎麦屋さんって入りづらいじゃん?だから、あるなーとは思ってたんだけど、入った事なかったんだよね。」

「悠介君が来る様になってから、高校生のお客さんが増えたのよ?今までほとんど来た事なかったのに、悠介君がほら、ブレザー?姿で入ってくるものだから、それにつられて、ね。」

「そうだったんですか?悠兄さん、凄いなぁ。」

 女将がお水を持ってきながら、話に入ってくる。

 この女将、というかこの店の女将三人とも、話好きでお客とよく話していて、悠介ががちがちに緊張しながら入ってきた時も、フレンドリーに接していた。

 悠治達が初めて来た時もそうで、サービス精神旺盛というか、この人達は人が良いんだろうな、というのが悠治の感想だった。

「高校生なんて、ホントに入ってこなかったのよ?でも、悠介君に触発されたのか、ちょっとずつお客さんが増えてね?常連さんはちょっと嫌がってた事もあったけど、それでも繁盛するのは良い事だ!って、そう言ってくれたのよ。それもこれも、悠介君が最初に入ってきてくれたからね。」

「悠にぃ、それ聞いたらきっと喜ぶと思います。僕だって、嬉しいですもん。」

「女将さーん!注文取ってくれぃ!」

「はいよー!」

 そんな話をしていると、別の客が女将を呼んで、注文を付けている。

 女将は注文を取りながら雑談をしていて、本当に誰にでもそう言ったスタンスで接しているのだな、という事が良く伺える。

「このお店、メニュー多いんだね!ステーキとかもあるの?」

「うん、お蕎麦のメニューよりサイドメニュ―って言うか、おつまみ系の方が多いかな?あれ全部、出してって言われたら出せるって言ってたよ?」

 良太は、厨房前の天井からぶら下げてある、そのメニューの量に驚いていた。

 その品数ざっと五十を超えていて、初見で来た時は悠治も驚いた記憶がある。

 そんな感情も落ち着いて、慣れてくればなんてことはないのだが、良太にとってはそれは未だ珍しいものらしい。

 目をキラキラとさせながら、つぶさにメニューを眺めている。


「はい、天せいろ!」

「あ、ありがとうございます。」

「こっちはとろろそばね!」

「わぁ!黄身が乗ってるんだ!美味しそう!」

 少し時間を置いて、蕎麦とマグロのやまかけ、ご飯が来た。

 良太は、初めてきちんとした蕎麦屋に来た、ととろろに黄身が乗っているのに感動していて、悠治の頼んだマグロのやまかけを、不思議そうな顔で見ている。

「マグロととろろ?って合うの?」

「うん、美味しいよ?ご飯にも合うし、良太も食べる?」

「うん!」

 マグロのやまかけを良太に渡す、そこで良太は一旦ストップする。

「何かかけないの?」

「あはは、お醤油をかけるんだよ。」

「そっか!」

 こう見ていると、良太の方が幼いというか、無邪気というのか、少し歳の離れた弟の様にも感じられる悠治。

 弟がいたらこういう感じなんだろうな、と浩介や悠介はこういう風に、自分を見ていたのかな、と感じながら、微笑ましいと眺めている。

「美味しー!お蕎麦も食べてみよ!」

「美味しいでしょ?悠にぃが教えてくれたんだ、これが美味いんだって。」

 そばつゆをとろろの中に入れて、黄身とかき回して、そして蕎麦を落として一口。

「美味し!」

「良かった、良太の口に合うか、どうかなって思ってたんだよね。」

「すっごい美味しいよ!僕、こんなに美味しいの食べたの初めてだよ?」

 良かった、と悠治は微笑み、女将が嬉しそうに笑っている。

 美味しいという反応は、いつ何時見ても嬉しいものなのだろう、女将が厨房に何かを言ったかと思ったら、厨房からもう一つやまかけが。

「これ、サービスしちゃうわよ?」

「良いんですか?」

「美味しそうに食べてる人はね、嬉しいものなのよ?サービスして、また来て欲しいじゃない?」

「ありがとうございます!」

 良太は、マグロのやまかけを受け取ると、ニコニコと嬉しそうに笑い、一口食べる。

「美味しー……、これで五百円なんですか!?安いなぁ!」

「そうかしらね?ふふ、そういう子、嫌いじゃないわよ?」

 本当に美味しそうに食べている姿を見ると、まるで昔の悠介達を見ている様だ、と女将は思い出す。

 浩介が入院したとは聞いていたから、それ以来話題にする事もなかったが、懐かしい光景を見ている様だ、と。

「ホントに、浩介君もこんな風に言ってくれたのよねぇ。私、今でも覚えてるわぁ。病気、どうなの?治りそう?あんまり聞くのも野暮だと思ってたけれど、気になっちゃうのよ。」

「今度、まだ時期は決まってないけど、手術を受ける予定だって、言ってました。それが成功したら、きっと良くなるって、信じてます。」

「ホントに!あらあら、また皆で一緒に食べに来てくれるの、楽しみに待ってるわよ?きっと、良くなるって信じてるわ。」

「ありがとうございます、僕達も信じてます、きっと、良くなるんだって。」

 良太は、静かに話を聞きながら、もぐもぐと蕎麦を食べている。

 この女将が良い人なのはもちろんの事、悠介達の人柄の良さが、ここまで言わせているのだろうな、と考えながら、しかしそれを口にすることはなかった。

 親しい仲にも礼儀あり、ではないが、もしかしたら気にしている部分かもしれない、と。

「それじゃ、ゆっくり食べてね!」

「ありがとうございます。」

 女将は他の客の所に行って、悠治は頂きますと言ってまずはそばつゆを器にいれ、ワサビを溶かしてねぎを入れると、まずはと海老天に手を出す。

「うん、美味しい。」

「天ぷらの盛り合わせって言うのもあるんだね、次来た時は頼んでみようかな……。」

「今からでも頼んでいいんじゃないかな?ちょっと時間かかるかもしれないけど、美味しいよ?」

「じゃあ、そうしよっかな。すみませーん!天ぷらの盛り合わせ一つお願いしまーす!」

 良太は、悠治と悠介を足して二で割った様な体型、普通より少しぽっちゃりとしていて、しかし筋肉質である事が伺える体型なのだが、その体型に似合う食欲は持ってる、のだろう。

 悠治は何度か良太と食事に出ていたから、その食欲旺盛ぶりにはあまり驚かなかったが、傍から見ると少し食べすぎなのでは?という程度には、良太はよく食べる。

 太りやすい体質だから、とジムにも行っていて、それが今の体つきの要因だろう。

「盛り合わせって、何が出てくるんだろう?」

「それは先に気にする事じゃない?えっとね、海老でしょ?茄子にしし唐、さつま芋と……。後は何だったかな。」

「来てからの楽しみだね。」

 とろろそばを啜りながら、良太は楽しみに待っている様だ。

 悠治は、蕎麦に手を付けて、やっぱり美味い、と笑うのであった。


「神戸牛はもう食べたの?」

「夜にしようと思ってるよ。昼は軽くサンドイッチにしたよ。」

「そうなんだ、お腹空かない?」

「その分いっぱい食べるんだよ、デブの発想って言われそうだけど、それが一番腹に来るからな。」

 昼飯を軽く済ませて、ホテルから瀬戸内海を眺めながら、浩介と電話。

 さっきは恥ずかしくて言えなかったというか、ちゃんと話せなかったなって思ったから、浩介の昼飯時を考えて、今は午後一時半だ。

「あのさ、浩介。」

「なあに?」

「朝さ、俺に好きでいてくれてる理由を聞いて来たろ?じゃあ、浩介はどう思ってんのかなって。そういや、聞いた事なかったと思ってさ。当たり前の様に好きでいてくれる、好き合ってるのが当たり前って思ってたから、聞こうとも思わなかったけど、聞いてみたくなった。」

「大したことじゃないよ?」

「それでも構わないよ、俺だけ言うのもずるいじゃんか。」

「それもそうだね。うん、僕が悠介を好きな理由はね、悠介だから。」

 それは答えになってない気がするぞ?ってツッコミを入れたくなったけど、浩介はまだ全部は話してないんじゃないかと思って、一旦黙る。

「悠介のちょっとした仕草とか、心遣いとか、人に対する優しさとか、真面目だけどちょっと心細いって言う顔とか、そう言うの全部好きなんだよ?だから、僕が悠介を好きな理由は、悠介だから。今の悠介がどんな人だったとしても、僕は好きだったと思う。それ位、惚れてるんじゃないかな。」

「それは嬉しいな。でも、俺は変わらないよ。安心してくれ、そこは心配しないで大丈夫だ。」

「そうだね。悠介は昔から変わらない、だからずっと好きでいられる。でも、変わっちゃったとしても、僕は好きでい続けるんじゃないかなって、そう思ってる。だって、悠介はどんな人になっても、悠介だもん。僕にとって、それは一生変わらない。」

「俺もだよ。浩介がたとえどんな人間に変わってしまったとしても、俺は浩介を好きでい続けると思う。それ位、俺は浩介を好きだよ。」

「お互い様だね。でも、お互い変わらないって思ってるんだよね。でも、それはきっと間違いじゃない、僕達はずっと、一緒にいるんだ。」

 願い、そう聞こえた。

 病気が判明して、入院してから暫く、浩介のそういう言葉は聞こえなかった気がする。

 今の浩介にどんな心的変化があったのかはわからないけど、でも、何かが変わってそういう言葉を口にしてるんじゃないかなって、そう思う。

 誰のおかげかはわからない、奇跡でも起きた気になっているのかもしれない、それはわからないけど、でも。

 前向きでいてくれる事は嬉しいし、俺もその奇跡にあやかりたいと思う。

「俺達はずっと一緒だ。これだけは変わらない、変えたくない。悠治も俺も、浩介とずっと一緒にいたい。」

「うん。僕も、それは一緒だよ。ずっとずっと、二人と一緒にいたい。勿論、良太もね。」

「そうだな。」

 良太に直接会ったわけじゃないけど、こうも浩介が信頼をしてるって事は、やっぱり良い子で間違いはないんだろう。

 悠治の事も任せられるし、少し肩の荷が下りたかな。

「それじゃ、また後でね。……、話せて良かった、ずっと話せないままでいると思ってたから。」

「俺も、聞けて良かったよ。じゃあ、また夜に。」

「うん。」

 電話が切れて、俺は嬉しくて顔がほころぶ。

 ちょっと恥ずかしかったけど、言えて良かったなって。


「ケホ……。」

 咳が出る、心なしか心臓が痛い気がする。

 ナースコールを押そうか、どうかと悩んでいると、顔からスッと血の気が引いていくのがわかる。

「悠……、介……。」

 怖い。

 死にたくない。

 もう会えないなんて、嫌だ。


「浩にぃ、また来ちゃった。ってあれ、浩にぃ……?」

「浩兄さん、どうしたの?」

「……!ナースコール!誰か!誰か来てください!」

 午後三時頃、悠治と良太がまたやってきて見た光景は。

 ベッドに妙な態勢で突っ伏していて、気絶している浩介の姿だった。

「浩にぃ!しっかりして!」

「坂崎さーん、何か御用……、悠治君、直ぐに先生を呼びます、落ち着いて。」

 ナースコールで呼ばれた瀬川がやってくると、すぐに事態を把握し、駆けていく。

「悠治……。」

 良太は、どうする事も出来ずに、ただただそこに立ち尽くしていた。


「ん、悠治から電話?」

 そろそろ移動開始かな、なんて思って準備してると、悠治から電話が来た。

「もしもし?」

「悠にぃ……!浩にぃが……!」

「浩介がどうかしたか?」

「浩にぃが……!僕……!」

 浩介に何かあった、それだけは理解出来た。

 悠治はパニックになってる、正確な情報を知るのは難しいかもしれない、でも、浩介に何かあったのなら、帰る一択だ。

「もしもし、悠兄さん?」

「良太か。」

「悠治はちょっと今大変だから、僕が状況を伝えるね。浩兄さんは今、心臓が急に弱っちゃって、手術を受けなきゃいけない状態になってる。手術は明後日、まだ死ぬ事が確定したわけじゃないけど、このまま手術をしなかったら死んじゃうだろうって、先生が言ってたよ。」

「そうか。すぐ帰る、それまで持ってくれる事を祈るよ。」

「うん、皆で待ってる。」

 俺は今日の予定をキャンセルする電話もせず、急いで支度を整えて、と思って一旦電話を切る。

 良太がいてくれて良かった、悠治一人だったら耐えられないだろう、と頭の片隅で思いながら、今日一日で帰れるか、と算段を立てる。

「行くか。」

 荷物を纏めて、ホテルをチェックアウトして、車に乗ってキーを回す。

 俺が戻るまで持ってくれ、どうか手術が成功してくれ、そう思いながら、俺は長い帰り道を車を飛ばし始めた。


「浩にぃ……。」

「大丈夫だよ悠治、きっと、きっと大丈夫だよ。」

「でも……。」

 悠介への電話を終えた後、医者が改めて診察をしている時間、外で待たされてた二人。

 発見が早かったから、まだ時間はあると言われたが、タイムリミットが近い事に変わりはない、心臓移植が出来なければ人口補助心臓でなんとか、と言っていたが、何とかという事は、完治ではないのだろうとも言える。

 悠介がいない中、こんな状態になってしまった、パニックになった悠治は、何も見えないという風に、目を覆って泣いている。

 良太はそんな悠治を責めるでもなく、励まし続けていた。

「僕……、浩にぃがいなくなっちゃったら……。」

「大丈夫。悠兄さんも戻ってきてくれる、きっと手術もうまくいく。悠治が信じてあげないと、浩兄さんもどうしようもなくなっちゃうよ?」

「やだよ……、いなくなっちゃ、やだよ……!」

 良太は、悠治の手を握りながら、ゆっくりと話を続ける。

 悠治が少しでも楽になってくれれば、そして浩介が良くなってくれれば、悠介が早く到着してくれれば。

 色々な想いが重なりながら、良太は悠治に声をかけつづけた。

「きっと、浩兄さんは死なないよ。だって、皆で一緒に旅に出るんでしょう?約束も果たさずに死んじゃうなんて、無責任な事は、きっとしないよ。悠兄さんもすぐに来てくれる、だから大丈夫だよ、悠治。」

「でも……。」

「……。僕はきっと、悠治の不安はわからない。でも、大切な人がいなくなっちゃうかもしれない苦しみは、わかるんだ。僕のおじいちゃんが、昔そうだったから。だから……。だから、僕はここにいる、悠治の隣にいる。僕じゃ頼りないかもしれないけど、僕は隣にいるよ。」

「良太……。」

 泣きながら、良太の話を聞いている悠治。

 良太の言葉で少し気持ちが落ち着いたのか、ひっぐひっぐと嗚咽を零しながら、しかし話は耳に入ってくる様だ。

「ごめん……。僕が、しっかりしなきゃ、なのに……。」

「ううん。悠治は悪くない、悪いのは病気だけ。きっと治る、そう信じてあげよう?」

 子供っぽい良太は何処へやら、悠介でさえ言わなそうな言葉を口にする良太、その言葉に悠治は少しずつ落ち着いてくる。

 涙が止まったわけではない、苦しみが晴れたわけでもない、しかし、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

「僕……。」

「大丈夫だよ、悠治。何があっても、僕が傍にいる。」

「良太……、ありがとう……。」

 涙をボロボロこぼしながら、悠治は良太がいてくれて良かったな、と改めて感じていた。

 自分一人では、つぶれてしまっていただろう、と。


「浩介……。」

 高速道路を百二十キロで飛ばしながら、俺は浩介の安否が不安だった。

 まだ猶予はある、とどう言われた所で、不安である事に変わりはない、早く行ってやらないと、って思う。

 大事な時に傍にいれないんじゃ、恋人失格だって。

「あっぶね。」

 そんな事を考えながら運転してるもんだから、ちょいちょい事故りそうになる。

 クラクションの音で気づかされて、ちょっと急ブレーキを踏んで、みたいな事を、今日だけで何回した事か。

 目の前の二車線をトラックが並んで走ってて、ちんたらちんたらと思いながら、イライラしてくる。

「急がねぇとなのに……。」

 渋滞かな、って思うんだけど、渋滞のわりには動いてるし、ちんたら走ってるだけなんだろうな。

 どっちかが動いたら抜けよう、って思いながら、焦ってハンドルを切る。

「早く……、早く……!」

 片方のトラックが少し後ろに下がった。

 今だ!

「え……?」

 俺は見えてなかった、後ろからもう一台来てる事に。

 トラックが後ろから煽り運転みたいに迫ってきてて、俺とほぼ同時に速度を上げた。

「……。」

 スローモーションで見える。

 色んな事を考えた。

 浩介の事、悠治の事、まだ会えてない良太の事。

 これから先は幸せが待ってるんだ、きっと皆で幸せになれるんだ。

 希望に満ちている人生が待ってる、旅をしながら、美味い飯食っていい景色見て、浩介と一緒で。

「あぁ……、駄目だ……。」

 暗く、閉ざされる。

 次の瞬間、衝撃を感じるまもなく、俺はその意識を手放した。


「悠にぃ、まだなのかな……。」

「そろそろ到着するんじゃないかな、でも、サービスエリアでちょっと休憩する時に連絡くれるって、ライン入ってたよね?」

「うん……。あ、電話だ。」

「悠兄さんから?」

「ううん、知らない人。」

 夜、浩介の横でずっと悠介を待っていた二人は、悠介がなかなか帰ってこない事と、連絡を寄越してこない事に不安を感じていた。

「もしもし?」

「こんばんは、愛知県警の園部です。坂入悠介さんの緊急連絡先の、坂崎悠治さんですか?」

「はい、そうですけど……。悠にぃ、何かあったんですか……?」

 電話に出ると、警察を名乗る人間からの着信だった。

 悠介が何かしてしまったのだろうか、もしかしたら急ぐあまりスピード違反か何かで捕まってしまったのだろうか?と悠治は首をかしげる。

「落ち着いてお聞きになられてください。坂入さんは、搬送先の病院で、死亡されました。」

「え……?死亡、って……?」

「高速道路で玉突き事故に巻き込まれました。すぐに搬送されたのですが、即死だったそうです。」

「うそ……、だ……。」

「悠治、どうかした?」

「うそだ……!」

 カランカラン、と音を立てて、スマホが病室の隅に投げられる。

「悠治、悠兄さんはどうしたの?」

「うそだ……!うそだうそだうそだ……!」

 ボロボロと涙を流し始める悠治、これは効けそうにない、と良太は悠治のスマホを取って、悠治の横に戻ってきて耳に当てる。

「坂崎さん?大丈夫ですか?」

「すみません、坂崎は取り乱してしまって、お電話変わりました、前田です。」

「お連れの方ですか、承知しました。坂崎さんに今お伝えしましたが、坂入さんは交通事故で亡くなられました。遺体は今、名古屋の私立大学病院に安置されています。それで……。」

「そんな……。」

「それで、坂入さんは臓器提供にサインをされていました。心臓だけですが、脳死の状態になられていたと病院側から報告がありました。ご本人の希望通り、提供をしてよいか、と。」

「悠兄さん……。」

 心臓の臓器提供、それは今まさに浩介が必要としている状態だ。

 しかし、自分は関わりの無い人間、すなわち決定権はない。

 今意識がある意思決定者は、悠治しかいない。

「悠治……。悠治、よく聞いて。悠兄さんは、心臓の臓器提供を希望してたって。きっと、自分に何かあった時に、浩兄さんに遺せる様にって。」

「うそだ……!悠にぃまで死んじゃうなんて……!」

「悠治……。」

 良太は迷う、ここで言葉にしていいのか、それとも悠治が落ち着くのを待つか。

 しかし、心臓の状態というのもある、待っている時間も、待っていられる時間も、少ない。

「悠治。今、決めて。悠兄さんの意思を継いで、浩兄さんを助けるか、それとも二人とも、死なせちゃうか。悠治にしか、決められないんだ。」

「……、良太……?」

「僕だって悲しい、会った事はないけど、優しい人だって知ってるから。でも、もう悠兄さんは帰ってこれない。だから、悠治が決めなきゃならないんだ。浩兄さんと、悠兄さんの為にも。悠治の為にも、今悠治が決めなきゃならないんだ。」

「僕……、僕は……。」

 良太も涙を流しながら、悠治に決断を迫る。

 この決断の結果、自分が嫌われてしまってもいい、ただ、悠介を無駄死だと思われるのは、もっと嫌だから、と。

 選ばなければならない、それはわかった、悠治は、どうすれば皆が幸せになれるのか、それを一瞬考え、答えを出した。

「電話、替わって……。」

「うん。」

「坂崎です……。臓器提供、千葉でも出来ますか……?」

「おそらくは。提供相手が見つかり次第、といった所でしょう。」

「います……。提供を、必要としてる人が……。だから、病院の方に……。そう、伝えて、頂けますか……?」

「わかりました。遺体の引き取りの際にまた、病院からお電話を差し上げると思われます。また、事故の処理等のお電話を差し上げる事もございますので、ご留意下さい。」

「はい……。ありがとう、ございます……。」

 電話が切れる。

「これで、良かったのかな……。」

「きっと、悠兄さんは良かったって、言うと思うよ……?だって、あんなにも、浩兄さんの事が好きなんだから。」

「そっか……。良太、ありがとう……。傍にいてくれて、教えてくれて……。」

 悠治は泣きながらそう言うと、医者に悠介の話をしに行こうと立ち上がる。

「僕達も、ずっと一緒だよ。」

 良太も立ち上がると、二人は臓器移植の件を話す為に、歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ