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ポケットに詰め込んだ憧憬  作者: 悠介


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嬉しさと寂しさと

「ふあぁ……。ん?悠治から電話だ。」

 朝五時半、悠治から珍しく電話がかかってきて、起こされる。

 浩介に何かあったかな?でもそれなら緊急連絡先には俺も登録してたし、病院から電話がかかってくるはずだし、なんて思いながら、電話に出る。

「もしもーし。」

「悠にぃ、おはよう。朝早くごめんね、報告したい事があって。」

「なんだなんだ?」

「えっとね、彼氏が出来ました……。」

 彼氏?

 えーっと、悠治ってバイだったはずだから、別段それ自体は驚かないんだけど、そういう相手がいたって言う話も聞かないから、そっちに驚く。

「同僚の良太なんだけどさ、挨拶がしたいって、言ってるんだ。良い?」

「あぁ、良いぞ?」

「じゃあ代わるね。」

 同僚の良太君って言うと、確か家に泊まった子だったかな?

 寝ぼけ頭で、そんな事を考えてると、悠治が電話を替わったみたいで、違う人の声がする。

「もしもし、僕、良太って言います。悠介さん、悠治とお付き合いしても、良いですか?」

「初めまして、良太君。俺に許可取る必要なんてないよ、君達が好きあってるのなら、付き合うのは賛成だ。」

「ありがとうございます。それで、一度お会いしたいんですけど……。旅に出てらっしゃるのは承知してるんですが、我儘でしょうか?」

「もう少ししたら、一旦帰るから、その時でも良いかな?」

「はい、いつでも大丈夫です!」

「楽しみにしてるよ、浩介にはもう伝え、てないか。浩介にも挨拶してあげておくれ、君に会いたがってたから。」

「はい、今日お会いしに行こうと思ってます。」

「ありがとう。……。悠治はまだ子供な部分がある、強くなったけれど、まだ弱い部分がある。強がるだろうけど、ホントは心細いと思うんだ。良太君、悠治を頼むよ。」

「はい!」

 そう言えば今日は土曜日だ、悠治は会社も休みだろう。

 だから良太君と一緒にいるんだろうけど、付き合う相手を見つけてくるとは思わなかった。

 嬉しいけど、ちょっと寂しい。

 でも、悠治がそう決めたのなら、応援するのが兄貴ってもんだ。

「それじゃ、また今度ね。」

「会えるの、楽しみです!」

「はいよ、またね。」

「はい!」

 そう言うと電話が切れて、静かになる。

 良い子だな、律儀な子だな、って言う印象があるけど、どうなんだろう?

 俺に話を振ってくるあたり良い子だと思うんだけど、俺の人を見る目ってのもなかなか信用ならんもんだからな。

 浩介に任せれば問題ないか、とか思いながら、もうひと眠り……。


「緊張したぁ……。」

「ありがとう、良太。僕の我儘に付き合ってもらっちゃって。」

「ううん、良いんだ。悠介さん、認めてくれて嬉しいなぁ。」

「浩にぃにも挨拶行かないとね。」

 電話が切れる、良太は心底ホッとした様な表情を見せる。

 昨日の今日で挨拶するのには勇気が必要だった、そして悠介とも浩介とも、話は聞いていたが会った事はない。

 どんな対応をされるか、ドキドキしていたのだろう。

「朝ごはん作るね、何か食べたいのある?」

「うーん、なんでもいいよ?」

「わかった。」

 昨日の事はしっかりと覚えている、悠治に告白した事も、悠治がうんと言ってくれた事も。

 しかし、鮭の勢いで告白した、という事実が、良太の顔を赤くさせる。

 悠治もどこかぎこちない様子を見せ、付き合い始めのカップルとはまさにこうだろう、という風体だ。

 悠治は早めの朝食にとパンをトースターにいれ、目玉焼きとウィンナーを焼いて、ジュージューと音を立てながら、昨日の告白を思い出していた。

「嬉しいな……。」

 酔いに任せて、だったのかもしれないが、しかし。

 それでも、告白してくれた事が嬉しい、それは浩介と悠介の関係性に憧れていたからでもあり、支えてくれるという言葉でもあり、良太が気になっていたという事でもある。

 嬉しい、少し浮かれている。

 こんな気持ちになったのは、何時ぶりだろうか、浩介が入院してから、ずっと不安に苛まれてきた中で、こんなに心がふわふわしているのは、本当に何年も感じていなかった感情だ。

「良太、ご飯できたよー!」

「はーい!」

 リビングに良太が出てきて、パンツ一丁で椅子に座る。

 悠治はまだ暑いのかな?と冷房を少し強めて、トーストと目玉焼き、ウィンナーの乗った皿を良太に渡す。

「いただきまーす。」

「いただきます。」

 手を合わせ、一緒に声を出す。

 そんな小さな事が、嬉しくてたまらない。


「浩にぃ、僕の恋人の良太だよ。前から話してた同僚なんだけど、昨日告白してくれたんだ。」

「そうなの?初めまして良太君、浩介だよ。」

「は、初めまして、浩介さん。悠治とお付き合いさせてもらって、良いですか?」

「うん。悠治の事お願い、きっと寂しがってただろうから。」

 朝九時、面会時間が開始するとほとんど同時に、悠治と良太は浩介を訪ねた。

 浩介は、悠治に恋人が出来た事に驚いていたが、嬉しそうに目を細め、歓迎する。

「良太君は、悠治のどこが好きなの?って、お付き合い始めたばっかりなのに、聞いたら恥ずかしいかな?」

「えっと……。悠治、なんだか守りたくなるんです。見てると、いっつも頑張ってて、それでいてちょっとおっちょこちょいで……。それで、守りたいって、思ったんです。」

「良太……。」

「そっか、それは嬉しいな。僕はこんな状態だからさ、それに悠介も今は居ないし、悠治の事見てくれてる人がいるのって、嬉しいよ。ホントにありがとう、悠治に気持ちを伝えてくれて。」

「ぼ、僕の方こそ、嬉しいです!ずっと、好きだったんです。でも、告白する勇気がなくて……。」

 良太は、入社して半年程で、悠治に惚れていた。

 しかし、その想いをずっと秘めていて、勇気がないからと、六年間ずっと胸に置いていたのだ。

 悠治がバイだとは知っていたが、と。

 自分が付き合いを申し込んでもいいものか、とずっと悩んでいたのだ。

 酔いに任せて告白したが、しかしずっと、告白する機会を待っていたのだろう。

「悠治、ずっと独りで寂しそうだったから、付き合ったくれる人がいてくれるって、嬉しいなぁ。ほら、僕と悠介みたいな関係が良いな、なんて言ってたでしょ?きっと、良太君となら、そうなれるよ。」

「あはは……。浩にぃ、今日は元気そうだね。調子良いの?」

「うん、今日はちょっと体が軽いかな。二人が来てくれたからかな?」

 恥ずかしそうに笑い、話題を逸らそうとする悠治だったが、浩介はそのつもりはない様だ。

 からかう様に笑い、二人を良いなぁと見つめている。

「坂崎さーん、そろそろ検査ですよー?」

「あ、瀬川さん。はーい。」

「あら、悠治君じゃないの!ちょっと合わない間に、また大きくなったかしら?そちらの子は?」

「悠治の恋人の、良太君です。昨日、告白してくれたんだって、今話をしてくれてたんですよ。」

「あらあら!良いわねぇ、若いって!おばさん、ときめいちゃうわ?」

 瀬川が入ってきて、浩介が二人の事を報告すると、瀬川は嬉しそうにしている。

 ときめく、と言っていたが、どちらかと言えば息子に年齢の近い悠治に対して、何処か親の様な感情を抱いていたのだが、まるで自分の息子が恋人を連れてきたかの様な、そんな感情だ。

「私は瀬川、よろしくね、良太君。」

「あ、はい!よろしくお願いします!」

「さて、お話に花を咲かせたい所だけど、坂崎さん、検査よ?」

「はい。じゃあ悠治、良太君、また来てね。」

「うん、また明日。」

「僕もまた来ますね!」

 ありがとう、と言って浩介は検査に向かう。

 悠治と良太は、今日は休みだからと、一旦家に戻った。


「悠治が恋人、ねぇ。」

「悠介も知ってたの?」

「朝早くに電話貰ってな、挨拶してくれたよ。」

 昼時、大阪に移動した俺は、たこ焼きを食べながら浩介と電話。

 浩介は丁度飯を食い終わったらしくて、俺がもぐもぐ食いながら、話をしてる。

「良太君って言ったっけ?良い子だと思うぞ?悠治を任せても良さそうな、そんな声の子だった。」

「僕も、悠治を任せてもいいかなって思ったよ。あの子なら、任せられる気がするんだ。」

「浩介が言うんなら間違いないだろうな。俺と違って、人を見る目があるから。」

「そんな事ないよ、悠介だって人を見る力があるんだから。」

「そうか?」

 人付き合いで失敗する事が多い俺は、自分的には人を見る目がない。

 浩介は誰とでもうまくやっていけるというか、対人関係でこじれた事も無いし、一枚も二枚も上手だと思ってる。

 そんな浩介が良い子だって言うんだから、俺も安心して悠治を任せられる。

「そっちはどう?暑い?」

「蒸し暑いな。たこ焼きは美味しいけど、公園の日陰じゃないと食べる気にもならないよ。」

 今俺がいるのは、繁華街から少し離れた公園のベンチだ。

 暑い暑いって言いながら、子供達が遊んでて、お母さん達は日傘をさしながら井戸端会議をしてる。

 そんな中、独りたこ焼きを食べてる俺なわけだけど、量が量だし持ち運ぶのも不便だ、と思って普通に食べてる。

「明石焼き、だっけ?お出汁につけて食べるんでしょう?今の時期、冷たいお出汁って、有難いんじゃないかな?」

「そうだな。たこ焼きが熱いけど、出汁が冷えてて美味しいよ。鰹出汁かな、関西の方はどっちだったっけか?」

 明石焼きとねぎだこと、普通のたこ焼きと買ってて、合計二十四個、たこ焼きを頬張ってる事になる。

 独りでそんなに食べるのか?って聞かれる事も多いけど、まあデブな事もあって食欲は旺盛だ。

 幸いな事に夏バテもしてない、飯は美味いし多く食べたい。

「もうちょっとしたら会えるな、楽しみだよ。」

「僕も、楽しみにしてるよ。悠介に会えないと、元気も出ないよ。」

「そっか、じゃあちゃんと帰らなきゃな。そうだ、手術の日程とかは決まったのか?」

「ううん、まだ。でも、近いうちにする事になるかも、って先生は言ってたよ。」

「わかった。」

 電話が切れて、俺はたこ焼きを食べながら子供達が遊んでる様子を眺める。

 こんな暑い中、元気いっぱいにはしゃいでる子供達を見てると、なんだか昔の事を思い出すみたいだ。

 子供の頃からインドア派だった俺を、アウトドア派の浩介と悠治が連れだしてくれて、プールに行ったり、野球を一緒にやって見たり。

 野球がまた苦手だったんだけど、二人と一緒にやるのは楽しくて。

 カキーン!って音がして、野球をやってる子供達がどよめく。

「お、打ったな。」

 自分達で印をつけたであろう、三塁の方向に球が抜けていく、一塁の方へ子供が走っていく。

 そんな光景を眺めながら、たこ焼きを頬張ってる姿って言うのは、はた目から見たら近所のおじさん辺りだろうな。

「さて、行きますか。」

 腹ごなしは済んだし、移動しなきゃならない。

 もうちょっと少年達の活躍を眺めてたかったけど、スケジュールもあるし、と思ってたこ焼きの入れ物をゴミ箱に入れて、移動開始だ。


「けほ……、けほ……。」

「あら坂崎さん、風邪でもひいた?」

「うーん、わかんないです。」

「どこか痛みとかは?」

「ないですよ?」

 シーツ交換を眺めていた浩介が、ふと咳を零す。

 瀬川は何か体調不良の予感を疑うが、浩介自身は自覚はない様子だ。

「たまに心臓が痛いって言ってた、あれは?」

「今はないですよ?調子が良い位です。」

「そう……。なら良いのだけれど、気を付けないさいね?貴方の体は、今繊細なのだから。」

「はい、ありがとうございます。」

 確かに、普段よりも顔色が良い気がする浩介は、強がって無理を言っている訳ではなさそうだ。

 瀬川は安心して、シーツを好感し終えると病室を出て行く。

「浩介君!弟君に彼氏さん出来たんだって!?」

「あ、健也君。うん、朝挨拶に来てくれたよ?」

「良いなぁ、俺も良い相手いないかなぁ。」

「健也君は彼女さんとかいないの?」

「専門学校卒業してから、ずっと完全フリーだよ!六年くらい彼女なんて出来てない気がするよ?」

 入れ替わりの様に、健也がやってきて、雑談。

 何か用があったわけではなく、単純に時間を見つけて話をしに来てくれたのだろう。

「もう夕方だねぇ、お散歩行く?」

「うん、行こうかな。」

 健也が、浩介を院内の散歩に誘う。

 浩介は嬉しそうに笑いながら、健也の後ろをついて行く。


「俺さ、正直ゲイの人って苦手だったんだよね。なんかさ、変な目で見られるって言うか、ねちっこいって言うかさ。」

「そうなの?」

「でも、浩介君と悠介さん見てるとさ、清い関係なんだなって思って、それって俺達が女の人と付き合うのと、何にも変わらないんだなって、そう思ったんだ。まだ忌避感みたいなのが無くなったかって言われると、そうでもないんだけど……。でも、浩介君達は、なんでか応援したくなるんだ。」

「嬉しいなぁ。でも、そういう気持ちもわかるよ?」

 庭に出て、西日にあたりながら、健也はぽつぽつと告白する。

 それは、友達だと言ってくれた浩介に対する、罪悪感の様な何かだろうか。

 それとも、浩介になら、言ってもいいと思える何かがあるのだろうか。

「高校生の頃さ、先生に襲われかけた事があるんだ、男の先生。で、結局問題になってその先生は辞める事になったんだけど、最後まで俺の事そーいう目で見てるって言うのが良くわかってさ。何も反省してないんだな、怖いなって思ったんだ。それ以来、ゲイの人ってなんだか苦手でさ。」

「そんな事があったら、怖くたって当たり前だよ。僕だって、同じ立場だったら怖いもん。」

「そっか。それでさ、浩介君が入院したての頃、二人がゲイだって知ってさ、怖かったし気持ち悪かったんだ。でも、そうじゃないって、二人が教えてくれたんだ。そういう人はいる、でもそれが全てじゃないんだって。だから俺、二人を応援してるんだ。友達の事、応援したいじゃん?」

「……。ありがとう、健也君。そう言ってくれると、凄く嬉しい。でも、怖がってる自分の気持ちに、蓋をしちゃいけないと思うよ。怖いと思う、それも当たり前だと思うから。」

 そっか、と健也は笑い、やはり浩介達を見ていた自分の目は間違っていなかったな、と思う。

 普通、こんな話をされたら、怒るかショックを受けるかどちらかだろう。

 しかし、浩介はそれをしない、それどころか、当たり前だとまで言ってのけた。

「俺さ、浩介君達に出会えて良かった。会い方は最悪だったけどさ、俺の怖がってた事、払拭してくれたから。」

「僕達、何もしてないよ?」

「二人の姿に、って事だよ。悠介さんにも、お礼言ってもらってもいい?あ、ちょっとしたら帰ってくるんだっけ?そしたら、その時にお礼言おうかな。」

「悠介も喜ぶと思う、ありがとう、健也君。」

 お礼だなんて、と健也は照れくさそうに笑い、さて戻るか、とベンチから立ち上がる。

 浩介はそれに従い、ベンチから立って、病室に戻った。


「って言う事があったんだって、健也君。なんだか、寂しいね。」

「そうだな。俺達はそういう目に合ってこなかったってだけで、そう言う事もあるって話自体は聞くしな。もしかしたら、俺達の誰かがその先生の側になっちゃってたかもしれないしな。」

「うん。だからさ、健也君は凄いなって思うんだ。立ち向かって、頑張って。それでいて、優しくて。僕、彼に会えて良かったって、ホントに思うんだ。」

 もうすぐ夕飯、今日はかに道楽って言う、大阪をメインに展開してるお店に行く予定で、そろそろホテルを出るかなって思ってた。

 そんな時に浩介から電話が来て、健也君の事情を知るに至る。

「勇気のある子だよ、そんな思いをしてたら、そんな風に関わろうだなんて、ふつう思えないからな。有難い存在だ、嬉しいな。」

「ね。それでね?悠介にも会ってお礼が言いたいんだって、言ってたよ?」

「お礼を言われる様な事をした覚えもないけど、まあ本人がそう言ってるのなら話はしたいな。あとちょっとで浩介に会えると思うと、仕事にも精が出るよ。」

「僕も、頑張れる。」

 ホントは寂しかったんだろうな、って思う。

 でも俺の為に、それに浩介自身の為に、俺に旅に出て欲しいって話をしたんだと思ってる。

 浩介も勇気がある、って感心した覚えが一週間前くらいにあったな。

「それで、今日の夜ご飯は何食べるの?」

「蟹料理だよ、かに道楽、って聞いた事あるだろ?そこに行こうと思ってる。」

「あのおっきなかにの看板の所?いつだったか足が取れちゃったみたいな話もなかったっけ?」

「どうだったかな。美味しかったら、浩介も連れて行きたいよ。」

 ふふ、って浩介は笑って、俺は何か笑う様な事があったかな?って疑問。

「悠介ってさ、ホントに優しいよね。いっつも、僕とか悠治とかの事を考えてくれてて、いっつもどうすれば三人で幸せになれるか、って考えてくれて。」

「そりゃ、好きな相手と一緒に幸せになりたいと思うのは、自然な事だろ?悠治だって、大事な弟なんだからな。大切にしたい、一緒に幸せになりたい、当たり前だろ?」

「そうだね。僕も、ずっとそう思ってた。僕だけじゃなかったんだなって、ホッとしてるんだ。もし、悠介の負担になっちゃってたら、どうしようって。悠治にも思ってるんだけど、僕の病気のせいで、幸せになれないって思ってたら、悲しいなって。」

「そんな事考えると思うか?天性の馬鹿の俺が、そんな事考えるわけがないだろ?」

 天性の馬鹿、って言うのは、じいちゃんに言われた言葉だ。

 貶してるわけじゃなくて、誰かの為にどこまでもやるのは馬鹿の所業だ、って半分褒められて、半分叱られて。

 でも、俺はそれをやめる気にはならなくて、これからもそういう人生を送るんだろうなって、そう直感してる。

 その相手がこれから先増えるかどうか、までは予感出来ないけど、それでも俺は、変わらないんだろうなって。

「ねぇ悠介、悠介は幸せ?」

「不思議な質問だな、幸せ以外の答えが返ってくると思ったか?」

「ううん、聞きたかっただけ。それじゃ、夜ご飯の写真楽しみに待ってるね。」

 そう言うと、浩介は電話を切る。

 俺は、今の生活が幸せかどうかと聞かれたら、浩介と出会えて、悠治と出会えて、色んな人が応援してくれてる今の生活が、幸せだ。

 気に入ってる、って言い換えてもいい、浩介の病気の事だけは辛いけど、それ以外はいたって幸せだと思う。

「さってと、かにかにー。」

 ホテルを出て、かに道楽に向かって車を走らせようと、車のカギと財布、スマホと一眼レフを持って出かける。

 浩介が、幸せなのかな、とか、そんな事を考えながら。


「悠治ってさ、なんで二人と一緒に暮らしてたの?」

「話してなかったっけ。高校生の頃、親に勘当されたんだ。それで、悠にぃのおじいちゃんが僕と浩にぃを受け入れてくれて、一緒に暮らしてたんだ。この家も、元々はおじいちゃんの家だったんだよ?」

「へー……。悠兄さんは、なんでおじいさんと一緒だったの?」

「家族との折り合いが悪かった、って言ってたよ?確かに、お兄ちゃんとか妹ちゃんとかとは仲が悪かったし、お父さんからは虐待されてたし、言いたい事もわかるけどね。」

 明日も浩介の所に顔を出しに行こう、と話しつつ、悠治と良太は二人で夕食を食べていた。

 悠治は元々自炊はしないタイプだったが、浩介が入院してからというもの、中々に字w水の腕を上げていて、今日の夕食は手作りのハンバーグだ。

 チーズインハンバーグになったのは良太の希望で、夏野菜のサラダを付け合わせにとっているあたり、きちんとしているのだろう。

「悠兄さんって、どんな人なの?」

「うーん……。悠にぃって、どんな人かって言われると難しいかなぁ。でも、おじいちゃんからは、天性の馬鹿って言われてたよ?」

「天性の馬鹿?ってそれ馬鹿にされてるんじゃない?」

「ううん。それだけ、人の事を思いやれる人間なんてそうそう居ない、それは仏か天性の馬鹿にしか出来ない事だ、っておじいちゃんが言ってたんだ。だから、それは馬鹿にしてるんじゃなくて、悠にぃの優しさを言葉に出来なかったんだ、って思うよ?」

 リビングには、悠介と浩介、悠治と悠介の祖父が映っている写真が飾られていた。

 それを見て、悠介は太っていて、浩介は少し瘦身で、悠治が一番筋肉質なんだなと感じていたが、悠介と悠介の祖父は体形以外を見ると顔のパーツがそっくりで、遺伝子が強いのだろうという事が伺える。

「悠にぃがおじいちゃんに似てるのも、お父さん的には嫌だったんだって言ってたよ?なんだか、昔の厳しい躾を思い出すからって。だからって、虐待していい理由にはならないと思うけどさ。」

「そうだったんだ……。おばあさんは、一緒じゃなかったの?」

「悠にぃが中学生の頃に死んじゃった、って言ってた。その頃には悠にぃはここに住んでて、おばあちゃんの面倒も見てたらしいんだけど、七十歳位だったかな、早くに亡くなっちゃったらしいよ?」

「そうなんだ……。悠兄さん、辛い想いをたくさんしてきたんだね。」

 良太は、今の悠介の性格は知らないが、悠治と浩介に対する気持ち、というのはなんとなく理解出来た気がした。

 恋人、というよりも家族なのだろう、家族を欲していた悠介にとって、かけがえの無い存在なのだろう、と。

 実際それは概ね間違っていない、悠介は、浩介と悠治を家族だと思っている。

 ただ、喪失感を埋める為ではなく、純粋にそうありたいから、という理由なのだが。

「ハンバーグどう?美味しく作れてたら良いんだけど……。」

「美味しいよ!お野菜も、ドレッシングにあって丁度いいし、夏バテにも効くかな?」

「良かった。誰かに料理を食べてもらうなんて、した事なかったから。昔は浩にぃがご飯作ってくれたし、ちょっと前までは基本的に悠にぃが作ってくれてたから。悠にぃがお仕事の時は、僕が作ってたんだけどさ。誰かに食べてもらうって、本当に初めてなんだ。」

 悠治は、良太の評価を聞いてホッとしていた。

 今まで誰かに料理を振舞った事が無い、自炊こそすれど、という状態だった為、不安だったのだろう。

 悠介に振舞わなかったのだろうか?と良太は一瞬考えたが、そう言えば悠介はグルメライターだった事を思い出し、舌の肥えている悠介に振舞うのは少し怖かったのだろう、と考えを纏める。

「美味しいよ?自信もって、良いと思うなぁ。」

「そうなのかな……?僕、二人に頼りっぱなしでさ、何にも出来なかったんだ。お米洗うの、洗剤使うのかなって思ってた位だもん。」

「ホントに料理出来ない人のセリフだよ、それ。悠治はちゃんと出来てるよ、美味しいし、バランスもちゃんと考えられてる。大丈夫だよ?」

 自信がなさげな悠治に、良太は励ましの言葉をかける。

 それだけ悠治の料理が美味しいという事でもあるが、付き合いたてとはいえ、恋人が自信なさげな顔をしているのは、あまり見たくないのだろう。

 そんな良太の気持ちを知ってか知らずか、悠治ははにかみながらハンバーグを口に放り込む。

「悠治はさ、もっと自信を持っていいと思うんだ。だって、浩兄さんの事もそうだけど、立派にこの家を守ってるでしょ?悠兄さんが旅に出たって言うんだから、それは立派な事だと思うよ?」

「そうかなぁ……。だって、二人が帰って来た時、帰る場所が汚かったりしたら嫌でしょ?だから、僕に出来る事をしたいんだ。」

「そーいう所だよ。普通なら、自暴自棄になっててもおかしくないと思うよ?お兄さんは病気で入院して、頼ってたもう一人のお兄さんはどっか行っちゃって。独りでいるって、辛いでしょ?」

「……。うん、ちょっと辛い。でも、二人がそう決めた事だから、応援したいんだ。ずっと、悠にぃに迷惑ばっかりかけてきたから、今位は応援したいんだ。」

 悠治のわだかまり、それは悠介に対する恩でもあるのだろう。

 浩介だけならまだしも、自分までこうして一緒に暮らして、世話になって。

 そんな悠介に対する恩赦が、かえって楔になってしまっているのだろう。

「悠兄さんはさ、どんな人かはわかんないよ。でもさ、天性の馬鹿って言われる位、人を思いやれる人なんでしょ?なら、悠治の事だって、大事に想ってるんじゃないかなぁ。朝電話した時、すっごく嬉しそうだったよ?」

「でもさ……。ホントは浩にぃと二人で暮らしたかったんじゃないかなって、たまに思うんだ。僕は邪魔なのかなって。」

「そんな事ないよ!きっと、そんな事ない。悠兄さんにとっても、浩兄さんにとっても、悠治は大事な弟なんだと思うよ。だから、そんな寂しそうな顔しちゃだめだよ?せっかく想ってくれてる人達がいるのに、悠治自身がそんなんじゃ、報われないよ。」

 悠治が時折見せる、とても寂しそうな顔。

 その正体を知った良太は、本心から励ましていた。

 悠介と浩介の気持ち、それは本当に大切な弟だという事、それを知ってか知らずか、良太は概ね正しい事を話している。

「そう、なのかな……。僕、迷惑じゃないかな……?」

「そんな事、絶対にないよ。迷惑だったら、とっくの昔に追い出してると思わない?」

 ハンバーグをもぐもぐと食べながら、良太は三人の関係性を考えていた。

 すれ違いがあったら悲しい、自分にそのわだかまりが解けるのならそうしたい、と。

 悠治は、泣きそうで、寂しそうで、それでいて何処か嬉しそうな表情を見せる。

「きっとそうだよ。僕にはまだ二人の事はよくわかんないけど、きっと。だって、悠治は素敵な人だもん。だから、自信をもって良いんだよ?悠治は、魅力的で守りたくなる、そんな人なんだから。」

「良太……、ありがとう……。」

 たまらず泣き出してしまう悠治と、悠治の手を握って笑う良太。

 ずっとあったわだかまりと、甘えたくても甘えられないという環境で、心が疲れていた悠治にとって、それはとても嬉しい言葉だった。

 良太にとっては本心でしかない、本当にそう思っているだけなのだが、それが悠治にとっては嬉しくて仕方がない様だ。


「かに、美味しかったぞ?」

「しゃぶしゃぶで食べると思ってたら、お刺身もあるんだね?かにのお刺身って、食べた事ないや。」

「一緒に行ったら食えるよ、もうちょっとの辛抱だ。」

「そうだね、頑張って病気治さなきゃ。」

 ホテルの喫煙所でタバコを吸いながら、浩介と電話。

 今日食べた蟹はまあ美味くて、写真も撮り甲斐のある出され方をしたから、年甲斐もなく興奮したりして。

 そんな気分が高揚してる中、浩介と話せるって言うのは嬉しいけど、この気持ちを共有出来る日が待ち遠しいんだ。

「明日はどこ行くの?」

「明日は兵庫まで行くよ。神戸の方に行ってみようかと思ってるんだ。」

「神戸って言うと、神戸牛かな?」

「かなぁ。まだ店は決めてないけど、今日中に調べていく所決めなきゃな。それで、そしたら一回帰るよ。神戸から一日で車で帰るのはしんどいだろうから、ちょっと時間はかかるかもしれないけどな。でも、そろそろ会えるよ。」

「うん、待ってる。」

 俺も浩介に会いたい、多分浩介も俺に会いたい。

 それに、良太君にもちゃんと会ってみたいし、悠治にだって会いたい。

 じいちゃんとばあちゃんの墓参りだって行きたいし、墓の手入れを悠治に任せるのはちょっと違うなって思ってる。

 そんな色々があって、俺は早く帰りたいなって思ってるんだ。

「悠治と良太君、今頃は二人で寝てるのかな?」

「どうだろうな、まだ若者が寝るにはちょっと早い時間じゃないか?」

「そっか。病院での生活リズムに慣れちゃったから、中々お外の感じを思い出せないよ。僕、ほら、九時には消灯だから。」

「規則正しい生活、って言えば聞こえはいいけど、若いうちは夜更かしをしたくなるかrな、慣れるまで辛かったろ?」

「もう慣れちゃったから、逆に退院した後がちょっと不安かなぁ……。お散歩だって院内とお庭をちょっと位しかしてないし、体力も落ちてるだろうから……。」

「一緒にウォーキングでもするか。俺のダイエットにもなるし、丁度いいだろ。」

 正直、グルメライターをしてる内は、食う量は増えるわけだから、太り続けるって事で。

 それは、病気になる可能性なんかも秘めているわけで、それはいただけないとは思ってた。

 だから、丁度いい機会なのかもしれない、と俺は頭の隅で考えてた。

「悠介のもちもちお腹が無くなっちゃうのは、ちょっと寂しいけど、でも病気になっちゃったら駄目だもんね。ありがと、悠介。」

「そうだぞ?俺まで病気しちゃったら、共倒れになっちゃうからな。悠治に負担をかける事になるし、浩介の事診れなくなるし。」

 実際、浩介が入院する前は、一駅前から歩いたり、軽くウォーキングをしたり、ちょっとした運動はしてた。

 浩介が入院してからは、腐ってたというか、最低限の仕事しかしなくなったし、動く事も少なくなって、少しずつ太ってきてる。

 今も車での移動が基本だし、中々運動する機会がないって言うのも、一つの原因だとは思うけど。

「タバコも、控えないとね?」

「あはは……。タバコは辞めらんねぇな、じいちゃんの癖が移っちったから。なんだかさ、タバコ吸ってると、じいちゃんが傍にいてくれるような気がしてさ、懐かしいって言うか、まあ同じ銘柄吸ってるってのもあるんだろうけどさ。」

 俺の吸ってる銘柄はハイライト、じいちゃんが生前愛用してたタバコだ。

 ライターも年季の入ったジッポライターで、これはじいちゃんの遺品だったりする。

 手入れはきちんとされてたんだけど、何年前か何十年前かもわからない代物で、一回壊れちゃって、ジッポの会社に問い合わせたら、永年保障だっていうんで、修理してもらって使ってるんだ。

 カメラと言い、ライターと言い、じいちゃんの遺品って言うのは、俺の生活に今も馴染んでると言うべきか、必要不可欠なものが多い。

「おじいちゃん、タバコ大好きだったもんね。僕達が来てからはあんまり吸わなくなった、って言ってたけど、それでも一日一箱は吸ってたんじゃないかな?」

「その癖が、俺に移ったのかもしれないな。俺も今じゃそんなに吸わないけど、じいちゃんが死んでから暫くは、ずっと吸ってたからな。」

 それは、じいちゃんが死んじゃってすぐの頃。

 まるで、じいちゃんに憑りつかれたみたいに、タバコをずっと吸ってた時期があった。

 その頃は、確か一日二箱とか吸ってて、肺が痛いってなってたのに、なんでか吸うのをやめる気になれなくて。

 弔い、って訳でもなかったんだけど、なんでかわからないけども、不思議とそうしてた時期があった。

 俺がタバコを吸うようになったのは、間違いなくじいちゃんの影響で、じいちゃんに憧れて吸うようになった。

 一時は部屋中がタバコ臭くて、浩介達はちょっと嫌そうな顔をしてたっけ。

「タバコの吸いすぎは体に悪いからね?気を付けるんだよ?」

「わかってるよ、浩介。最近はそんなに吸ってない、吸ったとしても一日箱行かない位だよ。」

「そっか、ならよかった。」

 浩介は、あんまりタバコのにおいは好きじゃないって話を昔してた。

 なんだったか、嫌いな大人が吸ってて、それの印象が強かったって。

 でも、じいちゃんがタバコを吸うのは止めなかったし、俺がタバコを吸ってても文句は言わない、ただ、部屋がタバコ臭いのは嫌だって一回言われたっきりだ。

 それ以来、台所の換気扇下で吸う様にしてるんだけど、そう言えばじいちゃんが死んだ頃に一回、ハウスクリーニングをしたなって思い出す。

 タバコのにおいもそうだったけど、二十何年と過ごしてきたマンションだから、ちょっと所々痛んでたのと、カビが生えてたりしたもんで、それで一回綺麗にしたんだ。

「でも、悠介がタバコ吸ってるところ見るのは、好きだったなぁ。最近見られてないから、それを見るのも楽しみなんだ。」

「そうか?それは嬉しいな。」

「なんだかさ、おじいちゃんを思い出すみたいで、悠介とおじいちゃんってよく似てるでしょう?だから、懐かしい感じがするんだ。」

 確かに、俺とじいちゃんは似すぎてる位似てる。

 顔のパーツがそっくりで、じいちゃんはやせ型だったから体型は違ったけど、じいちゃんと孫って言うよりは、歳の離れた親子って言う感じだ。

 だから父親に虐待されてたって言う話でもあるんだけど、俺はじいちゃんに似てて嬉しかった、両親にあんまり顔つきが似なかったから、じいちゃんとはちゃんと血が繋がってるんだ、って嬉しかった覚えがある。

 今でも思い出すのは、じいちゃんが言ってた「悠介は俺にそっくりだ。」って言葉で、それを小さい頃からずっと言われてて、最初はわかんなかったんだけど、大人になってからはホントによく似てて。

「じいちゃんにも、今の俺の姿を見て欲しかったな。ちゃんと飯食ってける位にはなったぞ、って。」

「きっと、天国から見てくれてるよ。おじいちゃん、ずっと悠介の事大好きだったもん。」

「嬉しかったなぁ、ホントに。俺が家族の中で浮いてて、それでじいちゃんがこっちで暮らさないか?ばあちゃんも喜ぶぞ?なんて言ってくれてさ。あの言葉が無かったら、今の俺はいなかったと思うよ。」

「そしたら、僕達も一緒にいられなかったかもね。」

「そうかもな。ホントに、じいちゃんには感謝してもしきれないよ。ばあちゃんも良い人だったけど、じいちゃんの一歩後ろでドンと構えてる人でさ。結局最後まで、じいちゃんの事が大好きだったんじゃないかなって、思うよ。勿論、じいちゃんもばあちゃんが大好きだと思うしな。」

 思えば、遠くまで来たもんだ。

 ばあちゃんが中三の頃に死んじゃって、俺とじいちゃんの二人暮らしになって、それから三年たって、浩介達が加わって。

 それで、それから三年くらいでじいちゃんが死んじゃって、今度は浩介が入院して。

 良くも悪くも、こんな風な人生は想像出来なかったなって。

 悪い事もたくさんあった、でも、出会えた幸せもたくさんあって、今生きている事も幸せで。

 これで浩介が退院ってなったら、もうすべてが最高って感じではあるけど、まあ人生そう全てがうまくいくわけでもない。

 でも、手術を受けるって話を聞いて、なんとなくそれが叶いそうな気がするんだ。

「きっと、これから先はうまくいく。そんな気がするんだ。」

「そうなの?」

「おう、これから先は、色んな事がうまくいく、きっと浩介の病気だって治る、そんな気がする。」

「そっか、それは楽しみだね。」

 それは、願望に近いのかもしれない。

 治って欲しい、うまくいって欲しい、そんな願望かもしれない。

 でも俺は、三日前に神社で言われた事を思い出して、それがホントにそうなる、って思ってた。

 不思議と、あの人の言葉は信じても良いんだなって、そう感じるんだ。

「それじゃ、今日はもう寝るんだ。もう、夜九時を回ってる。消灯時間だろう?」

「うん、おやすみ、悠介。」

「おやすみ、浩介。」

 電話が切れる。

 俺は、もうちょっとだけ記事を書かなきゃって思って、シャキッと頭を動かす為に、一旦外に出てコンビニに。

 エナジードリンクを一つとコーヒーを買って、缶詰だ。


「あら坂崎さん、まだお休みになられないんですか?」

「飯田さん、すみません、消灯時間過ぎてますよね。」

「いえいえ、咎めるつもりはなかったのですが。普段はお休みされているお時間だったと認識しておりますので、どうかされたのかな、と。」

 浩介がかに道楽の写真を眺めていると、夜勤の看護師の男性、飯田が見回りに来る。

 飯田は物腰の丁寧な六十を過ぎた老齢の看護師で、ベテランと言われているが他の看護師に対しても丁寧、その丁寧さから人気がある人物だ。

 白髪交じりの髪の毛に、皺のついた顔と、ぱっと見七十程度に見えなくもないが、自分は老け顔だ、と話をしているらしい。

「恋人が、写真を送ってきてくれたんですよ。かに道楽、って知ってます?」

「かに道楽、懐かしいですな。昔、妻とせがれを連れて行ったっきりですよ。恋人の方は、今は大阪にいらっしゃるので?」

「はい。明日兵庫に行って、それで帰ってきてくれるって話です。」

「それは楽しみでございますな。坂崎さんの寂しそうなお顔を拝見するのは、少々胸が痛みます故。」

「寂しそうな顔、してますか?」

「はい。他の患者さんがされないような、独特な空気を纏われていらっしゃる。ずっと傍にいてくれた方が、急にいなくなってしまわれた時の様な。その様な空気を。」

 飯田は、院内一頭がキレる、と言われている程、他人の感情の機微に敏感だ。

 健也や瀬川が、目標にしているという話も本人達から聞いた事がある、何処か独特な空気を纏った人物。

 まるで、仏か何かの様に、人の悩みを察して、悩みや蟠りを取り払って、それが院内きっての切れ者と言われる所以であり、それが院内で人気な理由でもあるだろう。

「僕……。ずっと、一緒にいて欲しかったんです。でも……、でも、それは悠介の為にも、僕の為にもならないと思って……。」

「うーむ……。間違いではないでしょうな。入院が長くなられますと、皆さま心を病まれてしまいます。刺激がない、単調な生活というのは、お辛いのでしょう。坂崎さんは、それを恋人さんの旅の写真を拝見される事で、回避された。これまでも、食事の写真を拝見されていたというお話でしたし、そう言った心の刺激というのが、坂崎さんが心を病まれない理由でしょう。しかし、今までは毎日傍にいらっしゃられた方が、急に遠くへ行ってしまった、それが、坂崎さん心に、曇りを与えているのでしょう。」

「飯田さんのお話って、ちょっとたまに難しいですよ。でも、そうなのかもしれないです。ずっと傍にいてくれたのに、急に会えなくなったから……。」

「寂しく思われるのも当然の事です。本当に、毎日顔を合わせられていた方が、急に会えなくなってしまったのだから。しかし、何故か今の坂崎さんは、何処か嬉しそうなお顔をされていらっしゃる。寂しさと嬉しさが混じった様な、そんなお顔を。」

 飯田は、浩介の目を見て気づいた。

 浩介が、少し嬉しそうな眼をしている事に。

 それは間違いではない、浩介は嬉しがっている、悠介が帰ってきてくれるという事を、知っているのだから。

「僕って、わかりやすいんですかね?」

「どうでございましょう。さて、本日はご就寝を。夜更かしは、お体に障ります故。」

「はい、おやすみなさい。」

 飯田はそう言うと、病室を出て行く。

 浩介は、早く会いたいという気持ちを抑えつつ、眠りについた。


「さて、あとちょっとっと。」

 もうすぐ日が変わる、そろそろ記事を仕上げて寝ないとだ。

 浩介と悠治は元気にしてるかな、なんて思いながら、パソコンと向き合う。

 気が付けばエナジードリンクは三本に増えてて、普段あんまり夜更かししない俺から下ら、結構きついんだと思う。

「そういや、良太君の事あんまり聞かなかったな……。」

 良太君、どんな子なんだろう。

 悠治が付き合うって言うんだから、いい子なんだろうけど、そう言えばどういう子なのかを聞くのを忘れてた。

 悠治がいつだったか同僚が、って話をしてた様な気もするけど、考えてみると、浩介が入院して以来、少し会話が減ってた気もする。

 悠治には申し訳ないなとは感じてたけど、浩介の事で二人とも手いっぱいで、話をする機会があんまりなかったなって。

 一緒に暮らしてるはずだったのに、寂しい想いをさせちゃったなって。

「ふぅ……。」

 でも、これから先は、きっと良くなる。

 浩介の病気が良くなれば、一緒に旅に出られるし、悠治だって頑張れば連れて行ける。

 でも、良太君とお付き合いし始めたって事は、俺達の都合で振り回すのは違うのかな?

 恋人同士で一緒にいた方が楽しいだろうし、そこら辺の話も今度帰ったらしないとな。

「あっとすっこし!」

 肩をほぐしながら、ちょっと休憩。

 タバコでも吸いに行くかな、なんて考えながら、ふと左手を見る。

「浩介、付けてくれてるんだもんな。」

 左手の薬指、それは男女でいえば結婚の証。

 俺達が一緒に暮らし始めて二年ちょっと経って、少し経済的に余裕が出来た時に、じいちゃんにそれ位買って来いって言われて、二人で一緒に買った指輪。

 それに、悠治が編んでくれたミサンガ、これには皆が幸せになれますように、って言う願いを籠めた。

 きっと幸せになれる、きっと。

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