旅の写真
「浩介、写真見てくれたか?綺麗だろ、今度は一緒に行こうな。」
「うん、悠介。ありがとう、僕の事心配してくれて。一緒に旅したいね、早く退院しなきゃ。」
今日は富士山の山頂から写真を送って、日の出を一枚と雲海を一枚。
俺の恋人の浩介は三年前から入院してて、中々良くならない中、ずっと旅をしたかった俺に、旅の先の写真を送って欲しい、ってせがんできたんだ。
俺は、浩介を一人残して行くのは不安だったけど、弟の悠治もいてくれるから、悠介はいっぱい写真を撮って送って!っていう浩介の言葉に負けて、仕事をしながら旅に出た。
「悠介、体力ないのに頑張ったね。富士山って、登るの大変だったでしょ?」
「五合目まではバスが出てるから、そこまでじゃなかったよ。ただ、腰が痛いかな。」
「気を付けてね。今日は山小屋に泊まるんでしょ?」
「うん、帰り途中多分今日中には降りれないと思うから、山小屋で一泊してから次の場所行く予定だよ。」
俺の仕事はウェブライター、電波さえあればどこでも仕事は出来る。
元々はグルメライターをしてて、浩介と一緒に色んな所のご飯を取材しに行ってたんだけど、浩介が入院してから三年、暫く腐ってた、でもこうして今では旅に出て、トラベルライターをしながらグルメライターを始めた。
浩介と俺は今二十六歳、浩介は高卒から雑誌関係の仕事についてて、今は休職して心疾患で入院中。
弟の悠治は営業の仕事をしてて、今は俺と悠治が浩介の入院費を稼いでる状態だ。
「今日は悠治来てくれるのか?」
「うん、仕事終わったらお見舞い来てくれるって。果物持ってきてくれるって言ってたよ?」
「浩介、梨好きだからな。良かったじゃんか、市川の梨が懐かしく感じるよ。」
富士山の山頂で風を感じながら、笑う。
俺達が住んでるのは千葉県の松戸市、隣の市川市は梨が有名で、梨街道なんてのが松戸沿いにあったりして、毎年直売所に買いに行ってた。
俺のじいちゃんが生前市川に住んでて、梨をよく食べてたのも懐かしい、昔から梨を買いに一緒に行ってて、梨農園の人とも顔見知りだけど、今年は行ってない。
もう夏が終わりかけてる、九月の半ばだから、多分豊水が今頃は食べ時かな。
「そっちは暑くない?こっちはまだ三十度超えてるみたいだよ?」
「山の上だからそんなにって感じだな。降りたら暑いぞとは思う。」
俺はそもそも夏が苦手で、って言うのもデブだから汗っかきって言うのがあるんだけど、夏だろうと山登りは基本長袖のインナーを着なきゃいけないから、途中までは汗だくだった。
でも、山頂に着くと意外と涼しくて、日差しがちょっと暑いけどまだまだいける、って感じだ。
「富士山の山頂、やっぱり写真で見ても綺麗だね。いつか、行きたいな。」
「行こう、一緒にな。」
「うん、絶対約束だよ。」
そう言って、通話が切れる。
まだ朝早い時間だったから、病院の起床時間にはなってない、ちょっとこっそり電話してた。
浩介もまだまだ眠いだろうなって思うし、あんまり長引くのもちょっと違うかなって。
「綺麗だな……。」
改めて日の出を見ながら、この景色を一緒に見たいなと思うんだ。
旅に出るのは俺の夢だった、浩介の食い扶持も稼いで一緒に、って思ってたんだけど、結局独りでこうして旅を始めた。
会えないのは寂しい、毎日顔を合わせてたから、寂しいけど、浩介が俺に旅に出て写真を撮って欲しいって、そう言ってたから、俺は旅を続けようと思ってる。
いつか浩介の心疾患が治ったら、一緒に行くんだって思いながら、それまでにいろんな良い所を見つけておこう、って。
「……。」
この光景を、目に焼き付けておこう。
写真じゃわからないこの生の景色を、いつか一緒に見ようって。
「ふぅ……。」
今日は山小屋に泊まって、それで明日からまた移動だ。
下山の時の方が気が緩んで怪我をしやすい、って先輩に言われたし、気を引き締めて行こう。
「お客さん、独りで山登りってのは、慣れてるのかい?」
「いえ、今回が初めてですよ。子供の頃校外学習とかで登ったっきり、久しぶりの登山です。」
「ほー、それで富士山を選んだって言うのは、またなんでなんだい?」
八合目の山小屋に戻って、七十代位の皺の濃い男性の山小屋のスタッフさんに、カレーを貰いながら話を少し。
確かに、山慣れしてない人が富士山なんて登るもんじゃないだろうし、珍しいんだと思う。
「恋人が、景色が見たいって言ったんですよ。俺、グルメライターだったんですけど、今回を期にトラベルライターを始めたんです。色んな景色を写真に撮って、送って欲しいってお願いされたんですよ。」
「恋人さんって言うのは、どうしてるんだい?」
「今、入院してます。もう、三年くらいになるかな……。ずっと、一緒に色んな所のご飯食べに行ってたんですけど、それが出来なくなっちゃって。独りで食べるって言うのも味気なくて、ちょっと仕事サボってたんですけどね。でも、生きる為には働かなきゃならないし、いい機会だなって思ってます。」
山小屋のスタッフさんは、気の毒に、って顔してる。
でも、俺は気の毒だとかそういう言葉はいらないと思ってて、浩介も頑張って生きてる、生きる糧の為にも俺は旅をする、って考えてる。
「いつか、一緒にここに来たいですよ。山頂の景色、すっごい素敵でしたから。」
「だろう?ここはね、誰しもを魅了する不思議な魅力があるんだ。登山も険しい、危険も伴う、でも見たい景色がある、って人は多くてね。おかげで、うちの山小屋も繁盛させてもらってるよ。」
「ここの山小屋のカレーは美味しい、って記事に書いときますね。お腹空いてると、身に染みる味がしますし。」
「お、そりゃ有難い!私の事もイケメンだったと書いてくれるかい?」
「それは考えておきます。」
茶目っ気たっぷりな男性を見てると、元気が出てくる。
明日下山したら、今度は少し南下して静岡に行く。
もしかしたら今回っきりの付き合いかもしれないけど、それはそれであとくされは無いし、良いんじゃないかなって。
「さ、食べてゆっくり寝ると良い。登山でだいぶん体力を使ったろう?」
「そうさせてもらいます、ごちそうさまでした。」
話してる間にカレーを食べ終わって、後は今日は寝るだけ。
スタッフさんに挨拶をして、布団に入って今日はおやすみなさいだ。
登山で体力を使ったからか、下山で神経を使ったからか、すぐに寝付いてまどろんでいく。
「悠介、綺麗な写真送ってくれたよ。」
「浩にぃ、ホントに良かったの?悠にぃと、一緒にいたかったでしょ?」
「うん。でも……、でも、悠介に色んな景色を見せてもらうのが、元気になるのかなって、思うんだ。ずっと楽しみにしてたんだ、悠介と旅するの。だから、景色を見せて貰って、勇気を貰いたいんだ。」
「……。浩にぃがそう言うなら、僕から言う事も無いかな。梨、食べる?いつもの直売所で買ってきたんだ、豊水だって。」
陽が沈んだ頃、病院に悠治がやってきた。
浩介はベッドの背を起こして座っており、少し顔色が悪い。
手術をしなければならない、と聞いてから暫く、不安で眠れない日が続いている、と悠治には伝えていたが、悠介には旅を楽しんで欲しくて、手術の事も話していない。
「いただきます、梨って美味しいよね。」
「今年はあんまり取れなかったんだってよ?なんだか、梅雨が長くなっちゃって、不作だって。これも、僕達が買いに来るの取っといてくれたんだってさ。」
「嬉しいなぁ。おじさん、元気だった?」
「娘が嫁に行っちゃったー!って言ってたけど、元気そうだったよ。」
梨農家の主人とは、浩介も悠治も顔見知りだ。
悠介が仲介というか、夏の終わりになると一緒に連れて行っていたら、いつの間にか顔を覚えて貰っていた、というのが正しいだろう。
「美味しい、甘いね。」
「病院じゃあんまりこういうのでないでしょ?たまには食べないとまいっちゃうよ。」
「そうかもね。病院のご飯って味つけ薄いし、悠治がお見舞い持ってきてくれないと、ちょっとお腹すいちゃうもん。」
浩介は太っている訳ではなく、むしろ入院してから少し痩せ気味になった位なのだが、食欲は流石に二十代といった所だろう。
悠治の方はガタイががっしりとしていて、兄と弟を逆に見られる事もままある、病院でもお兄さんですか?と聞かれる事が時折あった。
「僕も一個食べていい?」
「うん、一緒に食べよ。」
悠治も梨を一つかじりながら、悠介は今どう思っているのか、と考える。
浩介の願いで一人旅に出た、その寂しさと心細さとでも言えば良いのだろうか、そういったものに襲われていないか、と。
「手術の日程、決まったの?」
「ううん、まだ検査が残ってるから、それが終わってからだって。まだ先かなぁ、それまで何もなければ、だけどね。」
浩介は元々、明るい性格だった。
底抜けに明るい、天真爛漫とでも言えば良いのだろうか、そういった性格だったのだが、入院してからというもの、落ち着いたと言うべきか落ち込んだと言うべきか、少し影を見せる事が多くなった。
悠治にとっては、ずっと笑っていた兄が、急に変わってしまった、と入院したての頃は驚いたし、不安にもなった。
しかし、悠介がそんな悠治の傍にいて、大丈夫だと言い続けてきたおかげか、最近ではそれを不安がる事も無くなってきた。
「あ、悠介から連絡来てた。」
「なんて言ってる?」
「山小屋のカレーが美味しいぞって、後はスタッフさんが面白い人だよって。」
「写真は?」
「あるよ、見てみて。」
浩介がスマホを悠治に見せると、カレーを持ってピースしている悠介と、その横に七十代の男性が笑っていて、この人が面白い人なんだな、というのがわかる。
悠介は、スマホで写真を撮って浩介に送りつつ、自前の一眼レフで記事の為の写真を撮っていて、送ってくるのはスマホの写真だ。
記事を見るともう少し綺麗な映像が見れるが、その場で撮ってその場で送る、という新鮮さを悠介が優先していて、浩介はそれを喜んでいる。
「カレーなんて、何年食べてないかなぁ。美味しいのかな。」
「悠にぃが美味しいって言うなら、間違いないんじゃない?だって、グルメライターやってた位なんだしさ。」
「悠介が連れて行ってくれる所、何処も美味しかったなぁ。あそこ覚えてる?柏のお蕎麦屋さん。僕達は高校生の頃からずっと行ってたけど、悠治も連れて行ったことあったでしょ?」
「あー、そば久さん?女将さん達が優しかったよね、今でも悠にぃにたまに連れてってもらってたけど、僕も一人で行ってみようかな?」
浩介君は元気?大丈夫?と、悠介と悠治が二人で行く度に聞かれていて、悠介はきっといつかまた三人で来ます、と言っていた。
蕎麦が美味しいのはもちろんの事、サービスで出してくれる煮っころがしなどがまた美味しい、と悠介の記事にも掲載していて、実際悠治はその温かい雰囲気が気に入っていた。
「僕、必ず元気になって食べに行きます、って伝えてくれる?」
「うん、わかった。」
そろそろ面会時間が終わる、悠治は明日も仕事だ。
梨の皮や種を袋に入れて片づけると、悠治はバイバイと言って病室を出ていく。
「美味しかった、また食べたいなぁ。」
個室に独り残された浩介は、眠前薬を持ってくる看護師さんを待ちながら、うとうとする。
「坂崎さーん、お薬お持ちしましたよー。」
「はぁい……。瀬川さん、ありがとうございます。」
「いえいえ、これもお仕事、ですからね。もう坂崎さんが入院されてだいぶ経ちますけど、あまり体重も落ちてないみたいでちょっと安心ですよ?」
眠前薬を渡されて、飲みながら看護師の女性、瀬川と少し雑談。
元々喋りたい人間な浩介は、友達を作るのが上手で、誰とでも仲良くしていた。
瀬川も例外ではなく、中学生の子供がいる瀬川は、病気がちで似ている浩介に少し特別な感情を抱いていた。
「では、おやすみなさい、坂崎さん。」
「はい……、お休みなさーい……。」
そもそもが眠くなっていた浩介は、すぐに眠りに落ちる。
まどろみながら、朝に見せて貰った日の出を思い出して、いつか一緒に見たいな、と願うのであった。




