冥帝《2》
それは、追ってこなかった。
地面に伏したまま、低い呼吸音だけが続いている。
三人は距離を取ったまま、しばらく動かなかった。
「……来ないな」
かんたが言う。
「今は、な」
幸人は弓を下ろさない。
時間が、ゆっくり流れる。
空の色が変わり始めていた。
森の音が、減っていく。
虫の声が消え、風の音も弱くなる。
代わりに、妙な静けさが広がった。
「静かすぎる」
龍が言う。
返事はあった。
だが、少し遅れて聞こえた。
どこから聞こえたのか、分からない。
夜になった。
焚き火を起こす。
光はある。
だが、遠くまで届いていない。
見えているはずの地面が、妙に遠い。
一歩踏み出すと、感覚が遅れて返ってくる。
「……変だぞ、これ」
かんたが足を止める。
音が、途中で消える。
火のはぜる音も、枝を踏む音も、最後まで届かない。
幸人が矢を放った。
何かに当たった感触があった。
だが、それが本当かどうか分からない。
「信用できねえな」
龍が前に出ようとする。
だが、進んだはずの足が、元の位置にある。
「距離が……狂ってる」
かんたは完全に動けなくなっていた。
前に進んでいるつもりで、同じ場所にいる。
闇の中で、巨大な影が動いた気がした。
一瞬だけ。
次の瞬間には、何もいない。
姿は見えない。
だが、確実に“そこにある”。
夜そのものが、こちらを包んでいた。
ここでは、
戦うという行為が成立しない。
三人は、背中を寄せる。
逃げるか。
耐えるか。
答えは、まだ出ていなかった。




