停滞
獣のドラゴンは、追ってこなかった。
それが、かえって不気味だった。
拠点は、谷から少し離れた岩場にある。
仮の場所だ。
防御も、快適さも最低限。
それでも、生きて戻れた。
かんたは、まだ眠っている。
呼吸は安定しているが、
目を覚ます気配はない。
「……予想より、重いな」
幸人が言った。
弓の整備をしながら、視線は外に向けたままだ。
龍は、力嶽の前に立っている。
「想定は?」
力嶽は、少し間を置いた。
「下だった」
即答だった。
「余裕でな」
それ以上、言い訳はしない。
「俺の想定では、
初動で一人は動けると思っていた」
龍は思い出す。
幸人が吹き飛ばされた瞬間。
かんたろうが貫かれた瞬間。
「……現実は違った」
「違いすぎた」
力嶽は言った。
「格が違う。
あれは、ただの王じゃない」
拠点に、沈黙が落ちる。
「だから、今は行かない」
力嶽が続けた。
「かんたは寝たままだ。
人数も、力も足りない」
龍は頷いた。
「……やることは?」
「鍛える」
短い答え。
「戦い方を変える。
身体も、判断もだ」
その日から、訓練が始まった。
派手なものはない。
走る。
重いものを運ぶ。
剣を振る。
同じ動きを、何度も繰り返す。
幸人は、距離と位置取りを徹底的に詰められた。
「撃つ前に、
立ち位置を考えろ」
力嶽の声が飛ぶ。
龍は、受け身と踏み込みを繰り返す。
「力任せは、もう通じない」
何度も、地面に叩きつけられた。
夜になると、拠点で最低限の生活をする。
食う。
寝る。
見張る。
単調だ。
だが、緊張は切れない。
かんたの横には、
いつも誰かがいる。
力嶽が、手をかざしている時間もあった。
長い。
本当に、長い。
「……すぐには起きないな」
幸人が言う。
「ああ」
龍は答えた。
外で、風が鳴る。
獣のドラゴンは、まだいる。
だが今は、行かない。
行けない。
力嶽は、焚き火を見つめたまま言った。
「勝つための準備だ」
誰も反論しなかった。
停滞は、
次の戦いの前触れだった。




