館
谷の最奥に、それはあった。
館だった。
石造りで、崩れてはいない。
だが、手入れされた形跡もない。
「……ドラゴンの巣にしちゃ、整いすぎだろ」
かんたが呟く。
扉は、最初から開いていた。
中は暗い。
外の光が、ほとんど届かない。
一歩踏み込んだ瞬間、
空気が変わった。
重い。
湿っていて、息がしづらい。
「……嫌な感じするな」
幸人が低く言う。
進むしかなかった。
足音が、やけに響く。
壁には、何かが染みついた跡がある。
臭いは、血と腐臭が混じったものだった。
どれくらい歩いたか分からない。
そのときだった。
――圧。
言葉にする前に、
身体が理解した。
前方の闇が、動く。
巨大な影。
頭の奥に、
確実な“理解”が落ちてきた。
獣のドラゴン。
龍は剣を抜いた。
「来るぞ――」
言い終わる前だった。
轟音。
次の瞬間、幸人の姿が消えた。
吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられる音が、遅れて届く。
「幸人!」
声をかける間もなかった。
黒い影が、横から動く。
鈍い音。
「……っ」
かんたの腹が、貫かれていた。
牙か、爪かは分からない。
ただ、確実に“抜かれている”。
血が、床に落ちる。
まずい。
龍は即座に判断した。
このままでは、全滅する。
――力嶽。
背中の装備に手を伸ばす。
弓でも、剣でもない。
小さな金属筒。
火打石付きの信号筒だ。
力嶽に言われていた。
「届く合図を用意しろ。
音と光なら、必ず分かる」
龍は噛み石を叩いた。
甲高い音。
同時に、
赤い火花が天井へと走る。
瘴気の中でも、
はっきり分かる光。
その瞬間だった。
背中に、
強烈な衝撃。
肺の空気が、一気に抜ける。
視界が、前に投げ出された。
床が、迫る。
意識が――
途切れる寸前、
低い咆哮が、確かに聞こえた。




