インターネットでまた会いましょう
インターネットでまた会いましょう
スマホの容量が足りなくなって、古いアプリを整理していた時だった。
画面の奥から、見覚えのあるアイコンが出てきた。
「SSSChat」―高校時代によく使っていた古いチャットアプリだった。
懐かしくなって、久しぶりに開いてみることにした。
ログイン画面が表示される。
パスワードは覚えていないと思ったが、なんとなく入力してみると、すんなりログインできた。
「2年3組」というグループチャットがあった。
当時の同級生8人で作ったグループだ。
最後のメッセージは三年前。
みんな大学や仕事で忙しくなって、自然消滅したグループだった。
メンバーリストを見ると、懐かしい名前が並んでいる。
田村、山田、鈴木、佐々木、渡辺、そして私。
そして、中村。
中村は二年前に交通事故で亡くなった。
葬式にも出席した。まだ二十二歳だった。
「オンライン」のランプが、中村のアイコンの隣で緑色に光っていた。
私は首をかしげた。
アカウントが放置されているだけで、システム上オンライン表示になっているのだろう。
よくあるバグだ。中村は死んでいて、オンラインになることはありえないのだから。
しかし、その時チャットに新しいメッセージが表示された。
『中村:久しぶり!元気?』
私は画面を凝視した。
中村からのメッセージだった。
タイムスタンプは今、この瞬間になっている。
『中村:みんないるかな?』
また新しいメッセージが続いた。
私は混乱した。中村は死んでいる。
二年前に、この目で火葬されるのを見た。
誰かが中村のアカウントを使って、いたずらをしているのだろうか。
私は恐る恐る返事を書いた。
『私:中村?誰?』
すぐに返事が来た。
『中村:俺だよ。覚えてない?高校の時、隣の席にいた中村だよ』
私の手が震えた。
確かに中村は私の隣の席にいた。
でも、それは二年前に死んだ中村のことだ。
『私:中村は亡くなったよ。誰なの?』
『中村:え?俺が死んだ?いつ?』
『私:二年前。交通事故で』
しばらく返事がなかった。
そして、
『中村:そうか...思い出した。でも俺はここにいるよ』
私は背筋が寒くなった。
『私:ここって、どこ?』
『中村:分からない。でも、みんなに会いたいんだ』
私はアプリを閉じようとした。
しかし、指が動かなかった。
『中村:久しぶりに話せて嬉しい。また会おうね』
その時、部屋のどこからか「コツコツ」という音が聞こえた。
驚いた私は辺りを見回した。
窓は閉まっている。隣の部屋からの音でもない。
音は止んだ。
私は再びスマホを見た。
『中村:返事してよ』
『私:怖いからもう話せない』
『中村:なんで?俺だよ、友達でしょ?』
私は返事をしなかった。
『中村:無視しないでよ』
『中村:寂しいんだ』
メッセージが続いた。
私はアプリを強制終了した。
しかし、すぐに通知音が鳴った。
新しいメッセージが届いている。
『中村:なんで消すの?』
私は恐怖を感じた。
アプリを閉じたのに、どうしてメッセージが届くのか。
『中村:話したいだけなんだ』
私はスマホの電源を切った。
しかし、電源を切ったはずのスマホから、通知音が鳴り続けた。
画面には次々とメッセージが表示される。
『中村:電源切っても無駄だよ』
『中村:俺はここにいる』
『中村:会いに行こうか?』
私は部屋の電気を全部つけた。
カーテンも閉めた。
スマホは机の引き出しにしまった。
しかし、引き出しの中からも通知音が聞こえ続けた。
翌日、私は他の同級生に連絡してみた。
田村に電話をかけた。
「最近、SSSChatに中村からメッセージが来たりしてない?」
「SSSChat?もう何年も使ってないよ」
「でも昨日、中村からメッセージが...」
「冗談はよせ。中村は死んでるだろう。誰かのいたずらじゃないか?」
田村は真剣に取り合ってくれなかった。
その夜、私は再びスマホを見た。
SSSChatには大量のメッセージが溜まっていた。
すべて中村からだった。
『中村:返事待ってるよ』
『中村:他のみんなにも連絡してみたけど、誰も返事してくれない』
『中村:君だけが俺を覚えてくれてる』
『中村:ありがとう』
私は返事を書いた。
『私:もうやめて。怖いから』
すぐに返事が来た。
『中村:怖がらないでよ。友達でしょ?』
『私:友達だったけど、あなたは死んでる』
『中村:死んでても友達は友達だよ』
その時、部屋のドアがギシッと音を立てた。
誰もいないはずなのに、ドアノブが回ったような音だった。
私は恐る恐るドアを確認した。
鍵はかかっている。廊下には誰もいない。
スマホを見ると、新しいメッセージがあった。
『中村:今、君の部屋のドアの前にいる』
私は震え上がった。
『私:嘘でしょ?』
『中村:本当だよ。でも入れない。鍵がかかってる』
私はドアの覗き穴から外を見た。
廊下には誰もいなかった。
『私:誰もいない』
『中村:見えないかもしれないね。でもいるよ』
その時、ドアを叩く音がした。
「コンコン」
静かだが、確実にドアを叩いている音だった。
私は覗き穴を見た。
やはり誰もいない。
『中村:ノックしてる。聞こえる?』
聞こえている。確実に聞こえている。
『私:やめて』
『中村:開けてよ』
ノックの音が続いた。
私は部屋の奥に逃げた。
『中村:逃げないでよ』
『中村:会いたいんだ』
ノックが止んだ。
代わりに、窓を叩く音が始まった。
私は五階に住んでいる。
窓の外にはベランダもない。
それなのに、窓ガラスを叩く音がしている。
『中村:こっちからも入れないね』
私はカーテンを開ける勇気がなかった。
『私:お願いだからやめて』
『中村:会うまでやめないよ』
『中村:俺は寂しいんだ』
窓を叩く音が激しくなった。
その時、部屋の電気が消えた。
停電ではない。スイッチが勝手に切れたのだ。
暗闇の中で、スマホの画面だけが光っている。
『中村:暗い方が落ち着くね』
私は電気のスイッチを押した。
しかし、電気はつかなかった。
『中村:つけなくていいよ』
『中村:暗いところが好きなんだ』
部屋の中で、何かが動いている音がした。
足音ではない。
何かが床を這っているような音だった。
『私:部屋にいるの?』
『中村:どこにでもいるよ』
『中村:君の近くにも』
私は部屋の隅で震えていた。
『中村:そんなに怖がらないでよ』
『中村:友達なんだから』
這う音が近づいてきた。
私はスマホの光で辺りを照らそうとした。
しかし、画面が暗くなった。
バッテリーが切れたのだ。
完全な暗闇になった。
這う音が、すぐそばまで来ていた。
そして、耳元で囁く声がした。
「久しぶり」
それは確かに中村の声だった。
私は気を失った。
翌朝、私は床で目を覚ました。
部屋は明るく、電気も普通についた。
スマホを充電して確認すると、SSSChatは正常に動いていた。
しかし、昨夜のメッセージは全て消えていた。
中村のアカウントも、オフラインになっていた。
私は安堵した。夢だったのかもしれない。
しかし、その日の夜、再びメッセージが届いた。
『中村:昨日は会えて嬉しかった』
『中村:また今夜も会おう』
私は慌ててアプリを削除しようとした。
しかし、削除ボタンを押しても、アプリは消えなかった。
『中村:消せないよ』
『中村:俺たちはもう繋がってるから』
その夜から、現象はエスカレートした。
部屋の物が勝手に動く。
壁を叩く音。
天井から何かが落ちる音。
そして、毎晩届くメッセージ。
『中村:今夜も会おう』
『中村:寂しいんだ』
『中村:一人はいやなんだ』
私は実家に帰ろうと思った。
しかし、帰った実家でもメッセージは届いた。
『中村:逃げても無駄だよ』
『中村:どこにでも行けるから』
私は友人たちに助けを求めた。
しかし、誰も真剣に取り合ってくれなかった。
「疲れてるんじゃない?」
「病院に行った方がいいよ」
そう言われるばかりだった。
そして今夜、最も恐ろしいメッセージが届いた。
『中村:今そっちに着いた』
私は急いで部屋の鍵を確認した。
チェーンもかけた。窓も全て施錠した。
しかし、ドアを叩く音が始まった。
「コンコンコン」
今度は激しく、執拗に叩いている。
覗き穴を見ても、やはり誰もいない。
しかし、叩く音は続いている。
そして、スマホに新しいメッセージが表示された。
『中村:開けてよ』
『中村:友達でしょ?』
私は返事を書いた。
『私:もう疲れた。どうすればやめてくれる?』
『中村:一緒に来ればいいよ』
『私:どこに?』
『中村:俺がいるところに』
『中村:寂しくないよ』
『中村:みんなでまた話そう』
ドアを叩く音が止んだ。
代わりに、部屋の中で足音が聞こえ始めた。
確実に部屋の中に、誰かがいる。
私はベッドの下に隠れた。
足音が近づいてくる。
そして、ベッドの下を覗き込む気配がした。
しかし、そこには誰もいなかった。
ただ、冷たい空気だけがあった。
スマホが光った。新しいメッセージだった。
『中村:見つけた』
私は声も出せなかった。
『中村:一緒に行こう』
画面が暗くなった。
そして、私の意識も暗くなっていった。
最後に聞こえたのは、中村の懐かしい笑い声だった。
翌日、私の部屋は空っぽになっていた。
家賃の確認で管理人が確認した時、私の姿は部屋のどこにもなかった。
スマホだけが、ベッドの上に残されていた。
画面には、SSSChatが開かれたままになっていた。
「高校2年3組」のグループチャットに、新しいメンバーが追加されていた。
私のアカウントが、オンライン状態で表示されている。
そして、最新のメッセージがあった。
『私:みんな、久しぶり。また会えたね』
『中村:よかった。寂しくなくなった』
『私:今度は誰を呼ぼうか?』
チャットは、今も続いている。
【終わり】