第5章: 絶望の水葬
夜が更け、浩司は再び海辺に向かう決意を固めた。これまで村で起きた不可解な出来事や、村人たちが恐れていた水葬の儀式に隠された真実が、次第に彼を突き動かしていた。浩司は、もう後戻りできないところまで来てしまったことを感じていた。
海霧村の海は、どこか異様な静けさを持っていた。波の音が途切れ、空気の温度が急に冷えたように感じた。その冷気が、まるで何かの予兆のように浩司の身体にしみ込んでいく。
「今日こそ、真実を確かめる。」浩司は呟き、胸の中の不安を振り払いながら海に向かって歩き始めた。
村人たちが恐れている「怨霊」について、藤沢爺が語っていたことを思い出す。海に封じ込められた者の魂は、時折目を覚まし、村を呪い続けているという。その者が復活するのを防ぐために、毎年水葬の儀式が行われるのだと。
浩司は、村人たちが守り続けてきたこの儀式に恐れを抱きながらも、その真実に迫ることでしか、この呪いを終わらせる方法はないと確信していた。
海辺に到着すると、浩司はその場に立ちすくんだ。眼前に広がる暗い海面は、まるで彼を呼んでいるかのように無言で波打っていた。すると、ふと耳に入ってきたのは、遠くからかすかに聞こえる「うめき声」だった。
それは人の声のようであり、また何か異質なものを感じさせる声だった。浩司は足を止め、その声に耳を澄ませた。
「誰だ?」彼は声を上げるが、答えはない。だが、声は確かに近づいてきていた。波の音に紛れて、次第にその声は強く、そして耳障りなほどに大きくなっていった。
そのとき、海の中から何かが浮かび上がるのを見た。それは、異様な形をした人影のようだった。あの不気味な手が、また現れたのだ。
浩司は息を呑みながらその姿を見つめた。それは、人間の形をしているようで、しかし目に見えない何かがその姿をゆがめていた。髪の毛がぼろぼろになり、肌は青白く、腐敗したような状態だった。その目は、まるで怒りに満ち、何かを求めるように見つめていた。
その存在は、明らかに死者の怨念を体現したものであり、浩司はその瞬間、自分が深い闇に足を踏み入れてしまったことを悟った。
「お前も呪われる…。」その声が再び浩司の耳に届いた。やがて、その姿はどんどん近づいてくる。
だが、浩司は恐怖に震えながらも、動けずにはいられなかった。「これが、儀式の秘密か?」彼は呟き、恐る恐るその影に歩み寄る。
突然、海から放たれた強烈な引力が浩司を引き寄せ、海に飲み込まれるかのような感覚に襲われた。彼の足元がぐらつき、深い海の中に引き込まれる。水面がぐらぐらと波立ち、海底から無数の手が現れ、浩司の体を引っ張り込もうとした。
「やめろ!」浩司は必死に叫びながらも、抵抗できない。何度も水に引きずり込まれ、目の前が真っ暗になり、浮かんでは沈み、また浮かぶという状態に陥った。彼は、まるで過去に水葬された者たちと同じように、深い海に引き寄せられていった。
その時、どこからか冷たい声が響いた。「お前はその罪を償わなければならない。」
浩司はその声を無視して、何とか水面に手を伸ばしながら必死に思った。「儀式…儀式を止めなければ…」
しかし、気がつくと、目の前に現れたのは死者の顔だった。それは、あの村で水葬された者の顔そのもので、腐敗して目は見開かれ、口からは血が流れていた。
「お前が儀式を壊すから、すべてが終わるんだ。」その顔が浩司に近づく。
浩司は目を見開き、ただただ震えるしかなかった。目の前の死者は、過去の罪が具現化したものだと実感し、その時になって初めて、彼が踏み込んだ世界の恐ろしさを理解した。
その瞬間、海面が一気に静まり返り、すべてが暗闇に包まれた。