偽りの夫と悪女のわたくし
建国記念式典を終え、わたくしとボージャックは王宮内にある自室に戻ってきていた。
「お疲れ様、ヴィラ。今日もよく頑張ってくれたね。残りの執務は私がやっておくから、ゆっくり休んでくれ。」
「ありがとうございます。」
外と変わらぬ態度を見せる、若き国王であり夫でもあるボージャック。そんな彼の紳士的な様子に私は口元を綻ばせ、彼を後ろから抱きしめると、
「ところで貴方はどちら様かしら」
執務机から拝借した万年筆の先を、彼の頸動脈スレスレに突きつけて尋ねた。
「お、おいおい。どうしたんだい、ヴィラ?」
「彼はね、二人っきりの時はわたくしのことを『おい、クソ女』って呼ぶのよ」
「……迂闊だった。随分気安い関係だったのだな。ビジネスライクな政略結婚だと思っていたのだが」
「わたくしと彼はそんなドライな関係ではないわ」
悪い意味でね。
もっとドブ川のようにドロっとしているのよ。汚い王族のお尻を我が宰相家が拭い続ける様な関係よ。あの男、執務は私に丸投げで、モラハラDVもかましてくるの。
「……」
偽者は絶句している。
「だから、国民に迷惑さえかけなければこのまますり替わり続けてくれて全然良いのだけれど。さて、貴方は誰で何が目的なのかしら?」
「……私は魔族だ」
今度はわたくしが驚く番だった。
それと同時に、なるほどね、と納得もした。
『魔族』とは大森林に住む特徴的なトンガリ耳を持つ先住民族に対して、我が国がつけた侮称だ。
強力な魔力を持つが平和主義の彼等に対して、我が国は長年、弾圧と差別政策を行ってきた。私はそれをやめ、対等で友好的な関係を結んだ方が国益になると何度も上奏したが、ボージャックにはねつけられていたのだ。
「最近、弾圧がより苛烈になってきた。先日など、いちゃもんをつけられて、村が焼かれてね。」
「それは……本当にごめんなさい。」
「いや、貴女のせいではないのはこの短時間でも十分わかった。」
それから私たちは認識のすり合わせを行った。
まず国王に化けていた彼の本名は『ラー』と言うそうだ。本当の姿を見せてもらったところ、ボージャックの100倍イケメンだった。
聡明な彼は部族のリーダー的存在で、今回の変化を含めて、我が国では扱えるもののいない数々の魔術を扱える凄い人物のようだ。
ちなみに、ボージャックは生きているらしい。変化の術の維持には定期的に生き血が必要なため、これまた凄い魔術で亜空間に幽閉しているとのこと。
「OK、このまま入れ替わり生活を続けましょう」
「こちらとしてはありがたいが、いいのか?偽りの王となるぞ。」
「ええ、貴方は少なくともボージャックのように理不尽に暴力を振るったり圧政を敷く様な人ではないようだからね。私にとっても国民にとっても、貴方が化けたままでいてくれるのは、きっと利しかない話なのよ。」
もしかしたらこれは私欲こみの判断で、悪女的な考え方かも知れない。だけど私はそれを自覚して自分の言動に責任を持つわ。
◇
その後、王国は転換期を迎えた。
先住民への弾圧と差別政策は廃止されただけでなく、友好の証として先住民のリーダー的存在であるラーが第二の夫としてヴィラと婚姻関係となった。いわゆる政略結婚というやつだ。
ヴィラはその後、三人の子供を産むことになる。しかし、その子供は全員、普段は別居しており殆ど交流のないはずのラーに似ていた。
民のためになる穏健で平和的な数々の政策を打ち立てながら、王家の正当な血を残せなかったボージャックを人々は憐れんだ。
だから古い貴族の中には、ラーとの結婚は彼の美貌に惹かれたヴィラが捩じ込んだもので、『ヴィラは悪女である』と心無い噂を流すものもいた。
ただ、ヴィラは賢妃であり死ぬまで不正とは全く無縁であった。加えてボージャックとも仲良く協力して数々の政務をこなしていたので、彼女自身の国民からの評判は良かった。
またボージャックはヴィラとラーの子供を溺愛していたことから、後年は『これも一つの愛の形だ』と美談として伝えられることになったという。