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6話 魔術をかけるのは楽じゃない

お母さん直伝の記憶を消す魔術は成功して、陽キャ女子たちは目の敵にしていじめてくるどころか、話しかけてくることすらなく、今までどおり目立たず静かに学校生活が送れている。


おばあちゃんからもらったメガネの効果も顕在のはずなんだけど、椅子をぶつけられたあの日から何故か、隣の席からちらちら視線を感じるようになった。絶対に目を合わせないよう意識しすぎてすっごく疲れる。かといって見るな、なんて言って自意識過剰とか思われても嫌だし、そもそも自分から話しかけるとかあり得ないし。


どうしたものかと授業中視線を感じながら頭を抱えていたら、ふとあることを思いついた。


そうだ! 

自分でも認識阻害の魔術をメガネにかけて、効果を強化すればいいんだ!

あっ、でも、認識阻害の魔術ってどうやればいいの?


とりあえずお母さんに聞けばわかるでしょ、と思って帰宅後、植物園のような広い庭で野草を摘んでいた母に尋ねたところ、ビニール袋いっぱいに野草を詰めながら首をかしげられた。


「認識阻害の魔術? 知らないわよ~」


「えっ、うそ?! 魔術のやり方色々教えてくれたじゃん。何でよりによって一番必要な魔術知らないの!」


「そんなこと言われても、私には必要なかったから教えてもらわなかったのよ~」


「ちょっとでもいいから何か知らないの? 切実なの!」


野草を詰み終えて家の中に戻ろうとする母の腕にしがみついて懇願した。


「そんなこと言われても~。…あっ、そうそう。お母さんが書いた魔術のかけ方をまとめたノートがあったわね」


「ほんと?! それちょうだい!」


お母さんから受け取った罫線ノートはかなり年季が入っていた。おそらく元々は白かったであろう表紙が色あせて黄ばんでいて、中身もバリバリと強張った紙質になっている。

自分の部屋にもっていき、破かないよう慎重にページをめくると、ボールペンで書かれた手書きの達筆な文字が連なっていた。


ノートの前半は、切り傷や虫刺されなどに効く薬草や薬の作り方について書いてあり、魔術というより薬草学のメモのような内容だった。本当に魔術のことが書いてあるのか疑いながら読み進めていくと、後半になって物を浮かせる魔術や、若返りの魔術、母から教えてもらった記憶を消す魔術などのやり方が記されていた。ページをめくり続けていくと、ようやく最後の方に認識阻害の魔術について書かれていた。


「あった! えーと、まず魔術をかける媒体を選ぶ。このメガネのことだよね。それから、影が薄くなって目立たないようになれと強く願いながら、媒体の上に両手をかざす、と。そして……ん?」


最後の工程に書かれている見慣れない物に眉をしかめた。


「一週間、鬼灯の花の朝露を食べさせたマンドラゴラの涙を3滴、魔術の媒体に垂らす? マンドラゴラって、鳴き声聞いたら死ぬって言われてる人間の顔した植物じゃん。そんなのほんとにあるの? ていうか、涙ってことは、鳴かせないといけないってこと? でも、鳴き声聞いたら死んじゃうじゃん。これ、無理じゃない? おかーさーん!!」


また庭へ出ていった母を探しに、ノートを片手に部屋を飛び出す。野草の群生地に行くがそこにはおらず、母を呼びながら庭を駆け回るがどこにもいない。

奥の方にあるこぢんまりとした温室のビニールハウスへ向かった。中に入るともわっとした熱気に包まれる。多種多様な観葉植物やサボテン、熱帯地域の原色の花たちに溢れ、その中でみずやりをしている母を見つけた。


「お母さん、ここにいたの」


「あら、ミーちゃんがここに来るなんて珍しいわね~」


「聞きたいことがあって。ここに認識阻害の魔術のやりかた書いてあるんだけど、マンドラゴラの涙が必要みたいで、どうすればいいと思う?」


「引っこ抜いたら鳴くから、その時に涙をとればいいんじゃない?」


「まって、まって。そもそもマンドラゴラってあるのっていうのと、鳴き声聞いたら死ぬんじゃないのっていう疑問があるんだけど」


「それなら大丈夫よ~。マンドラゴラはそこの鉢にひと株植えてあるし、鳴き声聞いても死なないから」


「えっ、そうなの?」


「でも、超音波を出すから耳栓しておかないと鼓膜が破れるから気をつけてね~」


笑顔で恐ろしいことを言われ、思わず両耳に手のひらを押し当てた。


「耳栓すれば大丈夫。ほら、これがマンドラゴラよ」


母がすぐそばにある三段のプランターラックの三段目の右端に置いてある植木鉢を指差した。しゃかんで見てみると、茶色のしわしわしたおじいちゃんのような顔が土から出ていて、頭には髪の毛のようにふさふさした緑色の葉っぱが生えている。魔法使いのハリウッド映画で見たマンドラゴラに似ている。


「実在したんだ。さすが魔女の庭。このマンドラゴラに鬼灯の花の朝露を一週間飲ませないといけないらしいんだけど、鬼灯ってある?」


「それなら、ここにあるわよ」


母は、マンドラゴラと同じプランターラックの一番上の段にある鉢植えを指差した。花も朱色の実も何もないただの葉っぱだらけの鉢に見える。


「これが鬼灯?」


「5月から6月の間に小さなクリーム色の花が咲くのよ~」


「えっ! それじゃあ遅すぎるよ」


「そんなに早く術をかけたいの? まだおばあちゃんがかけた魔術は解かれてないと思うけど」


「念には念を入れたいの。ねえ、なんとか早く花を咲かせられない?」


「成長促進の魔術を使えばできるけど、自然の理を無闇に変えるのは感心しないわね」


「そこをなんとか! 今回だけお願い!」


手を合わせて頭を下げると、母はしぶしぶ了解し、明日には花を咲かせられるよう魔術をかけてくれた。


翌日の放課後、鬼灯の鉢植えを見に行くと、葉っぱに隠れるようにして、可愛らしい小さなクリーム色の花がちょこんと咲いていた。

翌朝から毎日5時に起きて鬼灯の花から朝露をスポイトで採取し、恐る恐るマンドラゴラの口を開けてさっと朝露を垂らすという作業を一週間続けた。

寝不足で最終日には隈ができてふらつくなか、なんとか朝露をあげ終え、耳栓をしっかり耳の穴に詰めた。

キャップ付きの試験管の蓋をはずして地面に置く。母から借りた皮手袋をはめ、目を閉じてふーっと息を吐き、気持ちを落ち着かせて目を開けた。


「よし!」


左手でマンドラゴラの頭部の葉っぱを掴み、右手で鉢を押さえる。そして、左手に力をこめてぐいっと勢いよく引っこ抜いた。


「オギャーーーーーーッッッッッ!!!!」



耳栓をしていても耳が痛くなるほどの大音量で泣き叫び、土から引きずり出された根っこが手足のようにバタバタ激しく動き回る。


「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」


暴れ回るマンドラゴラから左手を離さないよう必死に掴み続け、右手で試験管を持って目から流れ落ちる涙を3滴採取した。こぼさないよう蓋を閉じて、マンドラゴラを鉢の中に押し込んだ。

強烈な超音波が嘘のようにしんと静まり返り、マンドラゴラは目と口を閉じて動かなくなった。


「や、やったー! 涙とれたー!」


嬉しさのあまり試験管を天高く掲げ、スキップしながら家の中へ戻っていった。


部屋へ行き、メガネを机の上に置いて、ノートを見ながら念願の認識阻害の魔術をかけた。


「影がが薄くなって目立たないようになれ!」


両手をメガネの上にかざして念じた後、先ほど採取したマンドラゴラの涙をメガネに垂らすと、メガネがぽうっと光を放った。すぐに光は消え、なんの変哲もないいつものダサメガネに戻った。

本当に魔術がかかったのかよく分からないが、きっと成功したのだろうと信じて、学校へ向かった。


一週間、本当に頑張った。これで安心して学校に通える。いつも以上に影が薄くて目だっていない気がする。

にしても、毎日5時起きで寝不足……。安心したから余計に眠すぎる。でもさすがに1時間目から居眠りはまずい。


そう思って耐え続けたが、中庭のベンチでひっそりとお弁当を食べてお腹が満たされると、眠気は更に増していき、昼休み後の数学の授業では、おじいちゃん先生の言葉が呪文のように聞こえてきて全く脳内処理されなくなり、眠気が山のように蓄積していく。

気づいたらまぶたが下りて、頭がこくっと落ちた。はっとなってまぶたを上げるものの、またすぐに下りてしまう。頭がこくっと落ちては、はっとするというのを数回繰り返し、無駄な抵抗だと悟った。


あー、もうこれ、ダメかも。耐えられない……。


眠気に抗おうとする気持ちが折れてしまい、そのまますーっと心地よい眠りの世界へ誘われていった。


ふわふわと綿毛のような白い雲の上を、ホウキにのって飛んでいたら、突然雷が鳴ってどしゃぶりになり、バランスを崩してホウキから落ちてしまった。地上へ真っ逆さまに落下していき、ジェットコースターに乗った時のようなふわっと内臓が浮く恐怖に陥った。

気づいたら頭がガクッと勢いよく下がり、はっとしてパチパチと瞬きを繰り返した。


なんだ、夢かあと安心したのも束の間、いつもより顔が軽く、視界もクリアで、違和感を覚えた。鼻と目を触ると、そこにあるはずのメガネがない。

慌てて机の上を見回すと、目の前に見慣れたメガネがあり、なーんだと胸を撫で下ろした。メガネを取ろうと手を伸ばした時、メガネを持っている手が見えた。


えっ、どういうこと?

手? 私の手はここにあるじゃん。

じゃあ、この手は何?


手が伸びている方へ目を向けると、隣の席の天谷輝がぼーっとこちらを見つめていた。


はあーっ!!!???


目があった瞬間、あまりの衝撃にビクッと肩を震わせ、目を見開き、天谷輝を凝視してしまった。


「返して!」


さっとメガネをひったくり、素早くかける。


どういうこと?

何が起きたの?

何であいつが私のメガネ持ってたの?!


状況が飲み込めず、頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされてしまった。心臓がバクバクと早鐘を打っている。


絶対、顔見られた!

せっかくあんなに苦労して、認識阻害魔術かけたのに、意味ないじゃん。

ていうか、認識阻害魔術かかってたのに、何であいつ、このメガネ触ってたの?

魔術のかけかた間違えてた?

それとも、あいつ魔術効かないとか?

そんなのなしだよー!!!

おばーちゃーん、これどういうことー?!

ありえないんですけどーーー!!!!!

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