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1話 イケメンの宿命

イケメン、容貌が優れている男性を表す。容貌が優れているとは、太すぎず細すぎない整った眉毛に、二重まぶたでアーモンド型のクールな目にぷっくりした涙袋、すっと通った鼻筋に上向きの鼻先、血色の良い薄い唇、卵型のシャープな輪郭、重めに見えない爽やかナチュラルツーブロックのサラサラヘア、そして適度につけた筋肉と175センチ以上の身長と長い足を有していることをいう。

そう、まさに天谷輝(あまやてる)、俺のことを指す。


家を出る1時間前、6時半に起床。洗面所で泡洗顔で顔を洗ってからさっと部屋へ戻り、化粧水をつける。そして無臭のハードワックスを、一度も染めたことのない、痛みも切れ毛も何もない艶やかな黒髪にもみこんで30分かけてヘアセットをする。ブレザーの制服に着替えてネクタイをゆるく巻き、全身鏡で確認しながらこなれた感を演出して部屋を出る。

リビングで、母さんがホームベーカリーで作った食パンと、野菜たっぷりのポトフを急いで咀嚼し、歯を磨いて、通学カバンを肩にかける。玄関の壁に取り付けてある全身鏡で最終チェックをして頷く。


よし、今日も完璧なイケメンだ。


颯爽と家を出てバス停に向かい、時間通りにきたバスに乗り、ワイヤレスイヤホンをつけてスマホで流行りのJ-POPを小さい音で聞きながら、エンタメ記事を読み漁る。

その間にも周りに意識を向け、ちらちらと視線を感じながら、つり革を掴んで曲げている腕に頭をもたれかけて物憂げな表情を浮かべる。

後方の席に座っている女子高生2人の方からキャーッと小さめの甲高い声が聞こえてきた。


この反応こそイケメンの証。この顔に生んでくれた母さん、ありがとう。あっ、半分は父さんだった。一応、ありがとう。


バスを降りて、今日から2年目となる高校へ向かう途中も、他校の女子生徒や、通勤中のOLさんたちが、すれ違うたびにチラチラ視線を投げ掛けてくる。果ては、朝の散歩中のおばあちゃんが足を止め、手を合わせて「ありがたや」と頭を下げてきた。

さすがにこの反応にはどうしたらいいか困るけど、笑顔を向けて足早に去る。

この笑顔、万能ではあるが、向ける相手を間違うと厄介なことになる。使い方によっては災難がふりかかる諸刃の剣なのだ。


「よう、テル! 元気だったか?」

「春休みぶりじゃーん」


校門に入ると、馴染みのある元同じクラスの男子が声をかけてきた。


「元気だよ。この前の日曜に会っただろ?」


友達、特に親友は作らないのが俺の信条。

友達付き合いは広く浅く。

基本誘いは断らないが、自分から誘うことはしない。

過去、特定の友達を作ったことでトラブルになったことがあり、それ以来付かず離れずの距離で友人関係を保っている。


「テルくん、おはよう! また同じクラスだといいね!」

「ちょっと、抜け駆けしないでよ!」

「なによ! 先に声かけたもん勝ちでしょ!」


こちらも元同じクラスで、しょっちゅう俺の周りにひっついて、話しかけてきていた女子たち。その周りにも話しかけたそうにうずうずしている女子生徒が大勢いる。


「まあ、まあ。俺は、またみんなと同じクラスだったら嬉しいよ。一年の時は楽しかったからさ」


正直、特に楽しかったわけではない。何をするにしても常に誰かが側にいたし、学校のイベントでは、トラブルが起きないよう自分の意志よりも周りのつきまとっている人たちに合わせて気を遣って動いたから、全く楽しめなかった。今年は別のクラスであってほしい。


なんていう本心は全て圧し殺し、朝日をバックに、キラースマイルを浮かべ、小首をかしげる。


「キャーッ!!」

「テルくんのスペシャルスマイル!!」

「キュン死!!」

「テルくん、ヤバすぎるだろっ!!!」

「イケメンすぎるだろ、おい!!!」


案の定、女子生徒の耳につんざく悲鳴に近い歓声が上がった。

女子の中にちらほら野太い男子の声が混じってる気がするが、これ以上近づけないよう笑顔を張り付けて、新学年のクラス名簿が張り出されている昇降口前に移動した。

2年2組の上から5番目に名前を見つけ、クラスの他の名前に全て目を遠す。30人の中に元同じクラスメンバーがほぼいないことを知って心の中で拳を突き上げ、神と先生に感謝した。


教室に入ると、丈の短すぎるスカートに巻き髪でうっすら化粧をしている陽キャ女子数名からロックオンされ、馴れ馴れしく話しかけられた。


「ねえねえ、テルくんだよね?」

「うちら、テルくんと同クラとか、運命っしょ」

「マジでイケメンなんだけど!」


「ああ、同じクラスなんだね。ヨロシク」


あまり関わりたくないタイプだが、あのスマイルでバリアを張る。


「ちょ、マジでありえんて!」

「かっこよすぎて死ぬ!」

「ヤバすぎるって!」


眩しそうに目を細めるギャルたちからそそくさと離れ、机に張ってある出席番号を確認し、壁際の列の一番後ろの席に座った。


はあー、やっと座れた。イケメンやるのも楽じゃない。


ふうっと息を吐いて教室を見渡した。

初っぱなからこの席はかなり運が良い。誰もが羨む一番後ろの席。しかも、隣の席が左側にしかないから、左側の視線だけ警戒しておけば良い。

ふいに目が合ってしまったら、凝視しされるか、顔を真っ赤にしてすぐ目をそらし、チラチラ視線を向けられるかのどちらかだ。困ったもので、これは性別関係なく、男女どちらでもあり得る。

だが、男子の中にはそうならない者もいる。教壇によりかかって部活談義で盛り上がっている体育会系男子は問題なし。

まだ隣の席は空いている。あそこでたむろしている男子の中の誰かであってほしい。


神様、先生様、どうかお願いします! 

俺の2年の門出を祝って願いを叶えてください!


心の中で手を合わせて祈り、引出しの中に教科書やペンケースをしまいながら、隣の席を横目で見ていると、すっと誰かが椅子を引いてその席に座った。

ちらっと一瞬目を向ける。


今時珍しい分厚くて丸いいわゆる瓶底眼鏡をなけ、眉毛を覆う重い前髪に肩までの黒々とした三つ編み、きっちりときこなした制服に校則どおりの丈の長さのスカートを履いているであろう、陰キャの鑑のような地味系女子だ。


このタイプはまずい。

ちょっとでも目を合わせて微笑んだら最後、妄想を爆発させてストーカーになる可能性が高い。というか、実際そういう女子につきまとわれたことがある。


アンラッキーだけど、自分から関わらなければきっと大丈夫。どうせ1ヶ月もすれば席替えがあるし、それまで目を合わさなければ大丈夫なはず。

高校生活2年目、先行きが良いのか悪いのか……。


と思っていたら、出席番号10番の隣の席の女子、荻野(おぎの)望生(みい)は、意識しなくても全く目が合うことはなかった。

初日から2週間過ぎても、授業中も、休み時間も、放課後も、俺どころか、クラスの誰とも目も合わせず、話もせず、ただそこにいるだけのぼっちと化していた。


これなら席替えまでの間、問題なく過ごせる。

あまりにも話さないから不気味だったが、授業中先生に当てられたら思ったよりはっきりした声で堂々と答えていたので、わざと他人と距離をおいているのだろうと推測した。

自らぼっちになる神経はよく分からないが、真面目な優等生ちゃんと関わる気はないので、荻野のことはスルーして過ごすことにした。


はずだった……。

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