第33話:知り合い二人
「遅いですわよ」
「…………」
「いやぁ悪い悪い、ちょっと椿と旧交を温めてたんだ」
「こら、嘘をつくな。私に口止めをしもがっ」
この馬鹿、それを言ったら隠してることがあるって言ってるようなもんだろうが!
「で、楓。言うことはないのか」
「痛てて、お前こそ言う事ないのか。腕思いっきり握りやがって、なんでそれだけで内出血するんだよ畜生」
口をふさいだのは悪かったけど緊急事態だったからしょうがないだろ。この馬鹿力め。
「そうか、まだ気付かないか。じゃあ前に話してた通り、やっていいぞ」
「ん?」
てこてこ、と魔術師が目の前に歩いてきた。やっぱり用事があるのはこっちの方だったか。でも気付くって何にだ?
ローブの袖から真っ赤な缶を取り出して……いや待て、缶? この世界で?
「えい」
ぶしゅううぅううぅう!
「目がぁ!目がぁあああああああ!?」
痛い! ひたすらに痛い! 某ラピュタ王の気持ちがわかった痛い! これひょっとしなくても痴漢撃退用スプレーじゃないのか!? 何でこんな世界にあるんだ痛い!
「気付いたか?」
「何にだよ! ぐあああ、痛てええええええ!」
「あー、私もこんな風になってたのか……」
ちょっと待て、聞いたことあるぞこの声。ええと……いや分からん、痛くて。
「どうだ、ここまでやられれば気付いただろう」
「知るかァ!」
「この薄情者! それでも男か!」
「理不尽っ!?」
殴られた。
※
「くそ、まだ目痛いんだけど」
毎度おなじみ、全快ポーションで洗眼したのにまだ痛いとか何なんだ。
贅沢?知らんがな。
「ああ、私もしばらく痛かったなぁ」
私も……? そういやさっきも聞いたこの声。
「ひょっとして、セラか!?」
「覚えててくれたんだ。私が寝てる間にさっさと出て行ったくせに」
「うぐぅ」
それを言われると痛い。でもあそこに居るといろいろまずかったんだししょうがなかったんだけど……まあ、言うまい。
「いや、てかなんでセラがここにいるんだよ! 服屋はどうした」
「あー、その、実はね」
「いろいろあって私に付いてきてもらった! そう、正義のために!」
お前は黙ってろ。
「なんかこのアクセサリもらってから魔術使えるようになっちゃってね、自衛の手段も出来たし外の世界も見たいと思ってたらツバキが来たのよ」
ええと、そんな物騒なもん渡したっけ? 確かあれ、加護を与えるはずだったんだけど。
「まあそんなことはどうでも良い! 楓、セラのことを忘れるなんて酷いぞ!」
「忘れてねぇよ! 喋らない顔見えないでわかるほうがおかしいわ! 喋ったと思ったらこっちが眼つぶしされてたんだぞ!」
まさかあんなにスプレーが痛いとは思わなかった。そりゃ元の世界でも危険物扱いされるわ。
ていうかさ。
「俺を呼んだ理由はこれだけでいいのか? ならもう帰るけど。マオが心配するといけないし」
「いや、まだ私の話は終わっていない!」
「お前の話は後だって言ってるだろ! 忘れるの早いよ!」
さっき何のために外で口止めしたと思ってるんだ、阿呆。
ていうか本当にこれだけなのか。それなら後からこっちから来てくれれば良いだろうに。
「ああその、カエデのいるところを見に行っていいかな? カエデがこっちに来てくれてもいいんだけど、一緒に居る子もいるんでしょ?」
ふむ、そういうことか。俺の許可もらいにきたんだな。
……いやちょっと待て、どうして俺が呼ばれてるんだ。普通そっちから出向くもんじゃないのか?
「いいけど。何で俺の方が呼びつけられてるんだよ」
「ああ、姫が動きたくないって言ったから正義的に呼んでもらった」
「それは正義じゃねぇ! 毎度毎度何でもかんでも正義ってつければいいと思うなよ!」
正義って言われれば条件無しで信用する癖全然治ってないぞこいつ。昔マフィアの抗争に首突っ込んで俺がどういう目にあったか忘れてやがる。
「あらあら、ワタクシに呼ばれたのですからむしろ光栄に思うべきですわオホホホホ」
「何だお前まだいたのか。空気読めよ、今はこの馬鹿の悪癖を何とかしようと思ってるんだから」
「露骨に邪魔もの扱い!? ええい無礼な、態度をわきまえるのです」
いや一応敵国の人間ですよ俺。大してこだわりはないけど。
「まあいいや、じゃあセラと椿はいつでも来いよ、歓迎するから。場所はまあ、ちょっと聞けばわかるだろ」
有名だしな。
「ちょ、邪魔もの扱いの次は無視ですか!? 待ちなさい、まだ私の話は終わって――」
始まってすらいねぇよ。
さて、帰るかな。