第25話:たずねモノ
さて。マオが体調を崩してから三日、マオの熱も下がり我らが薬屋は正常稼働し始めた。ただまあ、変な居候というか、ひきこもりが増えてしまったんだが。
「おい、いい加減外に出ろってば。探してた人がいたってのは嘘だって何度も言ってるだろ……!」
嘘じゃないけど。ヒョウタンから出たコマだけど。
「いやでももし本当にいるとちょっとまずいというかいやそうじゃなく純粋に体調が悪くてですね――」
布団をひっかぶってがちがちと震えている、ジャックである。
ジャックは今まではギルドの宿屋に泊まっていたが、こっちの屋敷にも部屋は作っておいていた。もっとも三日前に探している人がいる、と告げてからはその部屋にひきこもりになってしまったので正直作ったのは間違いだったかと思っているが。
「何なんだよ、そんなに怯えるって。借金取りでも心当たりあんのか?」
わざわざ騎士が探してくる、というのもちょっと引っかかるが女関連で騙されて借金作るジャックとか想像が簡単すぎて困る。かといってそれなりにこいつもお金持ちだし、借金で困るというイメージはないんだが。
「誰にも言わない? ちょっとこう、あんまり広められると困るっていう」
「言わない言わない」
本当は紙に書くも録音するもやり放題だがそんなことはおくびにも出さず、先を促してやる。
「実はさあ、騎士団に探されてて。一回ばれるとしつこいんでうわさが消えるまでは姿を隠しとかないと」
そこまでは大体見当がついていた。問題は探されている理由なんだがな。
「へえ……で、何したんだ」
「いやぁ、さすがにそこまではちょっと。一緒に追われる身になるんなら教えてもいいけど男の道連れとかいらねー」
「…………」
まあ、ここでふざけられるなら大したことでも……あるか。大体この国で騎士団が動くというだけでかなりの大事のはずだ。何でも、戦争の時くらいにしかまともに姿を見ることはないとか。
それでも多分、言う気はないんだろうな。
「分かった分かった、首は突っ込まんよ。でも頼むからひきこもるのは止めろ。子供たちに悪影響が出るから」
「酷い!?」
事実です。
※
ぴんぽーん
「ん?」
ジャックへの聴取も終わったし、さてマオの手伝いでもしようか屋敷の改修でもしようか、と悩んでいたところに来客用のチャイムが鳴らされた。薬に用がない人のためには来客用出入り口も作ってたが、訪れる人がいるのは初だ。
ぴんぽーん
急かすようにまた鳴らされる。マオたちは忙しいだろうし、まあ俺が出るしかあるまい。
ぴんぽ、ぴんぴぴぴんぽーん
「遊ぶなやっ!」
楽器じゃないんだぞチャイムは。連打されると結構簡単に壊れるんだぞチャイム。
「すいません、お待たせしまし……ってちょっと前の?」
「おや、ここは貴方の御屋敷でしたか。お久しぶりです。前もお聞きしましたがこの方に見覚えは?」
立っていたのは、マオの看病のために買い物に出た時に会った、ジャックを探してる騎士だった。今日は兜を脱いでいて、女であることとその見事な金髪と頭の上でぴこぴこ揺れる狐耳が……狐耳?
あれ、セラから聞いた話だと亜人って少ない上に差別されてるんじゃなかったっけ?なんかこっち来てからやたら亜人と遭遇してるような……?
「あ、すいません。前は街中だったので兜をかぶってたんですが……亜人はお嫌いでしたか?」
「いや、そんなことは。ただその、あなたみたいな人が騎士になれるっていうのは初めて知ったので」
差別、つまりは地位が低いということである。いじめられる人がクラスのリーダーになることはないのと一緒で、差別対象が自分より偉くなることを人間は良しとしない。
「ええ、特例といいますか、ある人が取り立ててくれたんです。一番隊は実力さえあれば種族なんて関係ない、と言って」
「へえ……そりゃ器が大きい人だね」
騎士を取り立てる権限があるってことは王族だろうか。国は放置してる割に、ずいぶんとまあ理想的な考えの持ち主だ。
「それで、この方を知りませんか?」
しょうがない、また嘘をつくのはちょっと心苦しいんだが。
「ええ、知りま――」
「なんか美人の声がしたぁっ!」
あの馬鹿があああああああああ!?
どたどた、と階段を下りてくる馬鹿。隠れたくせに自分から探してる相手の元に出てくるとか馬鹿か、馬鹿なのか馬鹿なんだな!
「カエデだけ美人と楽しくおしゃべりとかず、る――あ」
「見つけましたっ! こんなところに隠れてたんですかっ!」
「げ、よりにもよってフェーネ……!? まずい後は任せたカエデッ!」
「逃がしませんよ……!!」
わーわーぎゃーぎゃーどたんばたん。繰り広げられる剣戟、コマ切れにされ穴だらけにされる玄関。
「おーい、ここ俺と子供たちの家なんですけどー」
この上なく、置いてきぼりだった。
※
「すいません、少し我を忘れてしまいました」
「はぁ……」
ちょっと後。散々暴れつくしてジャックはいつかの市場のようにぐるぐる巻きにされ、部屋の隅に転がされていた。やたらと扱いが酷い気もするけど、まあ、ジャックだし。
「ふふふう、フェーネは暴走するからね~」
「アンタ誰だ!?」
いつの間にやら現れた、これまた騎士鎧を着て、緑色のマントを羽織った……狸耳? え、また亜人ですか?
「クラン。せめて挨拶をしてからですね……いえ、それと人のことを暴走するとか言わないでください」
「人さまの家で大暴れしたのに~?」
「……わかりました、わかりましたからせめて自己紹介くらいはしましょう。ほら、彼もぽかんとしてるじゃないですか」
ようやっとこっちを向く騎士二人。そう、それはまさに――赤いキツネと緑のたぬきっ!
「私はフェーネ=ククル。王立騎士団一番隊副隊長をしています」
狐耳の騎士こと、フェーネが一礼する。次に、
「同じ隊のクラン=ラクーン副隊長補佐です~よろしくね~」
焦げ茶の髪と狸耳の騎士ことクランもまた一礼をする。
「ああ、俺はカエデ=アキノです。それでその、ジャックに一体何の用事で?」
騎士がわざわざ出てくるとか。
「いえ……その。失礼ですがカエデさんはジャック様の素性をお聞きでない?」
「え?」
素性も何も。
「門番モドキじゃないんですかジャック」
「いえ……ていうかまた門でちょっかい出してたんですか!?怪しい人がいる可能性が高いから止めてくださいって何度も言ってるじゃないですか!」
「すいません、とりあえずロープほどいて?」
「ふう、勝手ですがもうここまで来てしまった以上しょうがないですね」
「いやおい、無視? 放置プレイ? でも悪くないかなハァハァ」
「この人は――いえ、この方はバロウム王国第二王子、かつ王立騎士団一番隊隊長ジャック=B=コート様です」
「…………はい?」
王子?