第24話:探しモノ
マオが熱を出した。
単なる病気なら、回復薬で一発……なんだが。
「まったく……疲れたなら疲れたって言えばいいんだ」
「う、ごめんなさい」
回復薬やカロリーメイト販売を頑張りすぎたことによる、過労っぽかった。
怪我を治し、病気も退散させる万能の回復薬ではあるが、その対象が疲れではどうにもならない。それこそ万能薬だの、神桃だの神酒のような神話級の物を作れば疲れは取れるだろうが。疲労回復するために人間止めましたとかシャレにならない。
「まあ単なる疲れだしな。ちゃんと寝て、ご飯食べれば治るだろ」
疲れは疲れ。薬ですぐ治る、なんてもんじゃないがそこまで酷い症状も出てないし、安静にしてればすぐ治るはずだ。
「うん……カエデ?」
「どうした?」
「そのさ、手握ってくれない?」
「ん……ああ」
おねだりに応えて、手を握ってやる。マオの大して大きくもない手は、すっぽりと俺の手の中におさまった。体調が悪い時はとにかく不安になるもんだ。俺も風邪をひいたとき、一人で寝ているのには訳もわからない不安を感じたもんだった。
「えへへ、なんだかちょっと恥ずかしいね」
「なに、気にするな。寝るまではこうしててやるからさ」
空いている手で、軽く頭をなでてやる。マオは気持ちよさそうに目を細め、やがてすぅすぅと寝息を立て始めた。
…………さて。
「出てこいそこのデバガメども」
「ぎくり」
「ぎくりじゃねーよ口で言うな」
でかい気配がひとつ、小さいのがいくつか。もう言うまでもなくジャックと最近ジャックから悪影響を受け始めている犬耳以下孤児院の子供たちである。大丈夫なんだろうかこいつら。ジャック2号とかになったら泣くぞ、おもに俺が。
「いやぁ、お見舞いに来たんだけど中でいちゃいちゃしてるしこれはちょっと入れないかな―と」
「言い訳するならせめて相手をだませるよう努力しろよ? 思いっきり笑ってんじゃねーか」
最初っから隠す気なんてありません、と言わんばかりのにやにや笑い。
「いやいや、からかってやろうくらいは思ってたけどこう、予想外に良い雰囲気だったし? 兄ちゃんはすごいね、女たらしだ」
「おんなたらしー!」
誰がたらしだこのナンパ師め……子供たちが変な言葉覚えたじゃねーか。どうしてくれよう。
「あー、そういえばジャックだってあれだぞ、街で何人もの女の人が探してたぞ? お前何か悪いことでも……おいどうした、顔色悪いぞ」
当然、嘘である。そんなの見た事も聞いたこともないが……何かトラウマでもえぐったのか、ジャックの顔からどんどん血の気が失せていく。もう真っ青だ。
「ハ、ハハハ。ソンナコトアルワケナイジャナイデスカ」
何でカタコト。しかも敬語。
「おい、ホント大丈夫か? 今日行くはずだった依頼、止めとくか」
「お、おう。い、いいいやあ俺も体調悪くなっちゃったかなー。き、ききき今日はここで休むわ―……」
「そうしとけ」
何こいつ。挙動不審すぎるんだが。ちょっと気になるな……
「あー、ええと、パルミラ? ジャックのお世話してやって。何かされそうになったら潰していいから」
「わかったー!」
「兄ちゃん、一体何を潰すって……いやいい、その動きでわかったから」
女の子じゃないと絶対世話なんて受けないだろうしね。もしセクハラしたらその代償は男性機能ってことで。
「さて、じゃあ俺は依頼に行き――あれ?」
予想外にがっちりとマオが手を握ってるんですが。無理に振りほどくわけにもいかないし。
「うわあ、どうしよう……」
今日はみんなお休みかもしれません。
※
気だるい午後、アタシは目を覚ました。まあ朝からずっと寝ていた身には今が午後だろうと午前だろうと、大した意味はないんだけれど。
ぱちぱちと意味もなく瞬きをして、まだ手を握っていることに気付いた。カエデがずっと握っててくれたんだろうか、と考えて。
「あ、起きたっすか? だいじょ――ぶべらっ」
違う奴が手を握っていたので殴り倒した。
「酷いっす」
「勝手にアタシの手を握ってた方が悪い」
期待してたのに。……期待してたのに!
何が悲しくて寝起きにこいつの顔を見なきゃいけないんだ。
「カエデが食べ物買ってくるから、代わりに手を握っといてやってくれって言ったから握ってたんっすよ。それをいきなり殴るとか酷過ぎるっす」
「え、つまりカエデはずっと手を握っててくれたの?」
寝る前に手を握ったまま。他愛のないお願いをずっと聞いててくれたの……?
「俺のことは無視なんすね……そうっす、今さっきまでずっとマオの手を握っててくれたみたいっすよ」
「……」
嬉しい。アタシは結局、ジャックのようにカエデを手伝って依頼をこなすことなんて出来ない。だから、せめて任された仕事だけでも完璧にやろうとして、結局この通りだ。それでも、そんなアタシを必要と言ってくれて大事にしてくれてる、それが嬉しい。
「幸せそうっすね……カエデもすぐ帰ってくると思うっすよ。ちょっとしたもの買ってくるって言ってたっすし」
ちょっとしたもの……別に買わなくても、カロリーメイトくれればいいのに。あれはいろいろ味もあるし、水が欲しくなるのを除けば完璧なのになぁ……じゅるり。
「まあもうちょっと寝とけばいいっす。手を握っててあげるっすから」
「それは嫌」
※
「ええと、マオは何が好きだったかな……」
市場でマオの看病用に果物でも買おうか、と来てみたは良いが種類が多くて目移りするな。しゃげーとか鳴いてる植物……? は除外するにしても色とりどりのみずみずしい果物が所狭しと並んでいる。
「お、マリカの実か……おっちゃん、これ三つくれ」
「あいよ、七ブロンだ」
「おいこらなんで高くなってんだよ! 前は一つ二ブロンだっただろ!」
前にマオと一緒に来た時は確かに二ブロンだったぞ。このおっさんがマオで店の宣伝したから間違いなく覚えてる。
「いやあ、あのときは可愛い子がいたからな。可愛い子割引だ」
「聞いたことねーよそんな割引……わかったよ、ほら7ブロン」
「毎度ー!」
ちゃっかりしてるというか、たくましいね本当。こういうのは異世界だろうがどこだろうが大して変わりはないのかも知れないな。
……さて、次は何を買おうか。マオが好きそうなものがカロリーメイト以外に思いつかないあたり、どんだけカロリーメイトで餌付けしてたんだって話だよな……どうも欲しがるからついつい甘やかしちまう。
「あー、そこの人。すいませんが今人を探してて、この人知りませんか?」
「あん?」
ぽんぽん、と肩を叩かれていきなり質問された。質問してきたのは銀色の兜とそれと同色の鎧、赤いマント……ってちょっと待て、この服装は確かこの国の騎士じゃなかったか?
それより驚いたのは、差し出された紙を見た時だ。
『ジャック=コート』
有益な情報提供者、もしくは捕獲してくれた者には報奨。
おいおいおい、朝の冗談が本当になってきたぞ。あいついったい何やったんだ。
「すいません、この人何やって追われてるんですか?」
「いえ、大したことでは。御存じないようですね、時間をとらせました」
ぺこり、と一礼して去っていく騎士様。俺はと言えば、おいてきぼりでぽけっとしてた。
「……いかん、早く帰らないと」
ジャックが何をしたにしろ、今の最優先はマオだな。犬耳に任せたから大丈夫だとは思うが。
足早に、俺は屋敷への帰路を急いだ。
玄関でいきなり落ち込んでる犬耳を見たが、まあこれはどうでもいいことだろう。